2006年に非営利団体『B Lab』が発足した世界的な「いい会社」の基準、「B Corp認証」。どんな認証なのかを「B Corp認証取得支援コンサルタント」の岡望美さんに教えていただくと共に、実際に取得した企業の声を通してこれからの「いい会社」のあり方について考えます。
岡望美さん|おか・のぞみ●外資系の金融機関や日系のメーカーに勤務後、欧州で「B Leaders」 (B Corp認証取得支援者)の研修を修了。日本の「B Corp認証取得支援コンサルタント」の第一人者として、多くの企業の「B Corp認証」の取得を支援している。
目次
Q. そもそも、「B Corp認証」って何?
A. よりよい地球・社会につながる国際的な認証です。
従業員、コミュニティ、環境、ガバナンス、顧客などといった分野で高い基準を満たし、あらゆる側面で優れた行動ができている「いい会社」を認証する、国際的な認証制度です。対象は営利企業に限っており、事業の規模や業務内容に合わせた質問リスト「B Impact Assessment」(以下、BIA)に回答し、一定の点数以上をとると申請できる仕組みです。設立のきっかけは、バスケットシューズを開発、販売する企業を創業した米国の経営者たちが自社を売却したら、その会社が一転して利益第一主義になりショックを受けたことです。同じことが起こらないように、地球や社会を大事にする経営のあり方を維持できるシステムをつくろうと、2007年にこの認証制度を始めました。当初は米国の企業が多かったのですが、現在は世界中に広まっており、これまでに世界では90か国の約7000社が、日本では25社が認証を受けました(2023年6月現在)。
Q. 数多くある “認証”との違いとは?
A. 実践を重視しながら多様な取り組みを評価します。
最大の違いは、全方向で網羅的に評価をする点です。フェアトレードや有機栽培を示す認証は取引や栽培の基準を満たしたことを証明する、消費者向けの認証です。一方で投資家が注目するGRIなどの指標は、これから実施することも含めた環境や社会への取り組みや方針を、テーマ別に評価しているケースが多いです。「B Corp認証」は気候変動、人権、ガバナンスもすべてを対象にしており、実践内容も重視しているので、取得していると消費者にも投資家にも「いい会社」なのだと伝えられるのです。私が思いつく限りでは、横に並ぶ認証はありません。
Q. 誰でも認証を 受けることができる?
A. 事業を行っていれば基本的に誰でもOKです。
個人事業主の私でも、小規模な会社でも12か月以上操業していれば受けられます。「B Corp」のウェブサイト(英語)で検索すると、従業員0人の会社がたくさん出てきますよ。ただ「ビジネスの力を使って」というところが重要なので、自治体やNPOは取得できません。また、武器や化石燃料などを扱う業種の場合は条件を課されることがあります。
Q. どのぐらいの時間やお金がかかるの?
A. 平均して16時間以上と認証料がかかります。
無料アカウントをつくり「BIA」に回答するだけなら、2、3時間ほどで完了すると言われています(英語に抵抗がない場合)。ただ、申請するためには設問を正しく理解したうえで回答し、証拠資料を準備しなければなりません。その作業を含むと、私のクライアントの場合は平均16~20時間かかっています。また、「BIA」には200~300の質問があるのですが、多くの企業は最初の回答で認証の基準である80点以上を獲得することは難しいので、何らかの取り組みを実施する必要があります。それも含むと、さらに時間がかかります。ちなみに審査時の評価点が80点以下の場合は改善案が審査員から提示され、実施すると点数が上がるという良心的なシステムになっています。認証料は企業の規模により異なりますが、売り上げ1億4000万円までの企業で年間1000ドル=約14万円(2023年6月現在)です。なお、3年ごとに認証の更新のために申請をする必要があります。
「B Corp」のウェブサイト。現在「BIA」の質問は5分野だが、2024年に10分野にされる予定。www.bcorporation.net
Q. 地球環境や社会にとっての「B Corp認証」の意義とは?
A. 施策の強化や優秀な人材の確保につながります。
企業が「B Corp認証」を取得するには「できるところからやろう」という形ではなく、幅広い課題に対してすべきことを、具体的な取り組みとして実施していかなければなりません。その結果、地球環境や社会をよい方向に変えるアクションがたくさん行われていく点に、大きな意義があると思います。サスティナブルなものやサービスを選びたい消費者が、環境や社会にとって「いい会社」がつくっている商品やサービスを選択する手助けになる点も重要です。それが、サスティナブルなものやサービスを世の中にさらに広める後押しになります。
Q. 取得者側のメリットやデメリットは?
A. よいアクションがたくさん行われます。
取得までの過程における大きなメリットは、「BIA」が「いい会社」を目指すうえでのガイドラインになることです。「そもそも何をやりたいのか」に立ち戻り、自社を見つめ直す機会になる点も大きな意義があります。取得後のメリットは、優秀な人材の確保です。「B Corp認証」の取得は「いい会社」を目指すことへの本気度を示す手段になるので、そこに共鳴した人が集まります。また、認証を受けた企業がつながりあえる仕組みがあるので、協働のきっかけになりますし、交流を通じてよい刺激を受け続けられます。小規模な企業がパタゴニアと取引をするきっかけになったという事例も聞きました。特に北米では「B Corp」の認知度が4割以上なので、海外進出の際には印籠のような存在になります。デメリットとしては、利益を重視しない企業とみなして離れる投資家がいるかもしれませんが、企業価値や成長に期待する投資家もいると思います。
Q. 取得を目指すことで、企業には どんな変化が?
A. 自社のあり方を見直し施策や情報発信に反映!
「BIA」では環境、人権への取り組みに加え、福利厚生やガバナンス関連まで企業の施策を細かく確認するので、その過程でこれまでの歩みを見つめ直し、よりよいあり方を検討し、今後の施策に反映できます。「いい会社の国際基準が分かり、勉強になった」「経営のコンサルティングを受けているようだ」といったコメントをよくいただきます。また、サスティナビリティ関連の情報発信にも役立っており、証拠資料を集めていくうちに情報が集まり、サスティナビリティレポートの発行やウェブサイトでの情報開示を実現できた企業が多くあります。
Q. どんな企業が取得しているの?
A. さまざまな規模・業界の企業が取得しています。
米国発祥の認証なので、国別に見ると米国が多いです。ただ、その比率は年々低下しており、欧州、南米、オーストラリアの企業が増えています。アジアでは台湾、シンガポールの企業数が多いです。企業の規模はまちまちで、ダノンやパタゴニアなどの世界的に知られたブランドもあれば、創業して5年以内という企業もあります。企業向けのB to Bと消費者向けのB to Cで分類すると、どの国でも半々くらいです。業種は多岐にわたっていますが、公式ページで数えた結果ではコンサルティング会社が最多です。理由は、クライアントにサスティナビリティをコンサルティングをしていくうえで、まず自社を律する会社が多いからだと思います。商品が消費者に届くまでの過程が長い企業は自社以外の取り組み強化が必須で取得に苦労しますが、フェアトレード食品を扱う企業、エシカルコスメのブランドが取得しているケースも多いです。日本の25社の業種は幅広く、被りがほぼないです。
Q. 「取得へのサポート」の内容とは?
A. スタートからゴールまで伴走型で支援します。
「BIA」の質問の解説から始まり、回答作成の支援、証拠となる資料の収集、点数を取るために必要な取り組みの提案、申請で提出するビジネスモデルのアピール方法まで、伴走型で支援します。「B Corp認証」を取得するまでの道のりはよく「旅」に例えられるのですが、私たちコンサルタントは”旅の案内人“のような存在だと思っています。
Q. もっと知りたい人へ、参考サイトなどを教えて!
A. 公式のウェブサイトや書籍、SNSがおすすめです。
全体像を把握するには「B Corp」のウェブサイトや書籍『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』や、『ビジネスの新形態 B Corp入門』がおすすめです。最新情報を集めたり、関心のある人とつながったりするには、SNSのDiscord「School of B Corpコミュニティ」(日本語・無料。https://schoolofbcorp.jp)に入ってみてください。
「B Corp認証」を取得した企業にお話を聞きました!
▶ mayunowa:化粧品製造、スクール運営、スパ導入
回答者:『mayunowa』代表・横山結子さん、化粧品製造責任・松岡正晃さん
肌、地球、そして関わる人々にやさしい商品でありたい。
肌環境にも地球環境にもやさしい、肌本来の力を生かした化粧品をつくり続ける『mayunowa』。自社製品をもっと多くに人に知ってもらう手段としていくつかの認証取得を検討したが、納得のいく制度を見つけることができなかった。「化粧品の場合、その原料などが認証を受けていることが多いです。しかし私たちが取引している真剣に生産に取り組む小規模な農家さんたちは、認証取得に時間やお金を割けないことが多く、そういう人たちが取り残されてしまう仕組みそのものを不自然に感じました。また、基準があいまいな認証も多く、かえって消費者に間違った選択を助長させてしまう側面もあるように感じました」と同社代表の横山結子さん。そこで、もっと本質的に企業を評価してくれる認証制度を探していたところ、「B Corp認証」のことを知り、「製品のみならず、物づくりの方針から環境、コミュニティへの貢献まで総合的に評価する点にバランスのよさを感じて、『これだ!』と確認しました」と話す。
約1年をかけて「B Corp認証」を申請する中で、今まで『mayunowa』の化粧品が環境負荷をかけない製品であることを証明するのが難しかったが、認証取得の過程で大きな収穫があったと横山さんは振り返る。「肌、社会、環境の概念を実現する6つの六角形の循環図を完成させて、2015年に創業して以来考えてきたことを改めて整理することができました。一つのことを優先させてしまうと、どこかにしわ寄せがきてしまう。一つ一つのバランスをとりながら、消費や生産に合わせてゆっくりと事業を大きくしていくことの大切さにも気づきました」。
上/「B Corp認証』申請の中で完成させた『mayunowa』の循環図。肌、環境、社会を軸に6つの過程での行動基準を示している。左下/『mayunowa』の製品。原材料に環境負荷物質は一切使用していない。右下/製品を入れた袋は別の用途に使用できるようジップ付きで、製品のクッション材は紙製を選択。容器の瓶はリユースが可能。
「B Corp認証取得」によってさまざまな可能性を感じているという横山さん。「『B Corp』が示す基準は確実に社会に浸透して、目指すべき未来への変革の力になると思います。興味のある人は『BIA』を試してみるだけでも、言語化によって気づきを得るのでおすすめです」。
UMITO partners:水産・漁業関連コンサルティング事業
回答者:『UMITO partners』代表取締役・村上春二さん、組織部・藤居料実さん
業務一つ一つにサスティナブルの意識が向くように。
ウミとヒトが豊かな社会の実現」をビジョンに掲げて、2021年に設立された『UMITO Partners』。ビジネス、サイエンス、クリエイティブを強みにして、水産国際エコラベル認証のコンサルティングや、水産物と漁業に関するブランディングなどを手がけている。設立して半年後には「B Corp認証」の取得に向けて動き出した。「漁業者さんのサスティナビリティ向上をお手伝いする我々自身が、環境・社会に対していい会社でないと説得力がないと思い、認証を取得しました」と同社代表の村上春二さんは話す。
立ち上げたばかりの小さな組織だったため、スピーディにものごとの決定・行動を進められたが、 「BIA」の質問に対して回答を準備する際、業務について言語化する作業に追われて認証取得までに1年かかった。また、コンサルティングという事業柄、海や漁業関係者に対して社会的・環境的にどう影響を与えているのかを証明することに苦労したそうだ。「たとえば、私たちが携わった岡山県瀬戸内市邑久町のカキ養殖の漁業改善プロジェクトでは、カキの成貝は1日約400リットルの水を濾過すると言われていることから、このプロジェクトの参加者によって1年間で播磨灘の3.7パーセントの水を浄化するといったデータを算出しました」と村上さんは説明する。
認証取得によって「自分たちの行動の説得力が高まった」という社外に対する影響のほか、社内においても変化があった。業務の一つ一つにその環境に対する影響は? と意識が向くようになり、社内で議論しやすい土壌がつくられたという。「最近では弊社事務所の移転パーティを開く際、同時にオフセットも可能なのかという問いが自然と立つように。自分たちの発想や行動の選択をよりしやすくなったように思います」。
今後『UMITO Partners』は、レストランや企業とのつながりを深めて、サスティナビリティ向上をより強化していく。
Burton:スノーボード&アウトドアブランド
回答者:『Burton』環境・社会インパクト担当/シニアマネージャー、エミリー・フォスターさん
利益を上げながら、地球と人への責任も果たしたい。
米国で生まれ、世界中で人気を博しているスノーボードおよび関連用品メーカーの『Burton』は、2019年に「B Corp認証」を取得した。取得を目指した理由を、担当のエミリー・フォスターさんは次のように語る。「私たち自身の手で、事業で利益を上げながら環境、社会、人々への責任を果たすことは可能だと証明したかったんです。当社のサスティナビリティ施策を検証する手段にもぴったりだと思いました」。
取得までの道のりは平坦ではなく労働者、地域社会、環境、顧客への影響から、材料の調達先での取り組み、従業員の福利厚生、慈善活動まで、これまでのやり方を幅広く検証する必要があった。そのために、『Burto
n』では全社のリーダーを集めて既存の慣行と基準を評価。改善すべき箇所を考えながら、社会や環境に配慮した素材の使用や気候変動へのアクション、公正な賃金の支払いをこれまで以上に強化したという。
n』では全社のリーダーを集めて既存の慣行と基準を評価。改善すべき箇所を考えながら、社会や環境に配慮した素材の使用や気候変動へのアクション、公正な賃金の支払いをこれまで以上に強化したという。
上/スノーボード教室を通じた、子どもたちの支援活動「CHILL」の様子。左下/『Burton』はスノーボードの未来を守り、誰もがライディングを楽しめる世の中を目指している。右下/2019年には気候変動対策を求めるデモ「グローバル気候マーチ」への賛同を示すため、この日を休業日にした。
取得による最大の変化は「会社としての登記内容を変えたこと」だと、エミリーさん。「米国には『B Corp』の理念に基づき、経済的利益だけでなく社会や環境など公共の利益を生み出す企業に適応される『ベネフィットコーポレーション』という法人格があり、30州以上に広がっています。当社も定款を変え、2019年にバーモント州でベネフィットコーポレーションの法人格を取り、『B Corp』の理念に即した事業活動を行うことを米国の法律上でも約束しました」。
社内でも変化が起こった。取得までの過程が「コミュニティと地球を大切にする」という『Burton』の価値観を再確認する機会になり、社員の意識がさらに高まったのだ。エミリーさんは今後の抱負を次のように述べた。「スノーボード業界初の『B Corp』として業界をリードしたいです。また、ほかの『B Corp』と協働し、世界をよりよい方向に変える力になっていきたいです」。社内外から、『Burton』の描く未来に期待が寄せられている。
photographs by Hiroshi Takaoka text by Miho Soga & Mari Kubota
記事は雑誌ソトコト2023年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。