市民と一緒に、動物が暮らしやすい環境をつくる。
今回紹介させていただく公務員は、茨城県日立市の職員、大栗靖代さん。大栗さんが飼育員として働く日立市かみね動物園は、今年61年目を迎えた、最近では直営が減ってきている公立の動物園です。動物たちが幸せに暮らせる工夫を凝らす「環境エンリッチメント」という取り組みで、この10年間で二度もNPOの設ける賞を受賞しています。大栗さんは、その取り組みの一つとして、人工保育で育てられたチンパンジーの赤ちゃんを早期に群れに戻すなど、動物の生活環境をよりよくしていくため、前例のないことに取り組み続ける公務員です。勉強熱心で、アメリカの動物園に自腹で勉強に行くほど。そのバイタリティの原点はどこにあるのか。飼育員として、公務員として、今、何を感じているのか。大栗さんの取り組みを通じて、公務員という仕事の幅の広さと、共通点に触れてみたいと思います。
動物が過ごしやすい環境をつくる。前例のないことへ挑戦し続ける原動力。
大栗さんが飼育員を目指したのは、東京農業大学の2年生の時。家の近くにあった多摩動物公園の実習生の募集を見つけ、見事採用されました。非常にやりがいを感じて、これが仕事になればいいなと、飼育員として働くことを決意。必死に公務員試験の勉強をし、もともと採用が少ないという狭き門をくぐり、12年ぶりの飼育員として2011年、日立市に採用され、念願の飼育員になりました。
当時、日立市かみね動物園では、数年前にチンパンジーが過ごす運動場をリニューアルしていたものの、「チンパンジーの森」という名前にもかかわらず、森と呼ぶには程遠い樹木の少ない場所になっていました。動物たちが幸せに暮らせる環境を整えたい。けれども十分な予算はない。そんな課題の中で取り組んでいたのは、市民の皆さんに協力していただき、一緒に森を育てていくこと。入ったばかりの大栗さんも動物園の一員として、樹木を持ち寄って、一緒に運動場に植樹するイベントを開催しました。毎年実施することで、徐々に森が育ってきたと言います。一緒になって動物の飼育環境をつくることで、参加した市民は単なるお客さんを超えた、動物園のよき理解者となっていただいているそうです。
もっと動物たちをできるだけ自然の姿で生活できるようにしたい。動物のありのままに近い形で見ていただけることで、お客さんの満足度にもつながるはず。そんな大栗さんの信念が実った2つ目の取り組みが、人工保育せざるを得なかったチンパンジーの赤ちゃんを、早期に群れへ復帰させるというもの。それまで日本国内において主流だったのは、人工保育のチンパンジーは、ある程度大きくなるまで人が育て、小さい頃に群れと交流させないというものでした。しかし、チンパンジーは群れの中でさまざまな習慣を学習するため、群れで過ごさないと子育てやコミュニケーションのとり方がわからないまま育ってしまう。そうすると、親になったときに、育児放棄につながり、また子育てを知らない親が育ち……という負のスパイラルに。このスパイラルを断ち切るため、先輩と大栗さんが取り組んだのは、親子の存在が遠くならないようつなぎとめること。母親が見えるところで哺乳し、毎日、子の様子を見せる中で、母親の状況も見ながら触れてもらい、面会時間を増やしていく。子が育ってきたら、檻越しで会わせてみたり、人が介入しないでも大丈夫か観察してみたり。海外の事例の分析のほか、チンパンジーの専門家や全国の飼育員仲間のアドバイスをもらいながら、結果として、子が1歳になる前という異例のスピードで群れに返すことができました。大栗さんにとって、大きな自信と、もっと動物にとって棲みやすい環境をつくっていけるんだという確信につながったと言います。
動物園は誰のため?市民に直接話せる環境だからこそ、伝えられることがある。
「楽しく入って、学んで出られる動物園」。これが日立市かみね動物園が目指している姿です。最初から学ぶ場所って言っても人は来ないけれど、自然に楽しく入って来た人に、いろんなことを感じて、学んでもらいたい。ただ動物を見るだけではない場所にしていかないといけない。それが動物園の意義だと、大栗さんは思っています。小さい動物園だからこそ、やって来る市民の方々とそんな話を直にできる。そこが、この仕事をやっていくうえでの一つのやりがいになっていると話していました。
大栗さんは、なぜこれほどまでに、飼育されている動物が暮らす環境を改善しようとしているのでしょうか。「動物園はとらえ方によっては微妙な存在なんです。野生の動物を捕獲してくるわけではないとは言え、動物を、本来の生活環境とは違うところで育てている。このため、できるだけいい生活をさせてあげたい。少しでも楽しめるように、毎日違う出来事が起きるようにする。群れで過ごす動物は群れで過ごさせてあげたい。そのために自分に何ができるか。そしてそれは市民の皆さんにとってどういう価値があることで、それをどう伝えていくべきなのか」。そんな問いを抱えながら、毎日、目の前で必死に生きている動物に向き合う大栗さんの姿は、等身大で、とても素敵に感じました。
事務員と飼育員。同じ公務員でもまったく共通点はないのかなと思っていたものの、実は共通する部分は多い。何が正解かわからない中で、それでも前に進んで前例のないことに挑戦していき、それが市民の人にとってどういう意味があるのかを考える姿。皆さんの周りに公立の動物園があれば、ぜひ行ってみてください。そこには、「市民のため」ということを感じながら、動物をこよなく愛する素敵な公務員がいるはずです。
\首長は見た/
一貫したお客様第一の姿勢で、動物園と日立市の活性化を。
日立市 小川春樹市長
大栗さんは平成23年4月に入所した中堅の動物飼育員です。入所当時から、ほかの動物園に勤務した経験をいかして、即戦力として活躍しており、動物やお客様のことを第一に考える姿勢は、常に一貫しています。担当となったサル類の展示施設では、飼育環境の改善に取り組み、平成24年にはチンパンジーの飼育環境向上について同僚飼育員とともにエンリッチメント大賞を受賞するなど、動物福祉の考え方をいち早く実践してきました。また、来園者に動物について関心を持ってもらおうと、さまざまなイベントを企画し、お客様から好評をいただいています
大栗さんには、今後もかみね動物園の活性化を通じて、日立市のイメージアップにますます貢献されるよう期待しています。