私たちにとって身近な食品であるチョコレート。1926年の販売開始以降、100年近くにわたってチョコレートを作り続けている株式会社 明治。カカオを取り巻くさまざまな問題に向き合い、カカオの新しい可能性を追求している明治の取り組みについて、同社のマーケティング本部 カカオマーケティング部CXSグループ長の木原純さんにお話しをうかがいました。
カカオの歴史と、15世紀から現代まで続く諸問題を解決するために
サスティナブルな未来をともに考え、作る。明治の「カカオ、ひらく。LAB」レポート
でも取材させていただきました。明治のSDGsへの取り組みの入り口という内容でしたが、ここではより深く、明治の取り組みについてお話をうかがえればと思います。
木原 純さん(以下、木原) まず、チョコレートとカカオの歴史から簡単にお話ししたいと思います。カカオは約5000年前から果実として食べられてきました。記録に残っているところでは紀元前3300年ごろのエクアドルで食用にされていたことが分かっており、また紀元前2000年ごろには現在の中南米にあたる地域で栽培も始まっていたとされています。その後、15世紀前後の大航海時代によって、ヨーロッパへと渡ることになりました。これは、明暗両方の側面がある、カカオにとっての一つのターニングポイントとなりました。
ソトコト 大航海時代のヨーロッパというと、半ば侵略者のようなイメージもありますね。
木原 その通りで、カカオの食文化が世界に広まり、現代でも多くの人に愛される食べ物になっていることは明暗の“明”と言える部分ですが、▽貿易における人身売買が起因となり、奴隷として過酷な労働を課せられたりしたことは歴史の“暗”の部分と言えます。
そして、この問題は現在にいたるまで続いてしまっているのです。
現在、世界でカカオは「カカオベルト」と呼ばれる亜熱帯の地域で栽培されています。中南米だけでなくアフリカ、ユーラシア、アジア、オーストラリアの5大陸で栽培されている、世界的な作物と言えるでしょう。特に現代ではアフリカのコートジボワールやガーナが大きな生産地となっています。
日本でもカカオを使った製品、チョコレートやココアは身近なものですが、世界全体で見ると日本のカカオ消費量は生産量の15%程度です。ほとんどの部分をメジャーと呼ばれる国際資本がコントロールしています。カカオ産地では森林減少や、あるいは児童を中心とした労働問題など、さまざまな課題が歴史とともに蓄積されてしまっているという現状が、国境を越えたパートナーシップによる解決が求められています。
「メイジ・カカオ・サポート」を通じて“サステナブル・カカオ豆”を調達
木原 明治では“メイジ・カカオ・サポート”として、カカオ農家を支援する取り組みを継続しています。現地に技術員を派遣し、カカオの栽培技術支援、たとえば発酵技術の指導や、栽培技術勉強会の開催に加え、井戸を掘るなどカカオ農家の生活向上に向けた様々な支援を行なっています。
これは2006年にガーナ、ペルー、エクアドル、ベネズエラ、メキシコ、ドミニカ共和国、ブラジル、ベトナムの8カ国からスタートし、現在はマダガスカルを加えた9か国で展開してます。
ソトコト 15年以上前から、生産農家さんを支援されているんですね。同時に農業の部分だけでなく、生活基盤の面でもサポートをしていると。
木原 こうして、農家支援を実施した地域で生産された“明治サステナブルカカオ豆”を活用するようにしています。このサステナブルカカオ豆の調達を徐々に増やしていき、2026年度までに調達比率100%達成を目標としています。
また、カカオを使った新しい製品づくりにも着手しています。カカオのなかでチョコレートの原料となっているのは約10%くらいのカカオ豆で、それ以外の部分はまた土に還されていました。そこで“ホール(whole=全体)カカオの活用”として、カカオハスク(カカオ豆の皮)やカスカラ(カカオの実の殻)といった部分を使った新たな素材開発に挑戦しています。カカオハスクを使ったものにはたとえば容器や建材のような、食品でない領域のものもあります。
木原 はい、カカオを“チョコレートの原料”にとどまらずフルーツとして考えることも重要だと考えています。カカオの起源である中南米ではカカオをチョコレートにして食べることがあまりありません。気温が高く、すぐ溶けてしまうため、そもそもカカオはドリンクとして親しまれ、今日もその食文化は根付いています。我々明治はカカオをフルーツとして捉え、チョコレート以外の製品を開発していくことが重要だと考え、2021年から商品開発を始めています。
また、別の例としてはベトナムで作られているカカオ豆のなかには、ポリフェノールが多い品種があることがわかりました。この個性を活かしたカカオの新素材が創ることで、新しい商品ができるんじゃないか研究開発メンバーが閃き、行動したのです。こういったカカオの新しい使い道を考えることもまた、サステナビリティの一つだと考えています。
美味しいチョコレートをお届けする使命に変わりはなし。チョコレートを食べることをソーシャルグッドにつなげる
木原 明治は100年以上、カカオとチョコレートにかかわってきました。その根底には“栄養報国”という創業精神があります。食を通じた健康意識が高まるなか明治のこのマインドを“栄養ステートメント”として定め、栄養の新たな価値を作り出し、子どもからお年寄りまですべての世代の健康に貢献し、より食を楽しめる社会にしていきたいと考えています。
当然、サステナブルカカオ豆に切り替えることなどによって、チョコレートの味わいが損なわれてはいけないと思っています。SDGsというのは誰かが我慢して、負担を背負うものではありません。明治の企業努力は継続します。我々のカカオに関する新しいアクションを、これまでかかわりのなかったパートナーとともに、食品の枠にとどまらない新しい価値を生み出すことができると信じています。
ソトコト 新事業となると、苦労する部分なども出てくるかと思いますが。
木原 苦労がまったくないかと言われれば、そんなことはないですね。幸いにして、私どもも企業として長く、多くのお客さまよりご愛顧いただいております。どうしても何かを始めるとなると大きな動きになってしまい、いわゆるスモールスタートがやりにくいといった問題はあります。カカオを活かしたチョコレート以外の食品、たとえばカカオドリンクなどは、日常的に多くの人に受け入れていただくまでに時間を要するかもしれません。しかし、それでもやる意義は大いにあると考えます。
最終的には、カカオを使った商品をお客さまが何も意識することなく手に取っていただいて、それが自然と消費者と生産者の両方のソーシャルグッドにつながっていく、それが理想的なあり方ではないかと考えています。
「カカオはフルーツ」であることを伝え、カカオの可能性を広げていく
木原 明治は前身の企業を経て、1926年からチョコレートを販売開始して以来、100年近くにわたってカカオ・チョコレートに寄り添った企業活動をしてきました。100年前は、板チョコ1枚は10銭で販売されていました。1日の賃金の約半分もするような高級品から、月日が経つとともにチョコレートはとても身近な食べ物になりました。しかし、その背景には、先ほども少し触れましたが、カカオを栽培している地域におけるさまざまな問題がありました。
長い時間、チョコレートに携わってきた企業として、これらの問題に向き合うことは当然の義務であり、明治にとって重要なテーマです。そのために、チョコレートにとどまらないカカオのバリューを生み出すことが重要だと考えています。それが労働問題であったり、カカオの活用されていない部位がある問題など、さまざまなテーマの解決につながっていくはずです。その最初のステップとしてカカオ=チョコレートという固定概念を取り払い、フルーツとしてのカカオに着目しています。この認識を広めていき、カカオの可能性を広げること、それが今、明治のサステナブルカカオの取り組みではないかと思っています。
ソトコト ありがとうございました。
株式会社 明治
マーケティング本部 カカオマーケティング部CXSグループ長。