東京の教育系ベンチャー企業の役員を退任し、縁もゆかりもない高梁市に移住。魅力的な地域づくりをテーマに、教育を軸に活動する横山弘毅さん。高梁市にある資源を最大限に活かし、教育DXに楽しんで取り組んでします。なぜ移住してまで力を注ぐのか。お話を伺います。
元やり投げ選手から、教育系のベンチャー企業に
横山さん「私は実は陸上のやり投げ選手だったんです。いい先生に囲まれて育ってきたので、一人ひとりの可能性を引き出す教育ってすごい、と思っていて、漠然と体育の先生を目指していました。
でも、就職を考えるうちにだんだんと迷いが生じてきたんです。そもそも私は球技が苦手で、体育を教えるのは難しいし、体育の先生になりたかったわけではないんだ、と教育実習に行って気づいたりとか(笑)。高校の恩師が10年くらい民間企業を経験してから教員になった先生だったので、企業に就職してもいいかな、とも考えるようになりました」
大学卒業後、大手かベンチャーかで考えたとき、はやく成長ができそうなベンチャー企業に絞って企業を探していました。会社説明会で株式会社バンザンに出会います。
横山さん「創業者が『教育業界で日本一を目指す』と真剣に言っていたんですよね。その熱量に感銘を受けて、入社を決めました」
2007年に入社し、13年間、家庭教師派遣をはじめとした教育事業に携わってきました。入社当初は、インターネットが勃興しはじめた時期。今でこそ一般的になったオンライン教育も、まだ馴染みはありませんでした。
横山さん「ある大学の教授が『明治のはじめの教室から、その様子は現代まで変わっていない。こんなにも時代が変わっているのに教育は150年間変わっていない』と言っていたんですよね。
そんな中バンザンは、インターネットで教育は変わる、と信じ必死に事業を磨いてきました。創業者は、高知県出身。地域によって差がある教育を、誰しもが平等に受けられるようにしたい、という強い思いをもっていました。
最初の1年半ほどは営業、そのあとはマーケティングの業務を一人で回していましたね。例えば集客のための広告や、Webでの発信、ホームページの制作、ほかに採用も行なっていました」
2008年頃からは、新規事業にも携わるようになっていったという横山さん。オンライン家庭教師事業の動画配信のソフト開発や、そのマーケティングを行っていたそうです。2018年頃には、事業がブレイクしはじめます。
横山さん「いろいろ失敗もありましたが、今では、テレビCMの効果やコロナ禍でオンラインが広がったこともあって、かなり認知が広がりましたね。
オンライン家庭教師サービスを利用してくれていたのは、地方の子どもたちが7、8割くらいだったと思います。例えば、離島に住んでいる子で、島の中に予備校がなく満足な受験勉強ができない子どもが、オンライン指導を受けて大学に合格できた、とか。
勉強を十分にできる状況になく取り残されていた子どもたちが、プロに指導してもらうことで、絶対に効果が出るし、選択肢が広がったり自信がついたりするんですよね。オンラインで都会の子どもたちと同じ教育がちゃんと受けられるようになれば、良い結果をもたらすことができると実感しました」
高梁市の地域資源に魅力を感じ、飛び込む
横山さん「私は神奈川出身。地方の過疎化が、と言われても正直ピンと来ていなかったんですよね。それで仕事やプライベートで、北は北海道から、南は鹿児島の島まで、訪れていく中でだんだんと肌で感じるようになっていきました。
地方でのオンライン教育が当たり前になっていく一方で、10年も経てば、地方自体がなくなってしまうのではないか。東京でいてもできることに限りがあるのではないか。そんなことを考えていたときにちょうど、高梁市の知り合いがいて、声をかけられたんです」
高梁市には、小学校が15校、中学校が6校あり、高校は県立2校、市立2校、私立1校の5校あるほか、吉備国際大学もあります。しかし、その中では連携が十分には取れておらず、活かしきれていない現状がありました。また、備中松山城など古い歴史と文化もあり、自然も多く、たくさんの地域資源があります。そんな高梁市に、驚きと好奇心が生まれた横山さん。
横山さん「行政職員、民間企業、個人事業主、どういったポジションで活動していくべきかは定まっていませんでしたが、何かできそう、とりあえず飛び込んでみようと思い、移住を決めました」
また、オンラインの家庭教師事業だけでは、子どもたちに必要十分な教育を提供できないことにも、歯がゆさを感じていたと言います。
横山さん「オンラインで大学受験をはじめ何千人、何万人という小中高生をサポートをしてきましたが、子どもたちの中には自己肯定感の低い子もとても多いことが気になっていました。例えば、慶応には受かったけれど、東大には落ちてしまった、とか、明治に受かったけれど、早慶には落ちてしまった、とか。
もちろん学力はとても大事なのですが、世間がつくりあげた、受験という偏差値レースの中でもがいている子どもたちを大勢見てきて、モヤモヤを感じていました。だから、地方でもっと違った学びのかたちをつくってみたいと思ったんです」
新しい地域の学びの形を、高梁市から
横山さん「一つ目は、教育DXの土台づくり。高梁市教育委員会から委託を受け、学校のICT支援をしています。文部科学省の掲げる、小中学校でICT端末を一人1台もつ『GIGAスクール構想』を実現するためのサポートです。
現在では、21校の小中学校のうち95%ほどが、ICT端末をほぼ毎日、または週に数回利用しているという実績があるほど、県内ではおそらく一番ICT活用が進んでいると思います。どうやって端末を導入し、どうやって授業の中で使えば効果的か、などといったアドバイスをしています。先日、ある中学校でデジタル文化祭が開かれました。発表する出し物を動画でつくって、当日は各教室をオンラインで繋げて。すごかったですね。
私はITと教育の架け橋のような役割でありたいと思っています。ITしか分からないバリバリのエンジニアではなく、教育現場でどう使えばいいかが分かる私のような人間だからこそ、価値が発揮できている気がします」
横山さん「高校の総合的な探求の時間に、生徒の相談役のような役割を務めています。受け身の授業ではなく、『生きる力』を身につけてもらう時間です。企業で新規事業に取り組んできた経験を活かして、生徒たちに話をしています。
高校生たちは、何かしたいけれど、どこから手を付ければいいか分からない、といった状態の生徒が多いんですよね。例えばこの間は、電車が好きな生徒が、ローカル線の利用者を増やすにはどうすればいいのか、ということを考えていました。その生徒が考えたのは、ポスターを貼る、という施策。でも、これで利用者が増えるとは残念ながら考えられませんよね。
私は、ベンチャー時代の新規事業を立ち上げるときには、ほかの成功事例を探すリサーチから始めていました。動き方が分からないという生徒たちに、どこから始めればいいかアドバイスしたり、協力してくれそうな大人に繋いだりするなどして、伴走しながらサポートしています」
三つ目は、「高梁100challenge」という団体の運営です。中学生・高校生・大学生と地域の枠組みを超えた連携プロジェクトを生み出し、高梁市の活性化を目指しています。「教育×地域」の挑戦を100生み出していこう、という思いを団体名に込めたそう。
横山さん「『高梁100challenge』の立ち上げ理由は大きく二つあります。
一つは、地域全体をキャンパスに見立てて、地域全体での学びの形をつくりたかったんですよね。学校同士で繋がりがなかったり、授業の中だけでは尖ったことはやりにくかったり。何かおもしろいプロジェクトを継続的にやろうとしても難しいんです。その地域として大人が関わり、チャレンジし、地域に生きた学びや活力を残していきたい。挑戦の連鎖を、次の世代にも繋いでいきたい、と思いました。
もう一つは、仕事を生み出せる人をつくりたいと思ったからです。子どもたちに、地域活性のプロジェクト経験を通して、受け手ではなく作り手側になってもらう。そうすれば、『いい学校に入りたい』ではなく『いい学校をつくりたい』、『いいまちに住みたい』ではなく『いいまちをつくりたい』という考え方になると思います。結果、まちの将来もきっと明るくなる。持続的なプロジェクトをつくりたいと思いました」
地域がもつ多様性を残していきたい
横山さん「高梁の人は、『うちにはなにもない』って言うんですよね。地方あるあるだと思います。私からすると、都会にはないお金で買えない地域資源がたくさんありますし、地域資源を活かして、高梁ならではのことができると思っています。
地域に入って、『教育改革をする』『人口減少を止める』という否定から入るような姿勢では、何も生まれません。地域をリスペクトし、肯定の姿勢から入るようにしています。おもしろいことを仕掛けたいですね」
歴史が好きな横山さんは、明治維新時代の日本に例えて話をしてくれました。当時日本を変えたのは、長州藩や薩摩藩。都会よりも地方に学ぶことは多くあり、「都会が上、地方が下、という構造の逆転ができたらおもしろい」と語ります。
横山さん「フィンランドの大学院で通っている知人が『日本はすごい』と言っていました。フィンランドの風景は、どこに行っても森、雪、海。しかし日本は、地域によって風景が全く違いますし、食事や文化など、多様性があるからだそうです。
私は、日本の多様性という良さを残していく、次世代に繋いでいく、ということに力を注ぎたいと思っています」
横山さんのように、移住者だからこそ「分かることを大事にし、地域をリスペクトする姿勢をもつこと。そして飛び込んでみれば、地域を残し、繋いでいくにはどうしたらいいか、見つかるかもしれません。
横山弘毅さん
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取材・文:宮武由佳