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特集 | まちをワクワクさせるローカルプロジェクト

「妊娠・出産・育児」を共に悩み考える、「マタユニ」というつながり。

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子どもを望むのかどうか。さらに、妊娠・出産・育児をどうするか──。女性なら一度は考える、人生の大きな選択。そこに寄り添うやさしい場が、あります。

目次

ライフステージに応じた講座で母性を育む。

母性──。『広辞苑』によると、それは「女性が母として持っている性質。また、母たるもの。本能」と出てくる。使われるシーンによって、慈愛などを連想する人もいるだろう。
 
多様性が重視され、以前よりさまざまな生き方に寛容な社会になりつつある。けれど、それで私たちが「自分の生き方の選択」に悩まなくなったわけではない。特に、女性にとっての、母性。子どもを望むのかどうか。そして恵まれた場合でも、妊娠・出産・育児におけるあらゆる選択が、私たちの人生についてまわる。
 
島根県江津市をメインの拠点に開催・発信している「母性を育む学舎 マタユニ」(以下、マタユニ)という学びの場がある。名称は「Maternity University」の略。妊娠・出産・育児にまつわる知識を学ぶことができる、仲間づくりの憩いの場だ。
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第2期(2021年度)からは、江津市の学び合いの場「GOつくる大学」の一環として講座を開催。
講座の内容は、体のケア、食、運動、妊活、産後のキャリアなど多岐にわたっていて(左ページ参照)、ライフステージに応じた講座を受けることができる。島根県内の各地で開催されているが、運動系の講座を除けばオンラインでも受講可能だ。
 
複数の講座を受けているという1児の母・右田祥子さんに話を聞くと「母になり、ネットの情報に迷ったり、子どもの心身のために必要なことを後から知って、自分を責めたりしたことがありました。『マタユニ』では人から学び、さらに参加者同士がつながれて、欲しい情報以上のものを得ることができます。子どもばかりでなく、自分に目を向けることにも気付かされました」と話してくれた。まさに自分の母性を育んでいる。
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会場は講座内容によって決定している。第3期は2022年6月からスタート予定。

女性のための活動を 病院の外で行いたいと決断。

運営しているのは、『めばえの森』の代表で助産師の中島春奈さん。中島さんはどうして「マタユニ」を始めたのだろう。
 
聞けば、2歳のときに細菌性髄膜炎という病気にかかり、生死を彷徨ったという。それが影響してなのか、体が弱く入退院を繰り返したことで、小児科の看護師が身近な存在だった。

「高校生のとき、腹痛で婦人科を受診したことがありました。検査の結果、婦人科の病気ではなく盲腸だったのですが、私は周期によって卵巣が大きくなることがあると偶然判明したんです。友人たちを見ていても婦人科の受診はハードルが高く、婦人系の病気はたまたま発見されることが多いと痛感しました。発見が遅れて妊孕性(妊娠するための力)に影響が出るケースもあり、知らないというだけで悲しむことになる人が絶対いるなと思ったんです」
 
その後、中島さんは看護師を目指すようになる。滋賀県立大学で看護を学び、彦根市で看護師として3年間働いた。

「勉強会や研修に参加したことや、自分の生理不順もあって、ライフサイクルに応じた女性の健康や性教育に関心をもちました。例えば、妊娠したいと思ったときにできるだけスムーズにその過程が踏めるよう、必要な知識や行動を身につける。それは受診の前からアプローチできます。それで病院以外での活動にも関心をもちました。病院にいる看護師は、診察に来た人にしか出会えません。自分が暮らしの場に行けば、受診のサポートや病気の早期発見につながることができるのではないかなと。それで病院の外で何か活動したい、自分だからこそできる仕事がしたいと思うようになりました」
 
看護師3年目のときに上司に相談し、働きながら勉強して、島根県立大学の別科助産学専攻を受験。それは、助産師になるという答えを出したからだった。見事合格し、知り合いがまったくいない島根県出雲市に引っ越した。

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親子で参加できるので、講座中に授乳したってOK。みんなで見守り合う、あたたかな雰囲気が特徴。

「マタユニ」で地域に貢献し、恩返ししていきたい。

学生として島根県内の連携病院で助産師の実習を受けたとき、江津市の助産師は率先して地域に出向き、性教育などをして精力的に活動していると聞く。「自分の興味・関心と重なる」と思った中島さんは江津市について調べ、2016年に同市に移住した。

「江津市に来て、20代後半という年齢のこともあって、いつかこの土地で妊娠・出産・育児を経験したいなと考えたとき、選択肢がとても少ないことを知りました。このエリアにはお産ができる病院が2院しかありません。妊娠中や産後に受けられるサービスの種類もとても少なく、複数の選択肢から自分に合うものを見つける機会がほとんどないんです」
 
一方、人には恵まれた。江津市では、誰かの「何かやりたい」という気持ちを応援したりサポートしたりする人たちが多く、縁ができたのだ。

「江津市や島根県内で出会った女性たち、周囲の方たちに笑顔になってもらうために私に何ができるんだろうと考えるようになりました。実は私は昔、人間不信になり自分の存在を消したいとまで思っていたことがありました。自分の素質に蓋をしてしまったんですね。でも、出会った人たちに殻を破ってもらい、応援もしていただいて『やりたいことをやってみよう!』と思い至ったんです」
 
そうして中島さんが2020年に始めたのが「マタユニ」だった。自身が講師となる講座もあるものの、「この人の話をぜひ聞いてほしい!」と思う専門家たちに声をかけ、講座を企画したのだ。多感な時期につらい経験をしたからこそ、やさしい眼差しで「地域に恩返ししたい」とも考えている。
 
冒頭の母性に話を戻そう。中島さんは、母性の形を規定しない。わが子に向けられるものだけが母性ではないと思うからだ。

「自分なりの母性を見つけて受け入れ、それに満たされているというか、その母性が生き生きと働いている状態を提供したいんです。だからいろいろな切り口の講座を用意しています。男性の参加も大歓迎です。妊娠・出産・育児に自分なりに向き合い、『私はこれでいいんだ』とホッとしてもらえたらうれしいです」
 
中島さんの元には受講者から「おかげで病院を受診する勇気をもてて、その結果赤ちゃんができました」「自分のやりたいことを考え、夢に向かってスタートをきれました」などと報告が届いている。そんな瞬間が最高にうれしく、やりがいだという。
 
自分らしい人生の選択と行動をする。そうすれば、パートナーや家族、友人が満たされることも増えるだろう。そんな景色を一つでも多く見るために。彼女は今日も、「マタユニ」に愛情を注ぐ。

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いつも明るく、ハキハキと話す中島春奈さん。彼女の人柄を慕って講座に参加する人も多い。
中島春奈さん
なかしま・はるな●奈良県出身。『めばえの森』代表。島根県立大学を卒業し、助産師免許を取得。2020年に「母性を育む学舎 マタユニ」を始める。
photographs by Miho Kakuta  text by Yoshino Kokubo
記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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