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仕事・働き方

地域コミュニティと医療を繋げる仕事「リンクワーカー」を知っていますか?

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人と人との繋がりを処方する「社会的処方」。イギリスでは、社会的処方をうまく機能させるための職種「リンクワーカー」が活躍している。長崎県佐世保市でリンクワーカーの導入を試みる人物に、その働き方について訊いてみた。

目次

地域の繋がりは、ココロを健康にする治療薬

社会的処方」という言葉をご存知だろうか?
先日、厚生労働省からも社会的処方を推進していくことが発表された。
イギリス発祥の言葉である「社会的処方」とは、“身体的・精神的のみならず、その背後にある社会的健康要因に対して、様々な支援や地域の取り組みに繋げ、Well-beingの向上を目指すアプローチ”という定義で説明される。
Well-beingとは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、しばしば「幸福」という翻訳で表現される言葉だ。

孤立が引き起こす生活習慣病などの社会課題を、医療機関と地域コミュニティが連携することによって解決を目指す。
つまり、医療機関が患者に対して、薬ではなく“人と人との繋がり”を処方するのだ。
日本では、まだこの考え方は一般的にも医療従事者の中でもあまり浸透していない。一方イギリスでは、医療分野においてコミュニティへの所属が重要な役割を果たすものと認識され、社会的処方が推進されている。
そして、その仕組みを成立させるために中枢的な役割を担う職務が「リンクワーカー」だ。

社会的処方の必要性を実感し、リンクワーカーの導入を試みようとするのは、「医療法人社団 石坂脳神経外科」副院長・石坂 俊輔さん。

石坂さん
石坂さん(右)と、後述する株式会社TRAPE代表の鎌田大啓さん(左)

同院は脳神経外科・神経内科・リハビリテーション科を診療するほか、関連事業所として「通所リハビリテーション きらら」や「居宅介護支援事業所」なども手がける。
社会的処方の先進国・イギリスを視察した石坂さんと、経緯を辿りながらそのあり方について理解を深めてみよう。

イギリスに学ぶ社会的処方の仕組み

先ほども述べたように、社会的処方を仕組みとして成立させる最先端の国・イギリス。
日本ではまだ馴染みのない言葉かもしれないが、2019年12月に開催された「第1回日本地域包括ケア学会」において、日本でも社会的処方を実践していくことが宣言されたり、厚労省からの発表が出されたりなど、徐々に認識が広まりつつあるのが現状だ。

では、石坂さんはどうやって社会的処方を知ったのだろうか?

数年前に実施した同院の経営改善プロジェクトの中で、Well-beingを医療・リハビリ・福祉の分野で向上させていこうとアプローチをする株式会社TRAPEを知った石坂さん。その取り組みの中で、社会的処方という言葉に出会った。

石坂さん日々の診療の中で、「これは薬を処方して解決するものではないような…。でも一体どうすれば…?」とモヤモヤした気持ちに直面することがありました。そんな時にこの言葉に出会って、「これだ!」と腹落ちしたような感覚でしたね。

その後、TRAPEからの紹介を通じて、国際長寿センター(ILC-Japan)の事業におけるイギリス視察の声がかかる。
石坂さんはそのチャンスを活用し、イギリスで社会的処方を学んできたのだった。

ネルソンヘルスケアセンター
社会的処方が仕組みとして導入されている「ネルソンヘルスケアセンター」。医学教育にも社会的処方の考え方が組み込まれており、研修医が現場で学ぶ様子が窺える

 

病院はもちろん、地域資源であるコミュニティの集いの場を訪れたり、エビデンスを学術的に論文化するイノベーションセンターに足を運んだりなど、社会的処方に関連する各セクションを視察して周った。

社会的処方のアプローチ方法は地域によって様々で、その地域の特性に沿ったものであった。例えば、マンチェスターには歴史好きな人が多く、孤立する男性同士が歴史を通じて繋がりが持てるような歴史サークルの活動が盛んだ。他にも、ロンドンのように、スポーツジムでダンススタジオに参加するなどのコミュニティが活発な地域もある。

ロンドンの社会的処方の受け入れを行うジムでの様子
ロンドンにある、社会的処方の受け入れを行うジムでの様子

 

イギリスでは、コミュニティと医療の関係性が良好に働くというエビデンスがあるからこそ、社会的処方が普及している。一方、日本には仕組みとしてのそれはないが、“社会的処方らしきもの”があることは、読者の皆さんにも心当たりはあるだろう。

しかし、そこに「リンクワーカー」という職種を置き、仕組みとして構築していくことはまた別問題であり、未だ難しい現状にある。仕組みとして成立させるためには、リンクワーカーに給料が支払われ、職業として認定されていることが大きな要因の一つなのである。


リンクワーカーの気付きと繋げる力

リンクワーカーの気付きと繋げる力

リンクワーカーに資格はない。
ただ、推奨される人物像の要件は病院ごとに定めらており、まず挙げられるのは「人が好きであること」、「地域コミュニティの中で貢献したい気持ちがある」といったマインドや人柄的な要素である。その後に続くのが言語レベルやスキル的な項目であり、医療分野の知識やスキルが必要な職業というわけではない。

実際の順序としては、まず医師や看護師などの医療従事者が患者に対して、“この患者にはどんなサポートが必要か”という情報をカルテのフォームの中に記載する。例えば、
「この人には運動が必要」
「職業訓練が必要」
「精神的なWell-beingを向上させるサポート」
「家庭内暴力の問題に苦しんでいる」といったいくつかの項目を見た後、リンクワーカーが患者とコンタクトを取り、お茶を飲みながら気軽な形式でコミュニケーションを取る。
そうして、患者と対話する中でその人となりを観察し、地域のサークルや集いの場な
どを紹介するなどして、適切な処方を施していくのだ。また、リンクワーカーは繋げるだけでなく、ニーズに応じてサークルを作るなどしてコミュニティそのものを創出することもある。

しかし中には、地域資源と繋げるだけでは対処できず、医療的なアプローチが必要だと判断された場合には、医療機関に対応の手が戻されることも。以上のようにして、医者は医療分野で、リンクワーカーは地域資源の分野で、お互いに補完するように協同関係が築かれている。

上述の説明からも分かる通り、リンクワーカーにはコミュニケーションスキルが肝要である。
求められるのは人との対話の中で、問題を解決に導く適切な地域資源を見つけられる視点。
石坂さんは、以前の取り組みで印象的な事例を教えてくれた。

元・熱血教師の男性
あることがきっかけで鬱病が改善する男性(以下、活動の様子をまとめた動画より抜粋)

デイケアきららを利用していた写真の男性は、荒れた学校に赴任したことをきっかけにアルコール依存症に。
鬱病を抱え、引きこもりがちな生活を送っていた。
また、寡黙で自身のことをあまり話さない男性だったが、介護福祉士の職員とコミュニケーションを交わす中で、かつての教師生活への情熱や想いが蘇る一面が垣間見えた。当時を振り返るのは、厚労省の社会復帰支援に関するモデル事業の中でトレーニングを経験した宮崎朋和さん。

当時を振り返るスタッフ
協力してプロジェクトを推進した地域包括支援センターの園田さん(左)とデイケアきららの宮崎さん(右)

先述したTRAPEで、社会的処方やリンクワーカーで重要な対話の方法、問題解決のヒントを引き出すコミュニケーションなどを学んできた。
その経験を実践する中で気付きを得た宮崎さんは
「もう一度、子どもたちの前で授業をやってみませんか?」という問いを投げかける。

授業をもう一度実現した男性
地域の小学校で子どもたちへの授業を再び

「それが叶うのなら、とても幸せなことだ。」
男性からの前向きな返事が返ってきた。そうして、地域の小学校と地域包括支援センター、きららが手を取り、男性が29年ぶりに子どもたちの前で「先生」になる場ができあがる。このことをきっかけに男性の表情は明るくなり、鬱病の症状は改善されるなど、かつての生きがいを取り戻したのだった。

利用者との対話の中で、小さなサインを丁寧に汲み取ることができる気付き。
そして各機関と連携して思いを形にできる繋がりが、今回の授業を実現する鍵に他ならなかった。
このように、リンクワーカーがまだ浸透していない日本においても、各機関が手を取り合うことで社会的処方と同等の効果を得ることも期待できる。

子ども×高齢者でWell-beingの向上を

上記の事例以外にも、高齢者と地域の子どもが交流するイベントを開催してきた石坂さん。
回数を重ねるごとに、その場から生まれるWell-beingな空間に確かな手応えを感じていた。

子ども食堂の様子
地域包括支援センターやこども食堂と協力し、多世代交流のご飯会を開催

施設にもリンクワーカーの導入を決めた石坂さんは、その経験から子どもとの関わりが深い人にお願いしたいと考えていた。声をかけたのは、幾度かイベントでコラボしてきた「親子いこいの広場 もくもく」で場づくりをする数山有里さん。
今後、週に数日ほどリンクワーカーとして勤務してもらうことが決まっている。現在は、コロナ禍の中でどういう在り方がより良いのかを模索中だ。

ふとした瞬間にモヤモヤする出来事と直面した時、私たちは日々の忙しさに追われ、立ち止まってゆっくり考える暇がないまま言語化できずにいることが多い。石坂さんは特に、“薬で治すことができない”認知症に対して、違和感を感じていたと語る。

石坂さん:認知症の人は、全てを失うわけではないんです。つい先程のことは忘れてしまうけど、昔の記憶や得意だったことはちゃんと残っている。まだまだ社会の一員として生きていけるはずなのに、さっきのことを忘れてしまうだけで、認知症患者として扱われてしまいます。

薬を出しても治らないなら、もう諦めるしかないのか。何か他に良い方法はないのか。
そんな折に出会ったのが、社会的処方というアプローチだった。

イベントで交流する子どもと高齢者
特別なことではなく、ただ自然なコミュニケーションが生まれる場を提供する

例え認知症になっても、趣味を楽しみながら役割を持って高齢者が地域で暮らしていくことを支えたい。
その一つの方法として、子どもとの交流やお世話をする中で感じる活力に可能性を見出す石坂さん。
新たな試みとして動き始める、地域コミュニティと医療を繋げるリンクワーカーの働き方に今後も注目したい。

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