「自分にとってのウェルビーイングって何だろう?」を考えるワークショップや場づくりを通じて、人が幸せに暮らせる社会の実現方法を研究する東京都市大学准教授の坂倉杏介さんに、ウェルビーイングについて聞きました!
技術は発展し、経済は成長。それで幸福になれたか?
ウェルビーイングとは、体も心もいい状態、ご機嫌な状態にあることを言います。幸福とも訳される広くてあいまいな概念です。自分のウェルビーイングを、「スイーツを食べているとき」と言う人もいれば、「戦争がなくなること」と答える人もいます。ウェルビーイングは人によって違うし、同じ人の10年前と今とで違っているかもしれません。国や環境にも左右されますが、身体的な健康の指標と違って個人や文化の多様性があるのがウェルビーイングです。
ウェルビーイングは欧米で研究が進みました。私たち人間は、生活を便利にしたり、命を永らえたり、新しい情報を得たりするためにさまざまな分野で技術を発展させ、経済を成長させましたが、それで本当に幸福になれただろうかと議論が行われています。なれていないとするなら、どうすればいいのか。人間は、医療では病気を治したり、社会では犯罪をなくしたりと悪い面を減らす研究や政策に力を注ぎ、社会をよくしようとしてきました。しかし、悪い面をなくせば幸せになれるわけではないということもわかってきました。
では、人間のよい状態(ウェルビーイング)とは何なのか。実は科学は、病気や社会問題など悪い状態についてはたくさん研究してきましたが、ウェルビーイングの研究は後回しになっていたのです。
近年盛んになってきている「幸福学」や「ポジティブ心理学」の流れの背景には、こうした問題意識があります。私もウェルビーイングの研究者の一人として、人々のウェルビーイングをどうやって社会に実装していくか、その方法をワークショップや場づくりの実践を通じて探っています。
そこでわかったのは、「自分のウェルビーイングとは何か?」と考えるだけで、ウェルビーイングの第一歩になること。そして、家庭や仕事の充実だけでなく、地域や社会とつながると、ウェルビーイングな人生を得やすいということです。
とくに地域にはウェルビーイングを満たす要素がふんだんにあります。さまざまなかたちで地域に関わることで、人とのつながりができるだけでなく、チャレンジする機会や達成感を得られる。人に感謝されたり地域に愛着が湧いてきたりする。さらに、自然や歴史といった大きなものに触れることができます。これらはすべてウェルビーイングを構成する要因です。自分につながり、他者や社会とつながり、自然や歴史につながるとウェルビーイングが高まるのです。地域はこの要素が揃っています。
一人で悦に入る快楽主義的なウェルビーイングも大切ですが、人や自然、地域、社会、歴史との関わりのなかにあるウェルビーイングも素敵なものです。
まずは、自分にとってのウェルビーイングを考える。
今、日本のいろいろな地域で若い人たちが軽やかに、楽しそうに、地域づくりの活動を行っています。これまでの地域づくりは、「課題を見つけて解決に導かなければ」と真剣に取り組まなければいけない印象がありましたが、今の人たちは、「自分が楽しもう」という姿勢で地域づくりに、自由に前向きに参加しています。これは、自分たちのウェルビーイングからはじめる地域づくりです。楽しいからやる、仲間がいるからチャレンジできる。すると地域が好きになり、未来に可能性を感じられるようになる。そうしたエネルギーが多くの人に伝播していき、結果的に地域の課題が課題でなくなっていく。そういう地域づくりが広がっているように感じます。
まずは自分にとってのウェルビーイングを考え、ウェルビーイングな地域づくりを実践しましょう。
より具体的な例から、ウェルビーイングを知る!
Q ワークショップでウェルビーイングが高まるのですか?
A はい。自分のウェルビーイングを知り、みんなで共有することが有効です。
私たちが「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」という研究プロジェクトで開発したワークショップのメインのワークでは、自分のウェルビーイングを高める3つの要素を書き出し、ほかの参加者と共有します。自分のウェルビーイングを自覚し、ほかの人に共感的に聞いてもらえるだけで、すごくウェルビーイングが高まるんですね。ちなみに、ウェルビーイングはやりがいや達成感といった「I=自分ごと」以外に、関係性や貢献など「WE=他者や社会との関わり」、「UNIVERSE=世界とのつながり」の3つの領域にまたがります。ウェルビーイングに対する理解や感度が上がることも効果的です。
Q どんな人たちがワークショップに参加していますか?
A 一般の方はもちろん、企業の人も参加します。
ワークショップには、企業の製品やサービスを開発する部署の社員も参加されます。例えば、フードサービスの企業の事業をウェルビーイングの視点で考えると、おいしさや価格だけではなく「家族と一緒に過ごす時間」「店員さんとの心地よいコミュニケーション」なども重要な要素で、店員さんや生産者など関わる人全員の多様なウェルビーイングを実現することがよいサービスなのではないかという意見が聞かれました。一人ひとりのウェルビーイングを確かめてから事業を考えることで、これまでとまったく違う視点が生まれていきます。
Q 誰もがウェルビーイングになれる場所はありますか?
A 例えば、誰もが自分らしく過ごせる『芝の家』です。
その人らしくいられる場所は、その人のウェルビーイングを育みます。例えば、本を読んだり、おしゃべりをしたり、ゲームを楽しんだり、ワークショップを開いたり、あるいはそれに参加したり。一人ひとりのウェルビーイングは違いますから、自分らしく過ごせる場があることで、自分がいま何を求めているかに気づくことができます。そういう場のほうが自分の内側から行動が生まれ、さらに、同じ場にいるほかの人の「その人らしさ」を尊重できるようにもなります。自分がよい状態になるだけではなく、こうした共感的・共助的な関係性のなかに生まれるウェルビーイングもあります。そんな雰囲気が、『芝の家』には漂っています。『芝の家』は、東京都港区芝に2008年にオープンしたコミュニティスペースで、港区と慶應義塾大学が共同で運営し、私が代表を務めています。この場所ができて13年目。今ではもうすっかり地域になじみ、子どもから大人までさまざまな人が訪れ、好きな時間を過ごしています。
Q 空間づくりや場づくりも、ウェルビーイングを高めますか?
A 『芝のはらっぱ』のように、自分たちの手でつくることで格段に高まります。
都市にある空間や場所の多くは、自分ではない誰かがつくったもの。私たちはそこを「使わせてもらっている」という姿勢で利用している場合がほとんどだと思います。逆に空間を自分たちでつくり、自分たちのものにしていくことができれば、空間づくりや場づくりが自分ごとになり、自律性が高まります。『芝のはらっぱ』では、みんなで土をならして、芝生を植えたり、パーゴラを立てたり。自分たちの力で都市空間を変えていけるという実感が得られるからこそ、まちが「自分たちごと」になり、生き生きとしたエネルギーが生まれます。これはウェルビーイングの大きな要素です。
Q 女性にとってのウェルビーイングの実践。どんな例がありますか?
A 山形県の置賜地域で、若い女性たちが活動。
山形県の置賜地域3市5町で行われている「人と地域をつなぐ事業」の講師を務めています。受講者には20代、30代の女性が多く集まり、「私、実はこういうことがしたいのです」という思いを語り合い、どんどん実現していっています。米沢市などの地方都市では、結婚して夫の実家に入った女性がこうした講座に参加し、地域とつながる機会は多くはありません。そんななか、自分のウェルビーイングから暮らしを見直すことで、地域やみなさんの人生が変わっていっています。
Q 置賜地域の女性たちの活動は、どんな雰囲気で行われていますか?
A 自分を開きやすい、「ゆるふわ」な雰囲気です。
置賜地域に限らず、日本の地方で開催されるまちづくり系の講座やワークショップは、明確な目的を持った真面目なものが多く、堅い雰囲気になりがちです。でも、「人と地域をつなぐ事業」は受講者が名づけたように「ゆるふわ」な集まり。自分を開きやすい場だからこそ、「実は、私」とやりたかったことや地域への思いを吐露し、「やろうよ、それ!」と互いにサポートしながら実践できるのです。いろいろな人のウェルビーイングを実現するために、多様なあり方を認め、「こうでなければいけない」と決めつけることのない「ゆるふわ」は結構、大事なのです。
ローカルやソーシャルに、よく生きる。
Q 「ご近所イノベータ養成講座」で得られるウェルビーイングとは?
A 地域につながる「暮らし」です。
ウェルビーイングは、地域との関係性のなかでも生まれます。まずは、「自分のやりたいこと」を考えて、それをまちや地域の活動につなげていけばいいのです。その技法を学べる場として、2013年度から港区芝地区総合支所と慶應義塾大学が開講しているのが、「ご近所イノベータ養成講座」です。毎年20人の受講者が、「自分は何をしたいか」と自分自身を深掘りし、見つめ直しながら、やりたいことを地域につなげていきます。港区は都心にあり、地方出身者も多く暮らしています。何代も港区に住んでいるわけではないので、港区や地域のために何かしたいと思っても、最初の一歩を踏み出せずにいる住民も大勢います。そんな人が講座に参加することで、地域と人を知り、一歩を踏み出すちょっとした勇気と方法を手にして活動し、地域につながる新しい暮らしを育んでいます。
Q 講座の修了生は、どんな活動を続けていますか?
A 防災活動と同時に、住民のつながりも醸成。
「ご近所イノベータ養成講座」はこれまでに8期、開催されました。修了生だけでも100人以上のゆるやかなコミュニティが形成されています。講座から生まれた「ご近所イノベーション」も数多くあります。女性防災士の交流会「みなとBOUSAI女子会」を立ち上げた久保井千勢さんは、ご自身が住む14階建て・180世帯のマンション『三田シティハウス』に防災委員会をつくり、防災訓練を実施したり、顔が見える関係をつくろうと「みんなのカフェ」を開いたり、「三田シティハウス防災blog」を開設するなど、防災対策だけではなく、住民同士のつながりもここから広がっています。
Q ところで、坂倉さんのウェルビーイングは?
A 関わった人が花を咲かせること。
ウェルビーイングのワークショップなどを通じて出会う人たちが、自分の「種」をまき、その人らしい「花」を咲かせることが、私にとってのウェルビーイングです。自分らしさを見つけ、やりたいことを実現するために、まわりの人との関係性を育み、深めてほしいですね。自分の本来感や自己実現の形は、関係性のなかでしか見えてきませんし、他者との関わりがなければ実現もできませんから。
Q 地域とのつながりと、ウェルビーイングの関連性は?
A あるかもしれません。徳島県・神山町の調査で結果が出ました。
2018年に徳島県・神山町の神領地区約500世帯で、普段の暮らしぶりやウェルビーイングに関するアンケート調査を実施。総得点が高い人がよりウェルビーイングを感じているのですが、同時に、総得点の高い人たちは地域の未来に貢献できているという実感も高いという結果が出ました。逆に言えば、地域とつながっている人は、ウェルビーイングな状態にあるということです。
Q 異なる世代や立場の人と交わることで得られるウェルビーイングとは?
A 自分の役割が得られます。それもウェルビーイングです。
神奈川県・湯河原町で、多世代の居場所をつくるプロジェクトを行っています。居場所となる民家をリノベーションした現場に地域の子どもたちが関わることで、その面倒を見る大学生の役割が生まれました。20代前後の若者が少ない湯河原町で大学生は稀少な存在。子どもたちと作業のコツを教え合ったり、休憩時間には公園で思いっきり体を動かして一緒に遊んだりして、生き生きと活動していました。
Q 「おやまちプロジェクト」とは、どんな活動ですか?
A 地元の多様な人たちと一緒に楽しくチャレンジできるウェルビーイングな活動です。
「おやまちプロジェクト」は、東京都市大学が立地する東京都世田谷区尾山台地域で、商店街と大学、小学校などが連携しながら、多様な人々と一緒に未来の尾山台を構想し、実践するプロジェクトです。活動を通じて、地域で暮らし、地域で働き、地域で学ぶ多様な世代と出会い、関わることができるので、新しいつながりや、知らなかった世界が開けます。それが、ウェルビーイング。学生たちも企画を考え、チャレンジしています。