2016年、大阪市鶴見区に誕生した『TSURUMIこどもホスピス』(以下、TCH)は、病状が不安定な、予後が極めて不確定な「LTC(Life-Threatening Conditions)」と呼ばれる状態の子どもたちのための場所。その理念は「“深く生きる”必要のある子どもを支える」ことだといいます。
日本初のコミュニティ型子ども向けホスピス。
「同じような病気の子どもと遊んだり、兄弟とお泊まりしたり。また、想いに賛同してくれたある動物園は移動動物園を開催してくれたり、地元のクリーム製造会社が、子ども向けにプロのパンづくりのワークショップを開いてくれたり。さまざまな人たちとの関わりがここにはあるんです」。そう話してくれたのはゼネラルマネージャーの水谷綾さん。
敷地内の広場やカフェを日時限定ではあるが一般の人が利用できるのも特徴だろう。ここを舞台に、いくつものコミュニティが存在し、地域や第三者との緩やかなつながりも生まれる。さまざまな人が関わり、ケアが必要な子どもたちや家族がそれを享受する。サポートするのは、看護師や保育士などの資格を持つスタッフを軸に、医療関係者や学生などのボランティアたちだ。
そしてTCHは場ではあるが、場づくりや、病気の子や家族のためのサードプレイス、ではない。「誰もが」という視点、視座はここにはない。その子、その家族のためという、パーソナルな関係づくりが起点にある。「子どものためのホスピスのありようって、結局は『友達』だと思うんですね。悲しみを吐露する場所がない。泣いてもいいし、口に出してもいい。その底辺を支えるのは『正直でいること』。子どもたちに信頼され、安心できる場所になって初めて、心からの語らいや、気を許したさりげない会話が生まれ、ようやく彼らの孤立の殻を破ることができるんじゃないかなって」。家族や近しい人にもなかなか話せないことでも話せる存在。利害なしに寄り添える親友のような。心の解放も、彼らの幸せには不可欠だ。
“何げない時間”という幸せを、すべての子どもに。
施設で行われるケアの様子を取材させていただいた。通常、TCHが受け入れているのは入院中の子どもが多いが、この日は、今後募集予定の、在宅治療の日々を送るLTCの子と家族のためのプログラムのプレで、新たな取り組みの一つ。
まず子どもたちは、人工呼吸器や経管栄養などをつけ、バギーに寝たり、座ったままの状態。このようなケアが必要な子が家族内にいたら気軽にお出かけなどは難しいだろうなと想像した。家族の不安も相当だろう。同時に、その兄弟たちも気になった。両親はケアが必要な子につきっきりになるため、どこか寂しい思いをするのではないか。実際、ここでのケアは、スタッフが子どもたちと遊んでいるかたわらで、家族は別のスタッフと治療や病気の話をしたりするのだという。この日も、看護師や保育士、理学療法士など、専門領域を持った熟練スタッフ、ボランティアらが、子どもたちと遊びつつ、ご家族と雑談のような形で質問に答えていた。家族同士も悩みを打ち明けあったり、兄弟たちも、本を読んだり、庭で遊んだりして楽しそう。そしてバギーに乗ったケアが必要な子どもたちは……遊べるのかどうか心配だったが、屋外に設置した大きなバルーン遊具の中、家族が抱え、スタッフがサポートしながらではあるが、跳びはね、遊ぶことができた。ふと、周囲を感じてみれば、隣接するドッグランでは犬が走り、近くの広場では野球を楽しむ人たちがいて、フットサル場からは、嬉々とした声が聞こえた。ふとした日常の音、風景、気配。当たり前の大切さを感じるとともに、こんな何げない時間は、すべての人に絶対に必要だと思った。
「子どもの尊厳を守る」ために。TCHの活動の原点。
子どものためのホスピスがなぜ必要なのか。それは「尊厳を守るため」だと水谷さんは続ける。「でも、まずホスピスにはなかなか足が向かない。親御さんの心理状態は、ホスピスは最期の緩和ケアのための施設というイメージで、そこに入ることは、予後が厳しいということの受け入れからスタートする。だから、できれば行きたくない場所。だけれども、我が子がどういう状況になるかわからない中で、その子にとって治療だけの日々が本当にいいのか、という問いが立ってくる。そうなってようやく、ここの活動に目が向くようになる。ホスピスという言葉には、穏やかな死を待つ場所というイメージが日本の社会にはあるけれど、本来はそうじゃなくて、その人の尊厳を守る場所。穏やかに、その人らしい時間を過ごせる空間。治療に専念するだけにならない、その子の”今“を大切にする場所なんです。やっぱりその子の今が本当にキラキラとしていて、心から楽しいと思えるような瞬間、時間を一緒につくりあげることが、私たちのケア活動の中核になっています」。
開業して5年。今後の目標を水谷さんに伺った。「私たちは子どものためのホスピスが地域にある社会を目指しています。でも、TCHを登録利用し、ケアできたのはおよそ120組。全国に1万5000〜2万人いるとされるLTCの子どもたちの数からしたら、まだまだリーチできていないのが現実です。まずは、“みんな知ってる存在”になっていくこと。それには、今後は自宅や病院など、オンラインプログラムも強化して、輪を広げることも大事。また、受け入れる年齢も、中学・高校生やさらにその上の層にもアプローチしていきたい。さまざまな人の参画できるチャンネルを生み出すこともそう。そこにLTCの子どもたちが入っていく。『自分の子どもが大病を患った時に、地域の中に子どもホスピスがあってよかった』と地域から支持される、そういう存在にまで高めていきたいと思っています」。
目指すのはきっと、優しさにあふれた社会。すべての子どもの尊厳を一義に。