大須商店街近くのビル1階にある『喫茶アミーゴ』。ここは“昼から飲める喫茶店”。クラフトビールや自然派ワインなどのお酒、ハンドドリップコーヒー、フルーツたっぷりのパフェや気の利いた小料理が楽しめる。
喫茶アミーゴのはじまりは、平成元年。何度か店主や営業形態が変わりながらも、同じ名前で営業を続けている。現在、アミーゴの“女将”としてカウンターに立つのが永坂文さん。店の経営をしながら、コピーライターとしても活動している人物だ。そうした仕事柄なのか、はたまた気さくな人柄からなのか、さらには多彩な趣味を持っているからなのか。アミーゴには、さまざまな人が集い、ゆるやかなつながりが生まれている。
なぜ、コピーライターが喫茶店店主に? 永坂さんの働き方・生き方について耳を傾けるうちに、この店に人が集う理由も見えてきた。
目次
料理と本が好き。なんとなく思い描いていた喫茶店が実現。
外観
緑がつたうコンクリートの外壁。店名には「喫茶」と付くものの、入り口には「BAR」と書かれた電飾看板も光る。少し灯りの漏れるドアを開けると、赤いカウンターが。この日は開店直後で人が少なかったが、常連さんと居合わせると自然と会話が飛び交うことが多い。「私、すぐに話しかけちゃうんです。最近はこんなご時世なので距離をとっていますけど……」と笑う永坂さん。コピーライターの仕事でも多種多様な人と話す機会があることから、お客さんにも興味がわくと色々と聞きたくなるのだという。
と言いつつも、相手に合わせた距離感をよく見ているような気がする。
黒板
“飲みたい人も 飲めない人も 一人で、ふたりで、みんなでどうぞ”。店頭に書かれたそんな言葉の通り、ここでは人それぞれの過ごし方ができるのが居心地良い。
永坂さんがアミーゴの女将になったのは2016年のこと。どんなきっかけがあったのだろうか。永坂さん:「料理が好きで、以前から料理のイベントをやっていたんです。DJイベントに料理を出したり、『小料理ジャスミン』の名前で自主企画を開催したり。それから、本も好きで読書会コミュニティによく参加していました。そういった自分の好きなものを活かして、“読書喫茶”をやれたらいいな……と考えていたんです。そのタイミングでちょうど、喫茶アミーゴの店主を探しているという話を知りました」
アミーゴは元々、同じビル内にオフィスを構えるデザイン会社が、ビルオーナーから受け継いだ場所。コピーライターである永坂さんは、仕事のつながりもあって時折出入りをしていた。デザイン会社内の飲食チームや関係性のあるメンバーの中で代替わりをしながら運営してきたが、しばらく店主不在の時期があった。そこで、次の店主に名乗り出たのが永坂さんだったのだ。こうして、『喫茶アミーゴ』の名前は変えずに営業するという約束のもと、喫茶店を始めることに。
ちゃんとこだわって、ちゃんとおいしい。だから適正価格で。
永坂さん:「最初は私だけではなく、友人がオーナーとなって二人で店を始めました。私は主にキッチンで料理を作って、友人はカウンターでドリンクを用意して、という分担です」
飲食経営は初めてだったため、やはり開店当初は大変だったそうだ。
永坂さん:「しばらくは二人で店を回さないと不安でした。慣れてくると平日は一人で営業をすることもありましたね。難しかったのが、メニューの価格設定。サクッと気軽に飲める店にしたかったので、はじめはかなり安い価格にしていたんです。利益率などは考えた上で決めた価格だったのですが、あらためて計算してみて、いやいや安すぎる……と少しずつ単価を上げました」
そこで気づいたのが、自信を持っておいしいものを提供していれば、安さを売りにしなくてもお客さんは来てくれるということ。
永坂さん:「しっかりこだわりのある料理・ドリンクに“適正価格”を付ける場合には、気にしない人がほとんどだったんです」
その日のおすすめの食材を使った「本日の定食」は1,200円〜。ピンクグレープフルーツ、オレンジ、キウイなど新鮮な果物をトッピングした「フルーツヨーグルトパフェ」は1,100円。
永坂さん:「フルーツヨーグルトパフェのほか、季節によって旬の果物のパフェもあります。たとえば夏季限定の桃やシャインマスカットのパフェ。桃は果実そのものの甘さを味わってもらうためシロップには浸さず、その場で湯むきしています」普段はあまり甘いものを食べないけれど、アミーゴのパフェはつい食べてしまうというお客さんも多いそうだ。
コピーライターの仕事との両立。喫茶店は“ライブ”だった。
喫茶アミーゴ
喫茶店店主とコピーライター。永坂さんは、二つの仕事をどうやって両立させてきたのだろうか。
永坂さん:「ダブルワークだと、どちらも中途半端になってしまうのでは?と思われるかもしれません。でも、大企業に務めながら音楽活動を成功させている人もいれば、小説家になった人もいる。道を一本に絞らずに生きる方法もあるはず。私の場合は、コピーライターの仕事だけを抱え込みすぎると、すごく疲れて“悲壮感”を漂わせちゃうこともあって(笑)」
悲壮感……。同業種の人にはこの感覚が伝わるかもしれない。
永坂さん:「キャッチコピーやネーミングの仕事は気分転換を挟みながら取り組めますが、長文を執筆する仕事は集中力が大事。でも、ずっと家にこもって机に向かっているのって、結構苦しいんですよね。当たり前だけど、書き上げるまで終わらない。その点、喫茶店って“ライブ”なんです。忙しくても暇でも、時間になれば仕事は終わる。大変な日もありますが、終わりが決まっているぶん精神的には楽ですね。人と話すこと・聞くことが好きなので、接客も向いているんだと思います」
活動の幅は垣根なく。好きなことに時間を使いたい。
店内
近頃は、店の業務のほうが仕事量の多くを占めている状況とのこと。だからといって、コピーライターの仕事をどんどん増やそうと考えているわけではないようだ。
永坂さん:「もちろん、やりたくないなんてことはないです。でも、何でもやります!ではなく、なるべく好きなことに時間を使えるようにシフトしたくて。これからは、興味のある分野で自分から発信していく活動に力を入れたいです」
“好きなこと”としてすでに取り組んでいるのが、小説家の吉川トリコさんと一緒に配信しているポッドキャストだ。番組名を「推しの話をきけ!」と名付け、毎回ゲストのさまざまな“推し”の話を引き出している。
永坂さん:「トリコさんは、私の参加している『猫町倶楽部』という読書会にゲストとして登場されたことから知り合いました。規模の大きい読書会なので、そのつながりで交友関係も広がりましたね。読書会メンバーがアミーゴに遊びに来てくれることもありますし、ここで読書会を開いたこともあります」
“広く浅く”の興味も、蓄積によって立派な厚みとなる。
喫茶アミーゴとしての今後は、どのように描いているのだろう。永坂さん:「料理やドリンクの知識をもっと深めて、店をレベルアップさせたいですね。今はソムリエの試験にチャレンジしているんですが、勉強するなかで新たに知ることもいっぱい。ビールや日本酒、カクテル、コーヒーなども勉強し直すつもりです」
永坂さん:「コピーライターの仕事もそうですが、いろんなことに興味があるのって全部無駄じゃないと思うんです。“広く浅く”を続けていると、少しずつの蓄積が厚みとなる。特定のテーマだけを極めるより、こっちのほうが私には向いている気がします」そう話す永坂さんの周りには、それぞれの“好き”をもった人たちが自然と集まる。たとえば、アミーゴには「サウナ好きが集う喫茶店」としての一面も。開店当初オーナーだった友人がサウナ好きだったことから、イベント出店をきっかけに認知が広まり、店内にはサウナ情報を交換するノートが置かれている。
永坂さん:「自分が詳しい分野ではなくても、誰かの話す“好きなこと”にも興味があります。アミーゴには、いろんな“○○好き”のマニアがいて楽しいですよ」
多様な働き方・生き方のヒントになるだろうと依頼をした今回の取材。聞き上手な永坂さんと会話していると、こちらが人生相談にのってもらっているような気持ちになる場面も。料理がおいしいのはもちろん、女将の永坂さんの存在、店の雰囲気、集う人の空気感にも、アミーゴが愛される理由があるのだろう。
取材・文:齊藤美幸