コロナ禍において様々な業種で仕事のリモート化が進み、どこにいても仕事ができる環境が広まってきた。それに伴い、地元へのUターンや、首都圏以外の好きな街で暮らす選択肢を本格的に検討する人も増えている。そんな中で、いち早く新時代に適応した新たな働き方を進めながら、地元に貢献しようとUターン移住を決めた、フラー株式会社・代表の渋谷修太さん。移住に至った背景や現在の暮らしから、これからの働き方を考える。
大学卒業後、働く場所として“新潟”という選択肢はなかった。
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渋谷さんが代表取締役社長を務めるフラー株式会社は、2011年に茨城県つくば市で創業したIT企業。モバイルアプリの分析支援や共創事業などを主力として、現在は柏の葉キャンパスにある本社と新潟支社、さらにサテライトオフィスとして韓国にも拠点を構えている。
渋谷さん自身は、2016年に経済誌「Forbes」によって、アジアの30歳未満の重要人物「30 Under 30 Enterprise Technology」に選出された若手起業家のひとり。新型コロナウイルスの影響により、様々なところでデジタル化の必要性が浮き彫りになる中、モバイルアプリを扱う事業自体にもニーズは高まっているが、同時に、今年5月に企業のトップである自らが地方への移住を決めたことでも注目を集めている。
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そんな渋谷さんは、新潟県で生まれ育った。ご両親の仕事の都合で小さな頃から県内を転々としていたそうで、県内の上・中・下越・佐渡、すべての地域で住んでいた経験があるそう。大学進学とともに新潟を離れて10年以上が経つが、今年5月中旬にUターン移住を決め、6月あたまには自身の拠点を新潟に移した。
移住以降、新潟の魅力を伝える投稿も多い渋谷さんのSNSからは、地元への大きな愛が伝わってくる。しかし、大学進学時に新潟を離れるときには「もう戻ってこないかもしれない」と思っていたのだとか。
渋谷さん「当時は新潟で起業とか、全く思いつかなかったですね。選択肢に入らなかったというか(笑)。だから自然と東京へ行きましたし。故郷としての新潟は好きでしたけど、でもどっちかっていうと、新潟を離れてから『やっぱごはん美味しかったなあ』とか、スノボしに帰ってきたりして『やっぱ雪降るのが冬だよなあ』と思うようになりました」
新潟支社を作ったことで見えた、ビジネスの可能性。
そんな考えが変わったのは、フラーの新潟支社を開設してからだった。
渋谷さん「新潟にオフィスを作ったのは、会社の後輩が『新潟に帰りたい。でもそうするとフラーで働けなくなってしまう』と悩んでいたのが始まりでした。だったら新潟にオフィスを作ろうってことで、やり始めたんです」
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そうとは決めたものの、初めは新潟で仕事をすることに懐疑的だった、と振り返る。
渋谷さん「最初は正直『新潟で何するんだろう』って思ってたし、『新潟で社員とか本当に増えるの?』って半信半疑だったんですけど(笑)。でも今では新潟支社の社員も20人くらいまで増えましたし、開設から今に至るまでの3年間でいろんな地元の会社さんや自治体と仕事ができたんですよね。その中で、自分が思ってたよりも新潟にはいろんなものがあって魅力的だったし、Uターンして働きたいっていう人の数も思ってるより全然多くて、『新潟ってすごい可能性あるなあ』と感じました」
リモートワークの普及で見直した、時間の使い方と自分の存在価値。
では、実際にこのタイミングで新潟への移住を決めたのは何故だったのか。
まず理由として大きいのは、コロナ禍で全国的に進んだリモートワークの普及だ。コロナ以前からオンライン会議や週1回のリモートワークを取り入れていたフラーの社内ではそれほど変化はないが、取引先を含む社外でオンライン化が進んだことが大きいという。
渋谷さん「今までは、“打ち合わせ”って言うと対面で会うことがデフォルトでしたが、今はもう全部オンライン会議になっています。コロナ以前は1日平均5件くらいアポに行ってましたけど、今は1日7〜8件打ち合わせできていて。移動がないから、終わったらすぐ次に行ける。これはもう生産性が高すぎるので、打ち合わせは基本オンラインにして、本当に必要なことに時間を使おうって思ったときに、『これ必ずしも東京じゃなくていいよな』って思い始めたんです」
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では、自分はどこにいるべきなのか。そう考えたとき、自分の存在価値を最も実感できるのは、地元・新潟だった。それは、フラーの本業であるデジタル分野に関して多くの課題を抱える新潟の環境も大きいが、一番は、新潟支社での仕事を通して、新潟という地域に自分自身が必要とされているのを強く感じたことからだった。特に、新潟の起業率は全国の中でも最低水準。だからこそ、ゼロから会社を立ち上げ、成長させてきた経験のある渋谷さん自身ができることが数多くあると考えている。中でも重視しているのは、新潟に魅力的な企業を増やすことだ。
渋谷さん「たとえば、IT企業の全体の90%くらいが東京にあるんですね。今、IT企業は若者に人気の職場のひとつですけど、そういう若者が地元で就職するってなったら、希望しない業種の会社に行かなきゃいけないとか、地元での就職を諦める人も多く出てくるわけです。実際に、都内在住者の40%くらいは地元に帰りたいと思っているという統計データもありますけど、その人たちが帰れない理由はダントツで仕事なんですよ。『帰りたい』ってなった時に、面白い仕事がないという状況になっている。だか
ら、これを作っていくのが一番大事だと思っています」
新潟にいる若者がやりたいと思える仕事を増やす、あるいは、自分で起業するという道を提示する。そのためにも、新潟で官民一体となり始まった、起業家を増やす取り組みにも積極的に参加している。
渋谷さん「仲良くしていただいている新潟の経営者の方から『起業家支援研究会』っていうものに誘っていただいて。これは、新潟県の起業率が全国最下位っていうことで、『なんとかしなきゃいけない』と立ち上がった会なんです。この取り組みの一環で、メンバー全員で実際にシリコンバレーを見に行ったりしながら、県内でどう起業家を増やすかを本格的に考え始めました。それで県と連携しながら起業家サポートネットワークみたいなものを作って、起業家を生み出す拠点が県内5ヶ所くらいにできたりして。2年ほど前から始めた活動ですけど、もうすでに10社以上は若い起業家が出てきていますね」
自身の起業や経営経験こそが、若い起業家たちの模範になる。だからこそ自分がやる意味がある、と渋谷さんは考えている。
渋谷さん「新潟県としてこれから起業家を増やすにあたって、ある種自分がロールモデル的な役割ができるだろうなと思ったんです。どれだけ行政や企業の経営に関わる人が『起業家を増やそう』って言っていても自分自身が起業家じゃない場合もあるし、しかも若い人は同世代くらいの人が言わないと響かないと思う。起業して、会社8年くらいやって、億単位で資金調達して、社員が100人になって、みたいな起業家は新潟には全然いないので、自分がやらなきゃって思いました」
数少ない県内出身の若手起業家として使命感を抱きながら、会社としても個人としても、ここ新潟でこそやるべきことがいくつもある。そのことが、急速にリモートワークが普及した社会状況と相まって、約10年ぶりとなる新潟移住を決断させたのだった。
理想のライフスタイルに合わせて、働く場所を選ぶ。
理想のライフスタイルに合わせて、働く場所を選ぶ。
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そうしてコロナを機に急遽Uターン移住を決めた渋谷さんだが、社内ではどんな反応だったのだろうか。
渋谷さん「びっくりしてましたけど、もともと新潟出身の社員も多いので『自分も新潟に戻りたい』って人も数人出てきました。だから僕も『おいでよ』って言いながら、社員が引っ越しやすい制度とかも作ろうとしているところです。」
現在も本社機能は柏の葉オフィスにあるが、今後は少しずつ新潟に移していく計画もある。本社機能を一つの拠点に集中させるのではなく、地方の支社にも少しずつ分散させておくことで、会社として予期せぬ災害が起きた場合のリスクヘッジに繋がるというメリットも得られる。そうして新潟支社が大きくなっていく中で、柏の葉本社との棲み分けをしていきたいとも考えているそうだ。
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渋谷さん「柏の葉は、郊外だけど東京にも近くて、スマートシティだし自然もちょっとあって住みやすい、みたいな生活スタイルだと思うんですけど、一方で新潟は、東京からは離れるけど海も山もあって、自然とともにある暮らしとテクノロジー、みたいな生活のイメージで。そんなふうに、これからは拠点ごとにライフスタイルのイメージを付けて、どういう暮らし方がいいかで選べるようにしたいと思っています」
ライフステージによっても変化していく理想の生活スタイルにあわせて拠点を選べることは、もちろん社員にとってプラスだ。そうした働き方を自ら率先して実行していることで、同じように新潟へのUターンを希望する社員としても後に続きやすい。仕事や費用の面を気にすることなく、自分の住みたい街で暮らす。そんな人間らしい自由に立ち返るときなのかもしれない。
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しかし今回、急遽新潟へ移ったことで、本当に不便なことは生じていないのだろうか?
渋谷さん「今のところ全然ないですね。僕は以前からそんなにオフィスに行ってなかったので、むしろ前より社内でもオンライン会議が増えていて全然いいんじゃないか、みたいな(笑)。新潟と東京も新幹線で1時間半とかだし、よく考えたら近い。しかも新幹線だと机出して作業できるので、自分の作業時間にもできるし、逆にすごくいい場所だなと思います。新潟空港も近いので、関西や福岡にも東京を介さず直接飛行機で行けちゃう。だから意識的に、東京に行くよりも他の地域に行くというのを心がけたいなと思ってます」
そう話すように、これからは地方同士のつながりも作っていきたいと考えている。
渋谷さん「地方は地方で、同じような課題があると思っています。だから、ローカルとローカルが直接結びつくことが大事なのかなと思っていて。今までは、みんな東京に来て集まってたわけですけど、それを直接繋いじゃう。そうすると『じゃあ新潟と北海道で何かやりましょう』とか、そういうのが生まれたら面白いんじゃないかなと思っています」
これまで日本の中心である東京で行われてきたことを、これからは地方同士で直接やりとりしていく。そうすることで、人口も企業も技術もすべてが集中する東京の街に頼らずに、もっと主体的な地方の動きを作り出し活性化させていく。それは、会社のトップ自らが地方へ拠点を移したからこその視点かもしれない。
テクノロジーと自然を融和させながら暮らしていく。
今年6月からスタートした新潟での生活。現在は新潟でどのように働き、暮らしているのだろうか。
渋谷さん「オフィスから海が近いので、最近は2日に1回くらい海に行っててめっちゃ焼けました(笑)。吸い寄せられるように行っちゃいますね。
『ちょっと遠回りして海沿い走ろう』とか、ふと『ああ、休憩しよう』とか。最高ですよ。やっぱり東京だと、四季を楽しむっていう感覚が失われていたなと思います。夏は海見たり、バーベキューしたりして、秋になったら紅葉見に行って、とか。四季を楽しむって、ほんと人間らしいなと思います」
今日は仕事の合間にここで休憩してました。サクッと海に行ける新潟生活、最高かよ。 pic.twitter.com/vMdxE48ac0
— 渋谷修太@フラー | 新潟出身高専卒起業家 (@shibushuta) June 15, 2020
そんなふうに自然を感じながら仕事をして暮らす様子は、IT企業の一大拠点でもあるシリコンバレーのライフスタイルに近いと感じている。
渋谷さん「シリコンバレーの人に聞いたら、休日はキャンプ行ったり、サーフィン行ったり、自然をすごく大事にするって言ってて。日々触れているテクノロジーやストレスを、自然のある生活で中和させてるってことだと思うんですけど。それを聞いたときに、新潟はそういうライフスタイルと相性がいいかもと思ったんです。周りは自然に囲まれてて、煮詰まったらすぐ海に行ける、山に行ける、リラックスできるっていう。今はテクノロジーとかベンチャー要素が欠如してますけど、テクノロジーと自然を融和させていくっていう意味では、むしろ条件的には東京よりもシリコンバレーに近いと思います。だから、自分が率先してそのライフスタイルを提唱していきたいですね」
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人間が生み出す最先端のテクノロジーと、人間の本来あるべき姿である自然との共生。そのバランスを保つことができるのが、新潟の街が秘めているポテンシャルなのだ。
地元に帰ってきてからが、人生の本番。
本格的に自身の拠点を新潟に移した今、渋谷さんはこれからどのように進んでいこうとしているのだろうか。
まずフラーの事業面では、このコロナを経て高まる“デジタル化”のニーズに、広く応えていきたいと話す。これまで“デジタル化”というと、先行投資的な意味合いで取り組まれることが多かったが、現在はリスクヘッジとしての意味合いが強まってきた。新潟を含めて、特に地方ではデジタル化の課題を抱える企業はまだまだ多い。だからこそ、そこにビジネスチャンスがあると同時に、地域活性化のチャンスもあると考えている。
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そして渋谷さん個人としては、起業家支援のステージをさらにもう一段階進めたいと考えている。
渋谷さん「ここ数年で新潟にも若い起業家が増えてきましたが、この生まれた起業家をしっかり育てるっていうのが、次のステージだと思っています。ここの要素がまだまだ全然足りないので、今回僕が新潟に戻ってきたことによって、彼らをできる限りメンタリングしてあげたいですね。東京よりも起業家を多く生み出すっていうのは無理だと思っているので、新潟は質で戦う。生み出した起業家たちをちゃんと地域で育てて、サスティナブルに成長できるような会社にしていく。そういう環境や仕組みをどう作るかっていうことをやっていきたいです」
老後はゆっくり生まれ育った場所で暮らしたい、そう思っている人も多いかもしれない。しかし渋谷さんは、働き盛りの今だからこそ、あえて新潟の地で挑戦することを選んだ。
渋谷さん「地元に帰るのって、イメージ的には老後とか、ちょっと疲れたから帰りたいっていうのが今の感覚だと思うんですよね。でもそうじゃなくて、自分としては、今までよりももっといろんなことをやって、挑戦していく姿を世の中に見せながら街を変えていくことで、『あ、地元に戻るっていうことは挑戦をすることなんだ』というのを若い人たちに見せたいと思ってます。外に出て学ぶのが練習で、地元に戻ってきてからが本当の人生の本番だよ、みたいな。若い人には、そういう生き方がかっこいいんだって思ってほしいです」
渋谷さんがそう語るように、今や“東京で働く”ことが挑戦なのではない。東京への一極集中が進みすぎた今、地方で何かを生み出したり、盛り上げていくことのほうが、むしろチャレンジングなのだ。それは、ビジネスの観点から何かを成し遂げるということだけではなく、仕事と日々の暮らしの人間らしいバランスを勝ち取るための、自分自身のささやかな挑戦であってもいい。
“地元に帰る”という挑戦がムーブメントになる未来は、もうすでに始まりつつあるのかもしれない。
フラー株式会社 代表取締役社長兼CEO
渋谷 修太 Shuta Shibuya
1988年生。新潟県出身。国立長岡工業高等専門学校卒業後、筑波大学へ編入学。
グリー株式会社にてソーシャルゲーム最盛期にマーケティング事業に従事した後、
2011年11月フラー株式会社を創業、代表取締役CEOに就任。
2016年には、世界有数の経済誌であるForbesにより30歳未満の重要人物「30アンダー30」に選出される。
ユメは世界一ヒトを惹きつける会社を創ること。
2020年6月より新潟県在住。