今月のまちのプロデューサー 矢部寛明さん
今回バトンを受け継いだのは、宮城県気仙沼市を拠点に、高校生の学習支援やリーダーシップ育成プログラムなどを実施しているNPO法人『底上げ』の矢部寛明さんだ。東北の高校生が自分のやりたいことと地元のためにできることを考え、行動を起こすサポートをしている。新しい社会やワクワクする地元をつくることができる人材を一人でも多く育てることが目標だ。
矢部さんが東北と縁を持ち始めたのは、東日本大震災が起きる3年前のこと。大学で環境問題を勉強していた矢部さんは、北海道で洞爺湖サミットが行われることを知り、友人と東京から北海道までママチャリで旅をすることに。その道中で、東北の多くの方にお世話になったのだ。中でも、気仙沼の『ホテル望洋』の女将さんとの出会いはとても印象的だった。その後、就職が決まり、報告を兼ねて久しぶりに会いに行こうと思っていた矢先、地震が起きた。
いても立ってもいられず、気仙沼に飛び込んだ。『ホテル望洋』の一室を借り、長く活動するにつれ、だんだんと課題が見えてきた。そこには、支援者と被災者をつなぐ役割を担う人が足りなかったのだ。ならば、「自分がやってしまおう」と思った。
状況が少し落ち着き、今後の自分たちの活動や本当の意味での「復興」について改めて考えた時、思いついたのは、大人ではなく子どもたちにアプローチすること。そして、仮設住宅やコミュニティスペースでの学習支援を始めた。子どもたちは大学生と交流し、勉強を教えてもらったり一緒に遊んでもらったりする中で、身近な大人のかっこいい姿を見るようになり、地元に誇りをもてるようにもなった。「都会に出ることがすべてではない。子どもたちが自分にとって何がいいことなのか、考えるきっかけをつくりたい」
事業は軌道にのり、今後は仙台やほかの都市でも展開する予定だという。しかし、最初は収入もなく、何もかもが手探りだったという。震災後、「自分には家族や家があって恵まれている」と、覚悟ができた矢部さんは内定を断り、気仙沼に移り住んだ。NPOを設立したものの、助成金や補助金の存在も認識していなかった。苦しくても現場を大切にし、いろいろな人の助けも借りて活動してきた結果、少しずつ収入も増え、事業として回るようになった。
そんな矢部さんが大切にしていること。それは、「常に地元の人たちや参加者の気持ちを一番に考えること」。だから現場に足を運び、徹底的に対話をする。議論を先導するのではなく、寄り添う。「言葉ではなく行動で示し続ける」矢部さんは、これからも地方都市を若者の力で盛り上げるモデルケースをどんどんつくっていってくれるに違いない。