和歌山県田辺市は、世界文化遺産の「熊野古道」で有名ですが、ここ数年、地域課題解決のためのローカルイノベーターが次々と活躍し、注目されています。その原動力が「たなべ未来創造塾」。地元プレイヤーのコラボから、「第2創業」としてのイノベーターが誕生する理由を追ってみました。
世界文化遺産の熊野古道が市中を通る、和歌山県田辺市。柑橘類や梅の産地としても有名だが、田辺市では4年前から「ローカルイノベーター」が続々と誕生し、注目されている。その原動力になっているのが、「たなべ未来創造塾」だ。地域課題を解決するビジネス創出や、「稼ぐ力」をもった人材育成を目指し、田辺市が2016年に創設した。年度ごとの開講で、今年は第4期生が学んでいる。
その塾生は、旅館や飲食店、家具店、工務店などを経営する地元の事業者、さらに農家、料理人、デザイナーたちで、さまざまな分野で働く20代から40代が中心となっている。それぞれが一人でがんばるのではなく、塾生同士、互いの強みを活かし合い、チームをつくったり、コラボをして、それまでになかった新しいビジネスプランを考案している。
「地域の第2創業」を目指します。
「田辺って今、日本でいちばん盛り上がっている地域だと思います」と話すのは、ゲストハウス&カフェバーの複合施設『the CUE』を運営する『LLPタモリ舎』の中村文雄さん。大工として働く中村さんは、古民家のリノベーションに興味をもち始めた2016年、「たなべ未来創造塾」に参加。第1期生として学ぶうちに、「自分のやりたいことが、空き家を減らすという地域課題の解決になる」ということを知り、同期の横田圭亮さん、後の2期生・田中弘志さん、4期生・鈴木大輔さんとともに、『LLPタモリ舎』を結成。築約80年の空き家を改築して『the CUE』を、17年にオープンした。
『the CUE』のカフェバーで提供している「ジビエバーガー」も、塾生の結びつきで生まれた名物メニューだ。梅・柑橘類の農家である第1期生の岡本和宜さんは、畑を荒らすシカやイノシシを駆除するために『チームHINATA』を結成。そして捕獲し、処理したジビエ肉を『the CUE』で使えないかと、地元食材の加工・販売業『CONSERVA』を営む1期生の金丸知弘さんがメニューを考案。バーガーのバンズは、紀伊田辺駅前の商店街の空き店舗を活用して創業したパン店『焼きたてぱんD”oh!』代表で2期生の淺賀由貴乃さんが開発した。
さらには、現在、4期生でジビエを得意とする料理人・更井亮介さんが『the CUE』で働きながら、ジビエ料理をおいしく食べる講習会などを実施して、ジビエ肉の普及活動をしてきた。
「たなべ未来創造塾」運営スタッフで、田辺市たなべ営業室の鍋屋安則さんは、「結びつきのなかで多くのビジネスプランが生まれるのは、『地域の第2創業』に重点をおいているからこそなんです」と解説する。
「ゼロからビジネスを起こすことは難しいけれど、本業があり、その強みを活かしながらだったら、若手でも新しいビジネスを始めやすい。さらに『地域課題を解決する』というテーマがあると、強みを持つ者同士が助け合い、つながっていきます。ひとりのスーパースターがまちを救うのではなく、『あいつができるんだったら、自分もできるんじゃないか? 自分だったらなにができるんだろう?』という連鎖のなかで、『第2創業』がどんどん生まれています」と鍋屋さんは言う。
若者が、かっこいい大人と出会える場所をつくる。
その「たなべ未来創造塾」第4期は12人の塾生で、今年7月からスタートしている。そのひとり、三浦彰久さんは昨年、横浜市から田辺市へ移住し、ニートや引きこもり、生きづらさを抱えながら生活する人たちのシェアハウス、ゲストハウスの運営を今年からスタート。「田辺のコミュティに入ってみると、塾生たちが活躍していて、周囲からの認知度も高い。だからこそ自分も入ってつながりをつくりたいと思いました」。
田辺市生まれの和田真奈美さんは、大学進学で市外へ出たが、「私が高校生のときとまちの印象が変わり、今は明らかにまちが動いているのを感じました。私も田辺でなにかしたいと思いました」と、大学卒業後の昨年、田辺市が拠点のまちづくり会社『南紀みらい』へ就職した。
「(塾では)専門の違う人たちが、それぞれの価値観で考えるから、自分では出ないアイデアが出る。『南紀みらい』では田辺市と連携して、紀伊田辺駅前にできる市街地活性化施設のオープンに向けて準備を進めているところですが、地域の若者が、地域のかっこいい大人と出会える場所にもしたいと思っています」
たなべ未来創造塾1期生です!
中村文雄さん 1期・『中村工務店』『LLPタモリ舎』
横田圭亮さん 1期・『横田』『LLPタモリ舎』
岡本和宜さん 1期・『岡本農園』『チームHINATA』
金丸知弘さん 1期・『CONSERVA』
竹林陽子さん 1期・デザイナー/『Boku Moku』
たなべ未来創造塾2期生です!
淺賀由貴乃さん 2期・『焼きたてぱんD’oh!』
田中弘志さん 2期・『土地家屋調査士 田中事務所』『LLPタモリ舎』
野久保太一郎さん 2期・『十秋園』
たなべ未来創造塾3期生です!
太田有哉さん 3期・『太田うなぎ店』
たなべ未来創造塾4期生です!
更井亮介さん 4期・料理人
鈴木大輔さん 4期・『南紀ガス』『LLPタモリ舎』
4期・三浦彰久さん
昨年に横浜市から田辺市へ移住。生きづらさを抱える若者のための仲間、居場所、仕事づくりを、ビジネスで両立させることを目指す。
4期・和田真奈美さん
大学進学で市外へ出たが、田辺の魅力を再発見。1期生の竹林陽子さんらとともに「tiku」という、田辺暮らしを発信する活動にも参画。
関東圏とのコラボも生まれています。
田辺市の取り組みは、エリアを超えた広がりも見せている。東京や関東圏での関係人口をつくろうと、田辺市と小誌ソトコトがコラボして開講した「たなコトアカデミー」は昨年の第1期に続き、今年も第2期が15名の塾生とともに開講した。
1期生でデザイナーのすぎもとなおきさんは、「たなべ未来創造塾」第2期生で農家の野久保太一郎さんと意気投合。3期生の太田有哉さんが営むうなぎ専門店で廃棄されるうなぎの頭や骨などを、野久保さんのみかん畑で肥料として使うプロジェクト「うな柑」のキャラクターデザインとブランディングを任された。
「田辺の方は、自分たちの輪にどんどん引き入れてくれて、楽しい。東京の仕事とは違う挑戦があり、仕事の幅も広がったと感じています」とすぎもとさんは振り返る。
「たなコトアカデミー」第2期では、田辺市のローカルプレイヤーに弟子入りする現地実習を経て、受講生がプロジェクトを考えて発表する。田辺市で熱い思いに触れ、自らが動き始める人が増えていきそうだ。
たなコトアカデミー2期生です!
和田裕介さん
政府系金融機関で事業資金融資を担当するなか、『たなべ未来創造塾』に共感。「自分になにができるか、考えていきたい」。
松田ちかこさん
1期に続いて、2年目の参加。「田辺は第2の故郷のような場所。地元の生産者との体験イベントを企画していきたいです」。
田中和広さん
和歌山が好きで参加。別の場所で創作餃子のアイデアを考えたことがあり「田辺の梅やしらすを入れた餃子もおもしろいかも」。
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