写真だからこそ、伝えられることがある。それぞれの写真家にとって、大切に撮り続けている日本のとある地域を、写真と文章で紹介していく連載です。
僕のホリゾント
大切に撮り続けている、とある地域のことを取り上げてほしい。そのように問われて少し頭を悩ませた。
なぜなら撮影で日本各地をまわっており、毎日が素晴らしい出会いの連続であるし、それぞれの魅力ある地域やそこに住まう人々の甲乙を付けられるものではないからだ。それでもこれからも撮り続けるであろう地域を一つ選ぶとするならば、故郷の三重県津市という結論になった。
津市は日本列島のちょうどヘソのあたりで、三重県の県庁所在地だ。しかし近隣の伊勢市や松阪市の知名度が高く、あくまで個人の感想だが三重県の中で少し影が薄いように思う。ちなみに何が有名かというと、日本三大観音の津観音がある。名古屋名物と思いきや天むすの発祥地でありうなぎも名産だ。
僕はその津市で生まれ、高校生まで津市で過ごした。思春期でご多分に漏れず都会に憧れ、大阪の日本写真映像専門学校に進学した。学校を卒業後は一度津市に戻ったが、再起して上京し、今は東京を拠点に写真の仕事をしている。
若い頃は津市なんてなんの魅力もないと斜に構えていたけれど、上京した頃からだろうか、自分の中で大きく振り子が振れるように津市がどんどん好きになった。特に好きな場所は実家から徒歩2分の“ヨットハーバー”と呼ばれる海岸だ。
家族アルバムを開くと、0歳の僕が砂浜にいる写真がある。いまだに散歩がてらしょっちゅう足を運ぶので自宅に庭のない僕にとっては庭のようなもの。写真に興味を持ち始めた中学生の頃、父にフィルムカメラを借りて、まず向かった先がヨットハーバーだった。伊勢湾から昇る真っ赤な朝日や、小舟で漁をする漁師さんを撮った。実は、高校最後の三重県写真部コンテストで金賞を受賞した写真は、ヨットハーバーを散歩する犬を撮った一枚で、僕の著書である写真集『浅田家』でも、ヨットハーバーで撮影した写真を好んで収録している。
ちなみに、ヨットハーバーの海はスカイブルーに透き通って……はいないし、砂浜もわりとゴミが落ちていたりする。いわゆる、映える美しい海ではない。なのに、自分の家族を撮るならば、ここが日本中のどこよりもハマるように思う。
かの有名な写真家・植田正治さんが、鳥取砂丘で一生写真を撮り続けたことに、僕はとても親近感があるし、憧れと尊敬の念を抱いている。植田さんのホリゾント(シャッターを切る背景、空間)が鳥取砂丘なら、僕のホリゾントは津市のヨットハーバーとなるだろう。
自分では故郷は選べないから、ここにしかない、ここでしか得られない故郷と自分との関わりは自分で考えて行動するしかない。そんな発想を持つようになってから、日本各地を撮影で訪れるうちに、僕と同じ心もちの人が大勢いることに気がついた。昔の僕だと何の関心も持たなかっただろう風景が、そこに住まう人を据えて撮り下ろすことで大きな光を放つ瞬間を見ることがある。これは、かつて大きく振り子が振れるように津市が好きになった衝動の正体なのだろうか。自分なりに故郷と向き合いながら解き明かしたい。