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連載 | 体験にはいったい何があるというんですか?

「明日、今日よりも優しくなれる」そんな世界をつくりたい【岡本ナオト・中屋祐輔対談】

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物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は愛知県名古屋市で、社会課題の改善・解決にコミットしたクリエイティブ事業を行っている、株式会社R-pro代表取締役/岡本ナオトさんとの対談記事をお届けします。

目次

美容業界からクリエイティブな領域に転身

株式会社R-pro 代表取締役 岡本ナオトさん
株式会社R-pro 代表取締役 岡本ナオトさん

中屋 岡本さんと初めてお会いしたのは2017年。宮崎県青島で行われた防災のプロジェクトで岡本さんを紹介してもらいました。最近では愛知県の農福連携(障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み。※農林水産省HPより)の仕事を一緒にさせていただきましたね。R-proの仕事は多岐にわたると思いますが、どのような事業をメインにされていますか?

岡本 R-proの事業としては、デザイン・ボウサイ・マチヅクリ・スポーツ・クラウドファンディングの5つがあります。基本のスタンスとしては、社会にある課題を解決することであり、たまたまその入り口としてジャンル分けしているのが、この5つということです。僕自身がデザイナーではないので、プロデューサーとして仕事を受注して、社内でデザインし、納品することが多いですね。

中屋 岡本さんはもともと、クリエイティブな仕事に携わっていたんですか?

岡本 会社を立ち上げる前は名古屋の美容メーカーで3年働いていて、提案営業、コンサルティング営業のようなことを行っていました。入社1年目で東京の美容室へ研修に行き、デザインや色の知識を学ぶことができたので、そのときの経験も現職で活かしています。

中屋 異色なキャリアですよね。美容業界での経験を活かして独立することもできたと思いますが、もともと起業することは考えていたのですか?

岡本 大学生の頃から起業したいという想いが自分の中にありました。会社員として3年勤めてから、独立するか会社を続けるか判断をしようと思っていたのですが、入社1〜2年目は遊んでしまって。このままではいけないと思い、2年目が終わる頃から、ありとあらゆる仕事を副業で行ってみたんです。1年間行った結果、自分は人の役に立つことが好きだという結論に至り、「自分の力で通用するか挑戦してみよう」「失敗したら、またサラリーマンをやればいいや」と思い、仕事を辞めて独立しました。

名古屋を拠点に、起業したい人のサポートをする事業を5年ほど行っていましたが、ビジネスモデルを検討していく中で、並走していくと必ずデザインが必要だと気づき始め、外注をしていて。その中で今の役員であるデザイナーに出会い、一緒に会社を始めようと言ってできたのが、R-proです。

中屋 面白いキャリアの積み方ですね。地元の神奈川で仕事をすることも選択肢としてはあったと思うのですが、なぜ名古屋で仕事を続けようと思ったのですか?

岡本 当時は地元に帰っても、ビジネスのことを話せる友達がいなかったんです。また、新幹線に乗ってしまえば実家に1時間半で帰れるので、失敗したら地元に帰ろうと軽い気持ちで考えていました。
 

バックパッカーを経験したことで、社会課題に興味を持った

スリランカにスタディツアーで訪れた際の写真
スリランカにスタディツアーで訪れた際の写真

中屋 目の前にあることを20代のうちに挑戦し続けて、 気づいたら名古屋に根を張っている状態ができてきたということですね。ここで話は少し遡りますが、岡本さんは学生時代、バックパッカーを行っていたとお伺いしました。海外に行こうと思ったきっかけは何かありましたか?

岡本 大学のゼミでアジアの地域研究を専攻していて。同じゼミの人から「興味ありそうだから行ってみたら」と、タイのスタディツアーを紹介されたのがきっかけです。農村にホームステイをして、一緒に幼稚園を建てるツアーでした。その体験を通して海外に興味を持ち始め、バックパッカーとしてアジアを中心に回っていましたね。

中屋 岡本さんの人生を形成する上で、 バックパッカーの経験は大きかったですか?

岡本 バックパッカーをしたことによって価値観も変わりましたね。日本の常識は、世界の常識ではないということが大きな学びで、当時は衝撃的だったのを覚えています。アジアを回っていた際は、貧富の差や貨幣価値の差で「大学生が海外旅行に行けるなんて考えられない」と、現地の人からうらやましがられました。

また、タイやインドに行ったときに、親が子どもの身体を犠牲にしてまで、お金をもらうといった話を聞いて。「なぜこのようなことが起きるのだろう、解決できないのかな」という気持ちが芽生え、社会課題の改善・解決をしたいと思うようになりました。その経験があったからこそ、今の仕事につながっているのだと思います。
 

防災事業「yamory」が始まったきっかけ

東日本大震災が発生した際に岡本さんが現地に訪れた際の様子
東日本大震災が発生した際に岡本さんが現地に訪れた際の様子

中屋 そのような原体験を持ちつつ、いろいろなチャレンジをして、新しい領域にも飛び込む勇気を持てたということですよね。社会課題や地域課題を解決する事業以外にも、防災事業「yamory(ヤモリ)」を行っていると思いますが、どのように事業が始まったのですか?

岡本 「yamory」は僕がつくったものではなくて。当時、東大生が東日本大震災をきっかけに、クラウドファンディングで資金調達をして、非常食を定期宅配するサービスとして始まったものです。

サービスを始めた学生が名古屋の方で、ひょんなことから知り合い、「僕も被災地に行っているんだよ」という話から、「何か手伝えることがあれば協力するよ」と、コミュニケーションを取っていました。素敵なサービスなので応援していましたが、「東大を卒業して名古屋の大学に入り直すので、サービスを引き継いでもらえないか」と相談をされて。自分が防災事業に携わるとは思っていなかったので、どうするか迷いましたが、これも巡り合わせかと思い、引き継ぐことを決めました。「yamory」として、2013年の1月にリニューアルオープンし、そこから防災事業部が始まったんです。

中屋 岡本さん自身は東日本大震災が発生した際は現地に行かれたのですか?

岡本 最初は物資を送っていたのですが、5月に入り名古屋から車で10時間くらいかけて、現地に支援物資を運びました。当時はあまり仕事もなく時間が取れたこともあり、現地に行って仮設住宅のお母さんたちに編み物をしてもらい、そのプロダクトを販売できないか、というチャレンジをしていました。いろいろあり、残念ながら形にはできなかったのですが、震災で仕事がなくなってしまったみなさんの仕事をつくりに行ったという感じです。

中屋 仕事もあまりない状態なのに、支援に行くことは簡単にできることではないですよね。 

岡本 考えて動いたというより、もう気づいたら行動していたという感じでした。
 

飲食店を支援するクラウドファンディングをスタート

食券の先買いを行うプロジェクト「BUY LOCAL nagoya」
食券の先買いを行うプロジェクト「BUY LOCAL nagoya」

中屋 コロナウイルスが発生した際も、新しい挑戦をされていますよね。大きな災害や、外的な大きな変化があったときに、岡本さんは行動力を発揮されているのかなと思っていて。その感覚は、どのように研ぎ澄まされていったのですか?

岡本 今言われて気づきましたが、考えるよりも先に体が勝手に動いてしまったんでしょうね。あとからロジックに落とし込んでいる感じです。2019年、R-proは業績が良かったので2020年は投資フェーズにしようと決め、防災事業を撒き直して、スタートアップとしてリスタートしようかと考えていました。世の中にある課題の改善・解決をすることが、僕たちがコミットしているところですので、今は理想の形を描けていますが、防災事業を伸ばしきれていないことが心残りで。

2013年頃にはベンチャーキャピタルからも声がかかったのですが、僕が事業を広げられる知識もなかったですし、イメージができていませんでした。チャンスを逃してしまった後悔があって、もう1回勝負しようと思っていたのが、2020年でした。そんなときにコロナになって……。コロナウイルスは目に見える社会課題ですし、自主事業も大事だけれど、今はそこに向き合っていかなければならないと決断しました。飲食店さんなど、困っている方々のために何か手助けができるようなことをしたいと、クラウドファンディングを中心に、食券の先買いをするプロジェクトをスタートしました。

名古屋の喫茶店を応援する「コーヒーチケットプロジェクト」
名古屋の喫茶店を応援する「コーヒーチケットプロジェクト」

中屋 プロジェクトは、どのような内容だったのですか?

岡本 名古屋では「コーヒーチケットを購入すると、10杯分の料金で11杯コーヒーが飲める」といった喫茶店文化があって。当時、緊急事態宣言でお店に行きづらい状況になっていたのですが、いつか行けるようになったときのために、コーヒーチケットを先買いできるプロジェクトを思いつき、15店舗ぐらいが賛同して参加してくれたと思います。それと同時期に、宮崎県の飲食店さんを束ねて、食券の先買いを行うプロジェクト「BUY LOCAL miyazaki」が始まったんです。とても素敵なデザインで、同じ志の人はロゴを使っていいという話を教えてもらい、「BUY LOCAL nagoya」をスタートしました。 約90店舗が集まってくれて、最終的には1,500万ほどご支援をいただき、名古屋ではちょっとしたムーブメントになりましたね。

飲食店も経営で苦しんでいるのですが、飲食店のために何も力になれなくて苦しんでいる人たちもいて、その人たちの手助けにもなれたのかなと、あとになって気づくことができました。飲食店側も、たくさんの人に応援してもらえることが嬉しいと喜んでくれていたと聞いて、少しでも役に立てて良かったかな、と思っています。

中屋 コロナウイルスが発生してからすぐにプロジェクトを始動されていたと思いますが、アクションが早いですよね。岡本さんのすごいなと思うところは、良いものは、他地域の取り組みでも借りられるというマインドです。

岡本 そのような意味では、すでにあるものを利活用することに対して、プライドはないですね。 

中屋 こだわりがあれば自分たちでつくろうとしますが、岡本さんだから、そのような選択をするのだと思います。その感覚は、どのようなときに身についていったのですか? 

岡本 僕はデザイナーでもエンジニアでもないので、自分一人では何もできないと思っています。また、自己表現や自己実現を目的として仕事をしているわけではなく、社会の課題をどのように解決できるのかに重きを置いていて。自分でつくるのに時間やお金がかかってスピードが出ないのであれば、すでにあるものをうまく活用しようといった感覚ですね。
 

人にも自分にも優しくあれる世界を実現していきたい

「BLAN.CO」は6種類のコーヒー全種類、または2種類を選び、毎月ドリップパックコーヒーが届く仕組み。
「BLAN.CO」は6種類のコーヒー全種類、または2種類を選び、毎月ドリップパックコーヒーが届く仕組み。

中屋 良いものは受け入れて使うことが、課題解決をする上での第一優先事項ということですね。岡本さんは今後どのような世界をつくっていきたいと思っていますか?

岡本 今よりも明日の方が、ちょっとずつ優しくなっていくような世界をつくっていきたいです。「BUY LOCAL nagoya」を行っているときに、あまりにもハードな毎日で僕も少し疲れてしまい……。そんなとき、豆をミルで挽いてコーヒーをドリップしていると、自分がその瞬間、何も考えていないことに気がつきました。僕と同じように、忙しかったり、余裕がなかったり、コロナウイルスの影響でこのような気持ちになっている方も多いのではないかと。そう考えたときに、コーヒーが人々の生活に、余白をつくってくれる手段になるかもしれないと思いました。

心に余裕や余白を感じられているときは、人にも自分にも優しくなれますが、そうでないと、自分にも他人にも厳しくなっていくと思います。今、世界に必要なものは、人や自分を思いやる優しさなのではないかと思ったので、その根源である余白をつくることに着目したんです。ドリップコーヒーを売りながら、本当は余白を売っているというサービスが流行ったら、人にも自分にも優しくなる世界を実現できるのではないかと思って「BLAN.CO(ブランコ)」を始めました。

また、優しさという文脈からは逸れるかもしれないですが、防災を広めることは自分のミッションだと捉えていて、40代くらいまでしか勝負ができないと思うので、もう1回スタートアップとして、ビジネスモデルを構築するチャレンジもしたいと思っています。
 

「偶発性」と「仮設性」はこれからの時代に重要なキーワード

R-proで働くメンバーたちとの写真
R-proで働くメンバーたちとの写真

中屋 R-proが目指す今後のビジョンはありますか?

岡本 R-proを13年間行ってきましたが、基本的に言っていることや、行っていることは、あまり変わっていないと思います。もし今、R-proの需要が高まっているとしたら、うちが変わったのではなく、世界が変わったと思っていて。僕は自分がやりたいことである「社会貢献」を掲げてここまでやってきましたが、実績もでき、僕の年齢も40代となったことで、地域やプレイヤー間のハブとして機能しやすいポジションにいると思っています。今後もよりハブとして機能していくように、R-proという会社を研ぎ澄ませていけたら良いなと思っています。

実は大学の先生と、共創に特化したコンサルを行う、一般社団法人をつくりました。活動自体はまだですが、特にスポーツの世界では、 共創の手法を取り入れることが当たり前になっています。きちんとコンサルができるようになったら、多くの人の役に立てるのではないかと思っていますね。

あとは、世間ではエンジェル投資家等も増えていますが、もっとお金の流れをカジュアルにする仕組みの構築にも興味があります。クラウドファンディングはもちろんですが、必要としているところにお金が届くような、寄付や投資の新しい仕組みをつくれないか考えているところです。

中屋 最近になってインパクト投資なども耳にするようになってきましたね。構想するだけでなく実際に行動するところまで伴っているので、それが信頼につながっているんだなとお話を聞いて思いました。最後に、伝えておきたいことはありますか?

岡本 僕が大切にしているキーワードは、偶発性と仮設性です。何かが生まれるには、偶発性が必要だと思うので、これからも偶発的な何かが生まれる場をつくっていきたいと思っています。

仮設性は、長い時間をかけて積み上げて強固なものをつくるというよりも、仮設的につくって、スピード感を持って取り組んでいくということ。そうすることで、辞めることもハードルが高くない。2つのキーワードはこれからの時代に重要だと思っていて。僕の想いに共感した人と、何か一緒につくっていくことができたら嬉しいです。
 

体験には何があった?

ナゴヤのまちがまるごとキャンパスとなり、「教える」と「教わる」を自由に行き来する学びの場「大ナゴヤ大学」での授業の一コマ。
ナゴヤのまちがまるごとキャンパスとなり、「教える」と「教わる」を自由に行き来する学びの場「大ナゴヤ大学」での授業の一コマ。

岡本さんが社会課題の改善・解決に目を向け始めたのは、海外でのバックパッカー経験があったから。バックパッカーを通して日本と世界の差を知ったことが、社会課題を解決したいと思う岡本さんの今につながっているのだと思います。

東日本大震災やコロナウイルスが発生した際も、現地に足を運んだり、クラウドファンディングを行って飲食店を支援するプロジェクトを立ち上げたりと、岡本さんの行動力によって救われた人も多いのではないでしょうか。

自分の心に余裕を持つ人が増えて、「今よりも明日の方が、ちょっとずつ優しくなっていくような世界をつくっていきたい」と話す岡本さんは、関わった人の心が温かくなるような優しさを持ちつつ、歩みを止めずに挑戦し続ける先駆者のような存在なのだと感じることができました。

社会課題の改善・解決にコミットしたクリエイティブカンパニー「R-pro」

文・木村紗奈江

【体験を開発する会社】
dot button company株式会社

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