各地の生産者を支援する『農業協同組合』(以下、JA)。この『JA』のつくる農産物を使った商品開発を進め、ローカルな農産物やその生産者を守る活動をしている企業があります。食品総合商社『株式会社戸田酒店』では「“知る人ぞ知る”ではもったいない」を合言葉に、地域の優れた生産品の魅力を発信する商品開発を続けてきたのだそうです。一体どのような活動をしてきたのか。同社の柄澤穣さんと、『JAあつぎ』の直売所「夢未市」で店長を務める清田陽平さんにお話をうかがいました。
『戸田酒店』と『JAあつぎ』がタッグを組んで始めた、厚木の農産物を使った商品開発
『戸田酒店』と『JAあつぎ』の出合いは、『戸田酒店』が自社商品である、宍道湖のしじみを使った味噌汁を『JAあつぎ』の直売所「夢未市」で販売できないかと持ち掛けたことでした。
「味噌汁の試食会を開いたところ、これが大人気でした。直売所では基本的にその土地のものを売り、地元の人に購入してもらうかたちでしたが、このように別の地域でつくられたものも喜ばれるのだなという発見がありました」
清田さんはそう語ります。そして、それならば逆に厚木の農産物を全国に展開することもできるのではないかと考え、『戸田酒店』に厚木の農産物を使った商品開発ができないかと相談したそうです。
最初に取り上げたのは葉ニンニクでした。
葉ニンニクはその名のとおりニンニクの葉の部分で、もともとは鳥獣による食害を防ぐために栽培されていたものでした。これをもっと食用として活かせないかということで、葉ニンニクを使った冷凍の餃子を開発し、現在は『JAあつぎ』の直売所などで売られるようになったのだそうです。
「葉ニンニク餃子への取り組みを経て、次は津久井在来大豆という大豆を使った商品をつくれないかと相談しました。津久井在来大豆は神奈川県相模原市の津久井地区で昔からつくられていたものなのですが、近年は生産者が減り『幻の大豆』と呼ばれるほどに珍しいものになってしまっていました」
伝統的なこの種を守るために、神奈川県や『JA』などは津久井在来大豆のブランド化を進め、大豆づくりを守ってきましたが、もし津久井在来大豆を使った商品ができれば大豆の生産農家にとって大きな後押しとなります。
「『戸田酒店』としても、ローカルな農産物、水産物を守りたいという気持ちがあり、引き続き『JAあつぎ』さんとタッグを組んで商品開発に取りかかることにしました」と、『戸田酒店』の担当者である柄澤穣さんは言います。
ただの商品ではなく、さらなる価値を。『戸田酒店』の視点が生んだ「氷眠納豆」
そうして始まった津久井在来大豆を使った新商品の開発。できあがったのは納豆でした。
「『戸田酒店』として、ご当地の農産物にスポットを当てるとともに食品ロスの問題を解決したいという想いがありました」
柄澤さんによると、納豆や豆腐などの大豆食品は家庭で使いきれずに廃棄されることが多く、特に納豆は調査によると廃棄される食品の第3位につけているのだそうです。
「どなたでも、3個パックになっている納豆を買って1、2個食べて、残りは気づいたら消費期限、賞味期限が切れていて捨ててしまったという経験があるのではないでしょうか」
そこで気づいたのが、北海道にある弊社のグループ会社『ヤマイチ日向醗酵食品株式会社』でした。 昭和22年創業、十勝平野において豆腐や納豆の製造・販売をしており、長年培ってきた経験や知識・技術を活用しました。
「実は海外で日本食として売られている納豆は冷凍保存が基本なんです。冷凍すれば長持ちしますし、味や風味が劣化することもありません。そこで、『ヤマイチ日向醗酵食品株式会社』の独自技術『氷眠熟成』を用いて納豆をつくることにしたんです。氷眠熟成を経て冷凍されることで「常においしく召し上がれる状態」になり、賞味期限も1年と長期保存することが可能となります。」
そうして、津久井在来大豆を使った「氷眠熟成納豆」が生まれたのだそうです。
開発中に苦労したことを聞いてみると、
「納豆の熟成と氷眠するタイミングが難しかったですね。津久井在来大豆が一番うまく熟成しているのはいつなのか、を見極める必要がありました。結論として4日間熟成した後、そこからさらに『ヤマイチ日向発酵食品株式会社』の独自技術『氷眠熟成』処理をすることにしました。これが一番おいしい瞬間だと思います」
柄澤さんと清田さんは、そう口をそろえます。
「つくる」、「守る」だけでは足りない。「拡げる」という視点を持つことの大切さ
津久井在来大豆を使った「氷眠納豆」の開発を経て、清田さんは一つ痛感したことがあると言います。
「私たち『JA』は、地域の生産者さんにつくりたい、育てたいものをつくってもらい、それを地元に根付かせることを意識してきました。それは昔から農業を続けてきた方だけでなく、新規就農する方に対しても同様です。津久井在来大豆の例でいえば、今はまだ32歳で、15年ほど前から津久井在来大豆を育てている若い農家さんもいます。ですが、ただつくり続けるだけではいけないというのが、『戸田酒店』さんとの取り組みのなかで見えてきたことでした。地元の方がつくって、その地域に根付いた作物、それはもちろん素晴らしいものですが、その作物をもっと商品として育てていく必要があるんだなと」
良いものをつくることと、それを売ることは別だと、柄澤さんも同意します。
「『JA』さんは魅力的な、力のある農産物をつくってくださっています。今回の津久井在来大豆でいえば、これは粒が大きくて甘みがとても強いという長所を持っていました。ただ、ほかの大豆に比べて生産にコストがかかるという側面もあります。では、そのコストをどう引き受けるか、どういった付加価値をつければ商品として成立させられるか、それを考えるのが私たち『戸田酒店』の仕事だと考えています」
『戸田酒店』と手を取り合ったことでの好影響は、商品づくり以外にも活きているのだそうです。
「『戸田酒店』さんが間に入ってくれたことで、さまざまな面で風通しがよくなったなと感じています。たとえば、これまではJA同士の横のつながりってそれほど強くはなかったんです。自分のところで採れたものを、自分のところで売り、それぞれは独立している。そこを『戸田酒店』さんが『JA』を横断して商品開発や展開をしてくれることで、JA同士のつながりや、試食会などのイベントを経て私たちと生産者さんのつながりが強まるのではないかと期待しています」
清田さんのこの言葉に、柄澤さんはこう続けます。
「生産者さんや直売所に来るお客さんの言葉は、商品開発における大切なヒントになります。たとえば生産者が困っていること、課題に思っていることは、そのままその地域の農業や、ひいては『JA』さんの持つ課題でもあると思っています。私たちの商品開発を通じて、そういった課題を吸い上げ、それを反映したものづくりにつなげられればと考えています」
食品や農業のプロではない二人が目指す、食のこれから
最後に、お二人それぞれに今後取り組んでみたいことについてうかがいました。
「地元の農産物を使った商品を置くと、それをつくった農家さんはとても喜ばれるんです。また、商品と一緒にそれに使われている材料……たとえば納豆と大豆を並べて置いておくと、納豆のファンになってくれた方がその大豆も手に取ってくれるようになります。そういった農産物と商品の関係、生産者さんと『JA』の関係をより深めていきたいと考えています。ゆくゆくはそれを各地の『JA』が単体でやるのではなく、ネットワークを介して柔軟に進めていけるようにしたいですね」
と、清田さん。それに続いて、柄澤さんはこう言います。
「戸田“酒店”と名乗っている以上、次はお酒づくりに取り組みたいと考えています。本当はこちらがメインのはずなのですが(笑)。葉ニンニクの餃子をつくったとき、これでお酒を飲みたいねというお話も聞きました。なので、次はご当地の素材を使った缶チューハイをつくるのもおもしろいのではないかと考えています。国産原料を使ったお酒って、本当に数が少ないんです。日本にはまだまだ魅力的な農産物、海産物がたくさんありますから、餃子や納豆でやったことを次はお酒でやり、新たな日本の魅力を届けられればと思います」
柄澤さんいわく、『戸田酒店』はあくまで酒のプロであって、食品製造のプロではないのだそうです。そして、聞いてみると清田さんもまた、かつては箱根でホテルマンとして働いていたということで「農業のプロとは言えませんね」と笑っていたのが印象的でした。
柄澤 穣(からさわ・じょう)
総合物流商社『戸田商事』に入社したのち、コロナ禍において全国の介護施設への衛生商材の供給に従事。 また、食卓で人気のある餃子の商品開発にも携わる。その後、グループ会社である『戸田酒店』へと転籍、これまでに培ったノウハウを生かし、現在もさまざまな商品開発に取り組んでいる。
清田陽平(せいだ・ようへい)
『JAあつぎ』に入職する前は、箱根でホテルマンとして宿泊客をもてなす仕事に就いていた。異業種から縁あって『JAあつぎ』でJA職員となる。その経歴ゆえ、固定観念にとらわれず「新しいことへの挑戦」をモットーにこれからの日本農業を支えていくべく奮闘を続けている。