『HEP』が進む、サンダル業界への一歩。

特集 | 地方のデザイン集 | 『HEP』が進む、サンダル業界への一歩。

 奈良県大和高田市で、熱い想いのサンダルブランドが始まりました。ちょっと懐かしいフォルム、でもかっこいい。そんな絶妙なデザインを仕掛け、立ち上げた二人にお話をお聞きしました。


城を飛び出して、サンダルを履く王女。


「ちょっと、そこまで」。近所への外出や気軽なお出かけのとき、あなたは何を履いているだろうか。サッと履いて出かけられ、履いたときも玄関に並べたときにもかっこいいサンダル──。それが、奈良県大和高田市の『川東履物商店』が2020年春にリリースした新ブランド「HEP」だ。


 ブランド名の「HEP」はヘップサンダルが由来になっている。ヘップサンダルとは、つっかけやご近所履きの総称だ。もとは、名作映画『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーン演じるアン王女が、城を飛び出し、窮屈なヒールから気楽なサンダルに履き換え自由な生活を掴んでいくシーン。


それを見た日本人が似た形状のサンダルを「ヘップサンダル」と名づけたのだそう。彼女の人気と合わせ、ヘップサンダルはさまざまな形や色で、日本で広く普及していった。実物を目にすれば、多くの人が「懐かしい」「おばあちゃんが履いていた」などと口にするはず。「HEP」を手掛けているのは、川東宗時さん。実は、奈良県はさまざまな履物づくりが地場産業で、宗時さんの父方も母方も履物をつくる家系だそうだ。


川東宗時さん。「履物のことでしたら、何でもご相談ください!」。

 宗時さんの実家の『川東商店』は1952年の創業。もともとは履物の資材である合皮や糊、糸を問屋に卸していたが、履物の製造も手掛けるようになり、現在、父の徳之さんが3代目として代表を務める。製品の約85パーセントは中国産のヘップサンダルで、残りが県内産の畳草履などだ。


 宗時さんの幼少時、すでにヘップサンダルは身近な存在だった。しかし、父親の職業について友達と話していて、「僕のお父さんはヘップをつくっている」と言い「知らない」と返されたときのことはよく覚えているという。「履物業界って閉ざされた小さな世界なのかなと。子どもの頃から、あまり日の当たらない業界だと感じていました。僕は『HEP』でイメージをひっくり返し、奈良の履物を誇れる産業にしたいんです」。


保管されているさまざまなヘップサンダルのサンプル。

 宗時さんは、どのような経歴をもっているのだろう。「洋服が好きでファッションに興味があり、京都府の大学を卒業後、繊維商社で4年間働きました」。洋服の販売員、生産管理、OEM(他社のブランド製品の製造)や卸の営業を担当し、「川上から川下まで」を経験できたことが、今も彼を支えているという。その後、マレーシアの美容系企業に転職した。「いろいろな仕事を通じて、ものをつくって届ける全体に関わる仕事がおもしろいなと興味を持ったんです。そのとき、家業を振り返って『うちでやってるやん!』と気づきました(笑)」。


 2017年に帰郷し、『川東商店』の4代目として徳之さんと働き始めると、次の2点を感じた。それは、業界全体が製造の多くを海外に任せているため、このままでは価格競争で業界が衰退することと、国内で携わっている人のなかに誇りを持って仕事ができていない人がいることだった。「関西エリアの取引先に挨拶回りをしたら、掛けられるのは『厳しい業界にきたね』『大変だよ』とネガティブな声ばかりでした」。


二人でつくり上げたニューヘップサンダル。


 2018年、そんな宗時さんに大きな転機が訪れる。「日本の工芸を元気にする!」を掲げ、奈良県奈良市に本社を、そして全国に店舗を持つ『中川政七商店』の代表取締役会長で13代の中川政七さんが、「経営とブランディング講座」を開催し、それに参加したのだった。「ブランドをつくるとはどういうことか、その実践についてまで学ぶことができました。当時の僕は、デザインの力を理解していませんでした。相場もデザインに投資する理由も分からなくて、懐疑的だったんです。でも、デザインのないプロダクトは届けられないこと、プロのデザイナーが必要で、経営とデザインとプロダクトの3つのバランスの重要性を痛感しました」。


 また、新潟県三条市や福井県鯖江市へ視察に行き、他業種のものづくりの実例を見たり、現場の人たちの声を聞いたことも参考になったという。「ブランドをつくる勉強をして、ほかの業界を見たら、ヘップサンダルに勝算があると思えたんです。それは僕以外、誰もやっていないから。新しいサンダルをゼロから立ち上げる気持ちはありませんでした」。


 同講座では、学びだけでなく縁にも恵まれた。奈良県・河合町出身のデザイナー・長砂佐紀子さんと組むことになったのだ。長砂さんは『中川政七商店』でデザイナーとして6年弱勤めた経験を持ち、当時は独立直後。宗時さんの企画に興味を持ち、声をかけたという。


『SUNA』のデザイナー・長砂佐紀子さん。

 ブランディングは、2019年1月から二人でスタートした。何度も長時間話し合い、コンセプトを「ニューヘップサンダル」と決めた。長砂さんは「何がヘップサンダルだと言えるのか、数々のサンダルを観察し、『ヘップサンダルたらしめている要素』を分解していき、私たちなりに要素を導き出しました」と話す。ただ机上でデザインをするだけではなく、「戦略から商品設計まで、ものづくりメーカーの”伴走者“になること」が彼女のモットーだ。


“ヘップサンダルの要素”をそれぞれ4商品に落とし込むことになったものの、自社だけではつくれず、地元・奈良でともに開発してくれる工場を見つけるのも容易ではなかった。やっと協力工場が見つかり、二人は半年ほど何度も試作を繰り返した。長砂さんは「どこにヘップサンダルらしさを持たせるか。らしさを残しながらアップデートする、そのバランスには苦労しました」と振り返る。


打ち合わせはいつも長時間に及ぶ。それも「HEP」への愛だろう。

 こうして誕生したのが、「HEP」の1stシリーズの4足だ。色は潔く黒だけにした。「まずは『HEP』を広く知っていただけるよう頑張って、2021年春には2ndシリーズを、将来は地元にファクトリーショップを展開させたいです。今、銭湯『小杉湯』さんや宿泊施設『The Ryokan Tokyo YUGAWARA』さん、服飾ブランド『ZUCCa』さんなどとコラボ商品をつくらせていただいています。空間に人が集まって、『HEP』が会話のきっかけになったらうれしいです」と宗時さん。


 彼らは「HEP」を通じて、私たちの暮らしや“人生の動線”にある空間をそっとデザインしている。これから履物業界をも、デザインしていくのだろう。


『HEP』1st series「BLACK PLAIN」


黒のみで、フォルムの異なる4種がリリースされた「HEP」の1stシリーズ。カラフルで装飾が多いヘップサンダルを、あえてミニマルにデザイン。人工皮革を使用してるため、お手入れがラク。サイズはユニセックスで、SからLLまでの4サイズ。


クロスに編まれたアッパー(足の甲を覆う部分)は、ヘップサンダルで長年愛されてきた定番デザイン。あらゆるファッションに合うシンプルなデザインのこのモデルの商品名は「CVN」。