「あした、あったらいいな」から考える。有志団体『高濱明日研究所』。

特集 | まちをワクワクさせるローカルプロジェクト | 「あした、あったらいいな」から考える。有志団体『高濱明日研究所』。

2022.03.03

メンバーは『アスケン』と呼ぶ、福井県・高浜町の有志団体『高濱明日研究所』。兵庫県や京都府など高浜町以外からやって来る若い人たちから刺激を受けながら、さまざまなメンバーが自由に、楽しく、高浜町の「明日」をつくっています!

学生たちに刺激を受け、『アスケン』を立ち上げ!

●冨田雄生さん(左上)。高浜町商工会の職員。普段は高浜の企業の経営支援や地域振興に従事。高浜の地域経済を陰日向で支えている。『アスケン』の共同代表。●名里裕介さん(右上)。若狭高浜漁港で獲れた新鮮な魚介を干物や水産加工品にして販売する『はもと加工販売所』を経営。はもと(波元)とは「海辺」の方言。『アスケン』の共同代表。●濱瀬満博さん(左下)『ハマセ酒店』高浜店店長。顔の広さを生かして活動をサポート。『アスケン』の拠点の建物を紹介したり、クラフトビール「アオバルクラフト」もつくったり。●岩本 裕さん(右下)定置網漁師で、タコ漁も行っている。37歳の岩本さんは高浜の漁師のなかではかなりの若手。『コドモノ明日研究所』の事業に携わっている。

福井県・高浜町にある『高濱明日研究所(以下、アスケン)』は、高浜の外から来た人たちに刺激を受けたことがきっかけで生まれた有志団体だ。「漁師町の塩土地区にある漁師小屋で”小屋飲み“と称して夜な夜な酒を飲み、『あした、こんなことがあったらいいな』と妄想を語り合っていました」と話すのは共同代表の冨田雄生さんだ。「ただ、語り合うだけで行動に移せずにいましたが」。
 
その行動を起こすきっかけとなったのは、関西の大学の建築学科の学生たちが、高浜町の浜辺に海の家を設計、施工し、運営を行うプロジェクトを始めたこと。学生たちは海の家の活動にとどまらず、塩土地区の建物や暮らしぶりに魅力を感じ、地区の調査を始めたのだ。吉武洋輔さんもその一人で、「塩土の人たちは、夏は夕方になると玄関を開け放って海風を家に入れて涼しく過ごしますが、通りにまで声が聞こえます。お年寄りは石垣に座っておしゃべりし、家だけでなく地区全体で暮らしているようで素敵です」と話す。

数年前までは焼肉店だった建物をリノベーションした、「高濱明日香研究所」の拠点。

学生たちはそうした調査を塩土の人たちに向けて発表した。「塩土に生まれ育った僕らからすると、『言われてみればそうかな』という内容でしたが、学生たちが一生懸命調べてくれた姿勢に感銘を受け、一緒にお酒を飲むようになりました」と冨田さんは振り返る。共同代表の名里裕介さんも、「夏は海の家プロジェクトの経費として学生に交通費や宿泊費が出ますが、冬も学生が自腹で来たので、『そんなにおもしろいのか』ってうれしくなりました」と話す。
 
海の家のプロジェクトは2019年に終了したが、その後も学生や外から来る人たちとの交流は深まり、刺激を受けた冨田さんや名里さんらは、「あした、こんなことがあったらいいな」を妄想で終わらせないためにも、20年5月に『アスケン』を立ち上げ、拠点づくりを開始した。『ハマセ酒店』高浜店店長の濱瀬満博さんの紹介で、焼肉店だった建物を拠点として借りることができた。JR京都駅東側エリアにあった屋台村『崇仁新町』のスタッフとして働き、今は高浜町の地域おこし協力隊隊員として活動している遠藤航さんらがリノベーションに加わり、「京都から週3ペースで通い、手伝いました」と拠点整備に着手。こうして、外から来た人たちと一緒に『アスケン』の活動が始まった。

漁師まちとして賑わってきた塩土地区の家並み。道の向こうに見えるのは青葉山。
21年7月に塩土地区の海辺にオープンした『UMIKARA』。高浜町で水揚げされた鮮魚を購入したり、レストランで食べたりできる施設。漁業体験イベントも実施。

帰りたいまちをつくるのは、 僕ら大人の責任。

『アスケン』には、「メンバーになるのも、やめるのも、出入り自由」という決まりがある。その敷居の低さからメンバーになったのが、高浜に生まれ育った畑手香帆里さんだ。畑手さんは兵庫県神戸市の大学で学んだ後高浜に戻ったが、「高浜には自分の居場所がありませんでした」と地元での暮らしに寂しさを感じていた。神戸では、阪神淡路大震災に端を発する団体のボランティア活動に参加していたことで地域の人たちと関わることができたが、高浜にはそうした活動の場がなかった。「そんな頃、『アスケン』のSNSで、『やりたいことをみんなで話し合いましょう』という呼びかけがあり、参加しました。『何かはわからないけど活動したい』という私でも受け入れてくれる雰囲気があったのでメンバーになりました」。

そのとき畑手さんは、「神戸はまちなかでの花火が禁止でしたが、高浜はできる場所がたくさんあるので、『手持ち花火が楽しめるまち』としてPRすれば観光客が増えるのでは?」という企画書も持参した。「畑手さんのように地域への提案を自由に発言してほしい。『アスケン』のメンバーのつながりや協力を得て実現できるかもしれないので」と冨田さんは言う。

『USFES』の夜は焚き火を囲んで民族音楽を。

そんな冨田さんにもやりたいことがあった。「念願だったキャンプイベントを、『USFES』というフェスティバルで実現できました」。教員を目指していた名里さんは『コドモノ明日研究所』を実現。「高浜の魅力や課題を子どもたちが解決したり、発信したりする活動です。高浜小学校6年生が、20年度は廃棄予定だったブドウ果汁を使ってゼリータルトを考案。『USFES』で100食分ほど販売したら1時間で売り切れました。21年度は、魚が育つ藻場をムラサキウニが食い尽くしてしまう磯焼けが発生しているので、漁師の岩本裕さんとコラボしてウニランプをつくり、『USFES』で販売します」。『コドモノ明日研究所』で子どもたちがつくったものを披露する『USFES』の開催で収益を得て、『アスケン』の拠点整備に充てる。そのローテーションのなかで賛同者や仲間を増やし、高浜をおもしろい地域にしていくという算段だ。冨田さんは、「高浜の子どもや若者に地元に『残ってほしい』『帰ってこい』と言いたい気持ちはわかるけど、地区に同級生もいない人口減少の世代に『帰ってこい』はかわいそう。その前に、彼ら・彼女らが帰ってきたくなるまちをつくらなければ。それが大人の責任です」と話す。

『アスケン』は有志団体だ。読んで字のごとく、志のある仲間がやりたいことを楽しみながらやることで”大人の責任“を取るのが目標だ。高浜を越えて嶺南地方に広げたいという活動を今後、どう展開させていくのか。注目したい。

「ウニランプ」の説明を生徒たちにしている名里さん。
ウニの殻を手に取る児童。

photographs by Mao Yamamoto  text by Kentaro Matsui

記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。