好きなことを仕事にすることほど、幸せなことはない。そう思わせてくれるのが、島根県で金魚を育てる山田真嗣さん。自分の夢だけでなく、地域の将来も考えた仕事ぶりに密着!
自然と共存し、闘う。休耕田で金魚を養殖!
「今年はいい金魚がいっぱい育っていて、うれしい!」
子どものような満面の笑みで、養殖池からすくい上げた金魚を眺める山田真嗣さん。「田んぼで金魚」というキャッチフレーズで、島根県出雲市の山間、多伎町地区の休耕田を活用した金魚の養殖にチャレンジしている。実は以前にも弊誌に登場してもらったことがあるが、まだ1年目だったこともあり金魚の養殖は失敗。「リベンジします!」と力強く誓ってくれていた。
失敗の原因は、池の水深。浅かったため雑草が繁茂。ゲンゴロウやヤゴなどの水生昆虫が棲み着き、たくさんの金魚を捕食してしまったのだ。そこで、池を50センチの深さに改良したところ水生昆虫が減り、金魚も多く育つようになった。「敵はまだいます。サギです。池に入って金魚を食べないよう、池の上にテグスを張り巡らせているのですが、隙間から入ってきて」と山田さんが仰ぎ見る夏空に、羽を広げた大きなサギが飛んでいた。「田んぼで金魚」は自然と共存しながらも、自然と闘う仕事でもあるのだ。
子どもの頃から魚を飼っていた山田真嗣さんの、金魚への情熱とやさしいまなざし!
東京からUターンして、「売れる金魚」を。
山田さんは、子どもの頃から魚が好きだった。川で捕まえた魚や、夜店の金魚すくいで捕った金魚を持ち帰り、家で飼っていた。熱帯魚を飼い始め、グッピーの繁殖に夢中になったのが中学時代。高校生になると「養殖」という仕事を意識し始め、東京水産大学(現・東京海洋大学)に進学し、資源の育成を学ぶという”魚一直線“の青春を過ごした。「入学して間もなく、寮の先輩の部屋に挨拶に行ったら、水槽に大きな金魚が泳いでいました。琉金だったと思いますが見入っていたら、『今から行こうか』と金魚屋さんへ。そこで金魚を買い、先輩がくれた水槽で飼い始めました」と思い出す。以来、その先輩に週末ごとに東京の金魚専門店へ連れて行ってもらい、金魚の良し悪しを教えてもらったことで、山田さんは金魚の目利きになっていった。4年生のときには、東京で最大の品評会に出品し、出目金の部で優勝するまでに。「それがいけんかった」と山田さんは笑顔で振り返る。「金魚の魅力にどんどんのめり込み、寮の部屋はベランダまで金魚の水槽だらけになりました」。
大学院修了後、「たくさんの金魚が見られるから」と、観賞魚の卸会社に就職。金魚部門に配属されると、世界中から入荷する金魚を目を輝かせながらチェックし、ブリード(繁殖)部門に異動すると、鹿児島県でウナギの養殖場を活用した養殖センターを設ける事業に参画し、金魚の品種改良にも携わった。仕事は楽しく、充実していたが、「島根に帰ろうという思いは持ち続けていました」と山田さん。「長男だし、将来は戻ってくるように言われて東京へ出たので」。そんなとき、知人から紹介されたのが、島根との関わり方を見つける講座「しまコトアカデミー」だった。受講すると、「島根で熱帯魚の養殖をやれば?」と勧められたが、「熱帯魚は加温設備が必要なので難しいかと。ただ、金魚ならできそうな気になりました」と山田さん。その後、タイミングよく出雲市が地域おこし協力隊を募集したので応募。採用され、観賞魚の卸会社を円満退社した後、2016年に家族とともに出雲市へUターンし、地域づくり活動と「田んぼで金魚」をスタートさせた。
今、養殖している金魚は琉金と出目金だ。緋メダカと黒メダカも育てている。理由は、「売れるから」とのこと。「高級な金魚やメダカはビニールハウスの小さな池で育てます。ただ、僕が金魚を養殖する大きな目的に、地域の休耕田の活用があります。なるべく広い面積の休耕田を金魚養殖に転換したいのです。だから、大規模で、比較的簡単にでき、しかも売れる金魚を養殖しているのです」と、以前は田んぼだった池を見渡す。ただ、「本当は水泡眼や出雲なんきんといった個性的な金魚も育てたいのですが、あまり売れないので……」と本音もポロリ。好みの金魚づくりは、養殖が軌道に乗ってからの楽しみに置いておくそうだ。
ちなみに、育てた金魚やメダカの出荷先は、前職の観賞魚の卸会社。山田さんの活動を応援し、快く買い付けてくれているそうだ。最初から確かな販路を持っていることは、地方で起業する山田さんの強みであり、大きな支えになっている。
信頼し、尊敬している出雲市多伎町地区の仲間のみなさんと。「山田くん、体にだけは気をつけてな」
イチジク生産にも挑戦!家族一緒に暮らすために。
金魚養殖に加え、山田さんはイチジク栽培にも挑戦している。多伎町地区は「多伎いちじく」という高級イチジクの産地だが、生産者の高齢化と後継者不足が課題になっているため、山田さんは畑の一部を借りてイチジク栽培を始めたのだ。ただ、金魚養殖もまだ軌道に乗っていない状況で、イチジク栽培にまで手を広げられるのか。「地域の人たちが本当に望んでいるのは金魚養殖以上に、やっぱりイチジク。全国一とも言われる高品質の多伎いちじくの生産量を維持することは、多伎町に人が暮らすための必要条件でもあります。
地区の存続から目を背け、自分の好きな金魚だけをやるわけにはいきません」。イチジクの世界に飛び込んだことで、地区の産業をより深く知ることができ、地区の人とのコミュニケーションも増えた。「複業として地域活性につながるイチジクの仕事を始めた結果、地区の方から金魚養殖も応援してもらえるようになりました」と喜ぶ。
山田さんは5人家族だが、出雲では小学3年生の長男・栞大くんと2人暮らし。奥さんと娘2人は東京で生活している。「Uターン当初は出雲で5人で暮らしていましたが、僕の収入が少ないため、別々に住もうかと。妻も東京で仕事を持っていますし」と笑みを浮かべる山田さん。9月末には地域おこし協力隊の任期が終了するため、その報酬がなくなる。「正直、厳しいです。でも、なんとかします。近い将来、金魚とイチジクで500万円ほど稼いで、家族を出雲に呼び寄せ、みんなで暮らしたいです」と力強く語った。
自分のため、地域のため、そして、家族のために夢を追う山田さん。最後に、「『田んぼで金魚』以外にも、独自のアイデアで『田んぼで○○』に挑戦する人が多伎町に来てくれたらうれしいです。休耕田はたくさんあるので」と呼びかけた。ぜひ、チャレンジしてほしい!
山田さんが選んだ、「田んぼで金魚」のスターたち!
更紗琉金 今年の春に生まれた。育てがいアリ!
琉金といえば、更紗模様。なかでも、赤が主体の更紗模様が僕の好みです。ペットショップでよく見かける琉金ですが、納得できる一匹に出合うには、多くの店を回って足で稼ぐしかありません! でも、一旦保留にした後、やっぱり買おうと戻って来たときには、たいてい誰かに買われています(涙)。金魚との出合いは。ビビッときたら、買い時です。
黒出目金 飛び出た目がかわいくてたまりません!
数多い金魚の品種のなかで、思い入れが深いのが黒出目金です。大学生の頃、品評会(出目金・親の部)で優勝したのも黒出目金でした。自分が育てた金魚が評価されたことはとてもうれしく、今でもよく覚えています。写真のは今年生まれでまだ黒色が薄いけれど、体形もヒレもきれい。たくさんの魚のなかにいても目を引く魅力があります。
更紗琉金・中 尾ビレも赤くて立派な琉金!
日本最大の品評会の琉金の部に、自分が育てた琉金を出品して優勝することが僕の目標です。大学生だった頃の僕には、品評会で上位争いができるような立派な琉金はあまりに高価で、手が出せませんでした。けれど今、そんな琉金をつくることができる環境が整いました! 最高にうれしい! 思う存分、理想の金魚づくりを楽しみます。
キャリコ出目金 正面から見てもかわいいよ!
金魚って、ヘンテコリンであるほど表情豊かに見えませんか? 出目金はとくに。正面から見ると、ニヤニヤしちゃうくらいかわいいです。餌をねだって口をパクパクしている様子もたまりません! キャリコ柄は更紗(赤白)よりも模様が多彩で、このは白地の奥に見えると、赤と黒のバランスが整った美しい一匹です。
更紗琉金・大 すでにこの大きさ!将来有望!
このは去年生まれた2歳魚。琉金の本場・江戸川琉金の見本に近い上品な模様をしていて、お気に入りの一匹です。こんな模様の琉金は本当に少なくて、この年に生まれた琉金では1000匹のうちの1匹程度。尾ビレも幅広で、大きくて、とってもきれい! もっと大きく育て、来年には立派な魚に仕上げたいです。目指せ、品評会優勝!