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ナイジェリアで日本食を広める森田シェフ隼人シェフの新たなる挑戦 —「ハヤト」第2章へ

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以前紹介した、7年間予約の取れない「クロッサムモリタ」の森田シェフ隼人シェフのナイジェリアにおける活動はさまざまな困難に見舞われたが、森田シェフシェフは新たな活動に向けて再び立ち上がった。ナイジェリアにおける日本食「ハヤト」をひろめるべく精力的に活動する森田シェフシェフの最新プロジェクトについて今回特別インタビューした。

“生き延びるための食”という現実

ナイジェリアにレストランを作るという夢に向け、森田シェフが活動拠点に選んだのは、首都ラゴスの海上スラム「マココ」だった。そこには水上に無数のバラックが建ち並び、電気も水道も整備されていない巨大集落だ。マココに初めて足を踏み入れたとき、周囲からは「あまりに危険すぎて入ったら出られない」と止められた。しかし森田シェフは現地で交渉し、武装した警備員を同行させる条件でようやく許可が下りたが、現地へ着くと警備員を帰らせることにしたのだ。

 「銃を持った人間がいたら、本当の意味で仲良くなれないじゃないですか」と森田シェフ。前例のない行動に、マココの住民たちは驚いたという。森田シェフは日本から持ち込んだ食材で料理を振る舞うと、マココの子どもたちは見たこともない料理に目を輝かせ、夢中で食べたという。しかし、その生活環境は想像を絶するものだった。彼らには保存食の文化がほとんどない。魚は煙でいぶす程度で、衛生環境も悪く、寿命は40歳前後とも言われる。子どもが亡くなれば、その遺体を魚の餌にすることさえあるという。マココでは「食べる」という行為は食の喜びではなく生きるための最低限の行為だったのである。

 森田シェフは「料理とは単なる嗜好品ではなく、人間の尊厳そのものなのだ」と痛感した。だからこそ単に料理を提供するだけではなく、ナイジェリアに食文化を育てる必要があると考えたのだ。

爆撃で壊された街、それでも人々は笑っていた

 マココでの活動を続けるなかで、森田シェフは現地の富裕層や著名人とのつながりを広げていった。ホテルの最上階レストランで料理イベントを開催すると、SNS配信を通じて一気に知名度が高まり、やがてナイジェリア王族の80歳誕生パーティーで料理を振る舞う機会を得たのだ。

 森田シェフが展開した料理は、「アフロフュージョン」と呼ぶ独自のスタイルであった。和食をそのまま持ち込むのではなく、ナイジェリアの味覚や食文化を融合させる。辛味を効かせた寿司や、現地食材を用いた料理など、土地の感覚に合わせて再構築した料理だ。誕生パーティ当日、王族たちはその料理を大絶賛。褒美として、豪邸や船、女性まで差し出されたというが、森田シェフは「海上スラムでレストランをやる権利がほしい」と返事したのだ。

 一見無謀にも見えたその願いは受け入れられ、森田シェフはマココに海上レストランを建設する権利を得た。日本でもその活動は大きな反響を呼び、テレビ放送をきっかけに約4000万円の支援金が集まり、マココの学校や病院、ドラッグストアの整備も進められた。料理だけではなく、生活そのものを支えるインフラづくりが始まっていたのである。

 森田シェフの構想はさらに先を見据えていた。彼が考えたのは、「ハヤト」という名の食文化をナイジェリアに根付かせることだった。構想の中心にあるのは、屋台である。美しくデザインされた移動式屋台を大量に作り、現地の若者たちに貸し出す。彼らは「ハヤトロール」と呼ばれる料理を販売し、売上の一部を受け取りながら生計を立てる。ハヤトロールは、小麦を使った薄い生地で具材を巻く料理で魚や鶏肉、牛肉などを辛味の強いソースで調理し、現地の嗜好に合わせて仕上げる。火力も最小限で済み、インフラの整っていない地域でも提供可能である。森田シェフは、この料理をナイジェリア全土へ広げようとしている。

 「5年後には、ナイジェリアの国民食になっているかもしれない」  そう語る森田シェフの視線はビジネスとしての店舗展開ではなく、ナイジェリアに食文化を創るという壮大な挑戦へ向けられているのだ。

“ハヤト”という食文化の創造計画

 王族の協力によりマココにレストランをオープンすることに成功した森田シェフだったが、2025年その夢は大きく揺らぐことになる。政府による大規模な強制撤去と爆撃が、マココを襲ったのである。家々は破壊され、多くの住民が命を落とした。レストランももちろん破壊された。戸籍を持たない人々も多く、正確な死者数すら把握されていない。森田シェフが現地を訪れたとき、街は瓦礫と焼け跡に変わっていた。海には遺体が浮かび、人々は住む場所を失っていた。それでも、彼らは笑っていたという。「笑うしかないだろ」住民たちは口々にそういっていた。強制撤去に抗議した首長の弟は、軍によって射殺された。誰も逆らえない恐怖が支配するなか、それでもマココの人々は諦めずに生きようとしていたのである。

 森田シェフは、そんな彼らの姿に突き動かされた。そこで復活プロジェクトとしてレストラン一軒ではなく、20店舗の屋台を一気に展開する計画を立てる。さらに、住民たちにIDを取得させ、国家の人口統計に組み込むことで、「存在する人間」として認めさせようとしているのだ。加えて、シジミの養殖や塩田づくりにも着手する構想がある。汚染された海を浄化して保存食文化を生み出し、持続可能な食環境を作る。そのすべてが「料理」へと帰結するのだ。

 マココの住民たちは、これまで生きるためだけに食べてきたのだが、森田シェフは食事に喜びと誇りという食文化を根付かせようとしているのである。無論危険はいまだに尽きない。仲間が殺され、自身も精神的に追い込まれたがそれでも森田シェフは再びナイジェリエへ向かう。彼らに「未来を見せなければいけない」からだ

 料理人が料理で世界を変えられるとは限らない。しかし料理とは人々の希望になり、生きる糧となりうるのだ。海上スラムで始まった「ハヤト」という名の挑戦は、単なるレストラン事業ではなく、食を通じて文化を創り、人間の尊厳を取り戻そうとする料理人森田隼人の命をかけた闘いなのである。

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