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多様性

連載 | 福岡伸一の生命浮遊

オリオン座とツチハンミョウ

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 冬の夜空を代表するのがオリオン座。その名の由来は、ギリシャ神話の登場人物で狩人の「オーリオーン」。彼は死後、天に昇ってオリオン座となったが、なお宿敵のサソリ座を追って、永遠に宇宙を回っているとされる。目印は腰のベルトに当たる3つ星。その下に輝くのがオリオン大星雲。左下にひときわ明るいのは一等星の「リゲル」。そしてオリオンを特徴づけるのは右上の赤い星「ベテルギウス」だ。このベテルギウスを巡って今、大変な問題が湧き起こっている。急にベテルギウスの光が鈍ってきたのだ。ひょっとすると、このままベテルギウスは星の一生の最期を迎えてしまうかもしれないと。

 オリオン座で思い出すことがある。少し前、私はエッセイ集『ツチハンミョウのギャンブル』という本を出版した。この風変わりなタイトルは、ツチハンミョウというこれまた風変わりな生態を持つ虫に題材を取った一文に由来している。ツチハンミョウは、ハンミョウ(これを漢字では「斑猫」という優雅な文字が当てられている)の仲間とはいえ、あの極彩色を身にまとったきれいなハンミョウとは違って、とても地味な色をしている。

 黒ずんだ鈍い青。これはこれで、とても美しいと思う人もいるのだが、普通はまず注目されることはない。しかしツチハンミョウは驚くべき不思議な、そして冒険に満ちた一生を送っている。それはまさに生命をかけたギャンブルである。ツチハンミョウの生態に最初に注目したのは、誰あろう、かの有名な『昆虫記』の作者、アンリ・ファーブルだった。

 ツチハンミョウのメスは地面に深い穴を掘り、そこに数千個もの卵を産む。しばらくするとその卵から一斉に小さな幼虫が這い出してくる。体長はわずか1ミリメートル。幼虫たちはもぞもぞと這い回り、あるターゲットを探す。おそらく嗅覚を頼りにしていると思われる。ターゲットとはコハナバチという小さなハチ。このハチもちょうど同じ頃、から成虫となり、巣穴から這い出してくる。その名のとおり、花に集まる。

 ツチハンミョウの幼虫は、このコハナバチを見つけると、お腹、背中、手足、、頭部、触角、とにかく、摑まる突起か毛があれば、それにしがみつく。便乗させてもらうためだ。ツチハンミョウの幼虫は自力では飛べない。這うことしかできない。そこでコハナバチに摑まって、花のある場所まで運んでもらうのだ。コハナバチにとってみれば迷惑以外の何ものでもない。小さな“タダ乗り者”にまといつかれるのだから。手脚をバタつかせて振り払おうとする。幼虫たちは必死にしがみつく。仕方なく、コハナバチはよろよろと空中に舞い上がる。その間に何匹もの幼虫がふるい落とされてしまう。そもそも、コハナバチにタダ乗りできなかった幼虫も多い。彼らは野垂れ死にするしかない。

 コハナバチが空中を飛んでいって花に止まると、ツチハンミョウの幼虫たちは、今度はコハナバチから下りて花にしがみつく。コハナバチは花の蜜や花粉を餌にするのだが、ツチハンミョウの幼虫はそれが目的ではない。ギャンブルはここからが本番だ。次のターゲットが来るのをひらすら待つのである。花にはいろいろな“訪問者”がやってくる。チョウやカミキリムシ、ハナムグリなど。ツチハンミョウの幼虫の何匹かはそんな“訪問者”にまた便乗して別の花に行き、そこでチャンスを待つものもいる。そのうち、力尽きて地面に落ちてしまうもの、雨粒に押し流されてしまうもの、そんな幼虫もいっぱいいる。

 本当のターゲットは花粉を集めて回っているヒメハナバチという小さなハチ。最初に乗ってきたコハナバチとはまた別の種だ。しかし、広い森の中の小さな花の上で、運よくヒメハナバチと出合うチャンスなんて、万に一つ、本当に宝くじに当たるようなもの。しかしツチハンミョウの幼虫は、そんな奇跡が起こるのをただひたすら待つ。

 運よくヒメハナバチがやってくると、その瞬間を捉えて、幼虫はぱっとハチの脚に飛び移る。何も気づかないヒメハナバチはせっせと花粉を集めていく。花粉は丸く固められ、地下に掘った巣穴の中に仕舞われる。ヒメハナバチはこの花粉団子に自分の卵を産むのだ。そして安全のため、巣穴の入り口を閉じる。ところが、花粉団子の裏にはツチハンミョウの幼虫がこっそり忍び込んでいるのだ。

 暗い穴の中。あたりが静まり返った後、おもむろに幼虫は動き出す。まず、孵化したばかりのヒメハナバチの幼虫を殺して食べる。それから、大きな花粉団子をゆっくりいただく。こうして脱皮を繰り返し、秋口になってようやく成虫となる。オリオン座に再び辿り着く前に紙幅が尽きたので、続きはまた。

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