「くじらキャピタル 代表の竹内が日本全国の事業者を訪ね、地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。」
くじらキャピタルの竹内です。
新連載「デジタル地方創世記 くじラボ!」では、わたくし、くじらキャピタル代表の竹内が地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。
【第1回】「海のバランスシートを作りたい」三重県尾鷲市で水産資源の可視化に挑む居酒屋社長(上)に引き続き、三重県尾鷲市と熊野市で定置網漁業を営む株式会社ゲイト 五月女(そうとめ)社長。五月女さんは、都内で「くろきん」「かざくら」など9店舗の居酒屋を営む中で、日本の漁業の危機的な実態を知り、法人としての漁業参入を決断したとのこと。さらに、漁業の方法も昔ながらの手法だけに頼るのではなく、いち早く ITを取り入れ「スマート漁業」を率先して行っています。いま漁業に必要な事とは何なのでしょうか。
前回に引き続き、ゲイトの五月女社長と安福(やすふく)可奈子さんにお話を伺いました。
日本の漁業が抱える「産業」としての課題
五月女 ここ須賀利の人口は200人を切り、歩いてもらって分かったと思いますが、高齢者比率は85%です。かつて266人いた地区の正組合員も、今は登録上29人しかいません。かつて花形だったイセエビの漁師に至っては、3人だけです。漁協で一番若い漁師はゲイトのメンバーである20代の男性ですが、それ以外だと最年少は67歳です。
全国で見ると最盛期には69.9万人以上いた日本の漁業従事者が、今は15.3万人にまで減り、かつ高齢者ばかりです。これだけの規模で就業者が減るというのは、漁業が産業として成立していないということを示しています。
竹内 衝撃的な数字です・・・。
厳しい言い方ですが、日本の漁業は産業としては敗北したと認める必要があるのかもしれませんね。
五月女 構造に課題はあると思います。全国には漁村が4,600あると言われていますが、ここ須賀利のような限界集落はそのうち400あると言われています。実に日本の漁村の10分の1が、消滅寸前の状態にあるのです。
竹内 その中でゲイトは「株式会社」として漁業に新規参入しました。どのようなお考えだったのでしょうか?
五月女 都内で居酒屋を営み、魚を仕入れる中で、多くの魚が流通に乗らない現状を知りました。
その背景にある漁村の高齢化、鮮魚流通の目詰まりや不合理を目の当たりにし、お店で直接消費者に魚を提供できる我々であれば流通に乗らない魚も活用できるのでは、ひいては漁村の再生に貢献できるのでは、と考えたことが一つの背景です。
竹内 そうは言っても漁協組合員になるのは、大変だったのでは。
五月女 何度も断られ、ようやく三重外湾漁協の准組合員となれたのが一昨年。尾鷲となんの縁もゆかりもない人間が、しかも株式会社として「入れてくれ」と来たのですから、地元の人が警戒するのも当然と思います。
それでも、須賀利は我々をオープンに受け入れてくれました。以前は、須賀利に30年住まないと漁協の組合員になれないという不文律があったと聞いているので、大変なご決断だと感謝しています。
比較的高齢の漁師さんほど、我々の新規参入に好意的だったのが印象的でした。
安福 元々、須賀利は風待ち港として、色々な船の停泊を受け入れてきた歴史があります。ご高齢の漁師さんが、外国の撮影クルーが来るといきなり英語で話しかけたりするような意外な一面もあるので、元来はオープンな気風なのかもしれません。
必要なのは、沿岸水産資源のトータルマネジメント
竹内 実際に漁業に従事されて気付いた点はありますか?
五月女 定置網、刺し網、カゴ、底引き網のように「漁法」で区分して操業管理をしたり、あるいは、エビ漁、イカ漁のように「獲る魚の種類(魚種)」で区分管理するのはどうなんだろう、という思いはあります。
かつては漁業従事者が多く、自由に操業させていたら根こそぎ獲り尽くしてしまうので、漁法や魚種を細分化することで乱獲に歯止めをかけようとした意図や経緯は分かります。
一方で、全体としての視点がないままに細分化されると、他の漁法には移れないので、細分化された中でできるだけの量を獲ろうとする動機が働いてしまい、特定の魚だけを獲りすぎてしまうことになります。そうなるとその海域の生態系が崩れ、かえって全体の漁業資源に大きなダメージが残る結果となります。
竹内 サイロ化による全体視点の欠如ですね。会社でもよく聞く話です。
五月女 今後必要になるのは、漁村単位、あるいはその周辺の海域単位で、水産資源を総合的に管理・活用することだと考えています。
ある種類の魚が減りすぎたのであれば、一定期間その魚を取るのを止める。その間、その魚の漁師が他の魚を他の漁法で獲ることを認めてあげれば、生活に困らないし、海域の資源全体へのダメージも減ります。
漁法・魚種での人工的な縛りを外し、沿岸地域全体で考えれば、このようなことが可能になるはずです。
竹内 その前提として、定量的なデータがないと全体視点には立てないですよね。
五月女 そこで先ほど(前回)の海のバランスシートの話に戻る訳です。スマートブイを多数設置し、水産資源を長期間に定点観測できるようになれば、どの魚がどれくらいこの海域にいるのか、この魚はどれくらい減ってしまったのか、次に獲っていい魚はどれ位いるのか、トータルマネジメントに必要なデータを整えることができます。
漁師が減っていて、かつ食えなくなっているのであれば、海域全体で資源保護を図りながら、漁法や魚種に囚われず、経済性の高い水産物を選択的に漁獲していくことを考え準備すべきではないでしょうか。
竹内 そこまで考えて準備されたんですね!
「従業員としての漁師」の可能性
竹内 ゲイトは株式会社として漁協の准組合員になった訳ですが、現在実際に魚を獲っている皆さんはどういう位置付けなのでしょうか?
五月女 社員や業務委託として漁業に従事してもらっています。元々漁村での雇用形態というのは独特で、法人として漁業を営んでいる会社に所属する場合だと、漁の閑散期には離職し、期間限定で他社へ勤めに出るケースもあります。
ゲイトでは、そのような閑散期にも通年携わってもらい漁に従事してもらっています。
須賀利で船に乗っているのはほぼ全員が三重県外の出身で、かつ元々は運送業をやっていたりと、漁業に縁がなかったメンバーが多いのが特徴です。
竹内 社員や契約社員、業務委託者として漁業に従事することができれば、漁業に興味がある人に門戸を広げることになりそうですね。個人として漁師になるには、漁協への加入や初期の設備投資を含め、相当ハードルが高そうなので。
五月女 うちの熊野で定置網漁をしているのは、全員熊野出身の女性です。そのうちの1人は、お父さんも熊野の漁師で、小さい頃から漁師に憧れていたものの、熊野では「女性は漁師になれない」という慣習があり、漁師になるのを諦めていました。
ところがゲイトが熊野漁協の准組合員になり、彼女がそのメンバーとして漁をすることは問題がなかった。そのような人たちにもチャンスを広げることになると思います。
安福 私は元々兵庫県の出身で、ゲイト入社後、山梨県での自社農場の運営に携わった後、昨年須賀利に移住してきました。
私はゲイトに所属していますが、転勤する感覚で漁村に住み、漁業に従事できるのはありがたいと思っています。縁もゆかりもなかった須賀利ですが、今は「お姉様方」(筆者注:須賀利に住む大先輩の女性方を、安福さんはこう呼んでいます)に大変よくして頂き、漁協の集会にも出席させてもらったり、地域の一員として受け入れてくれています。
竹内 一家で漁村に移り住み、不退転の覚悟で漁業に挑む、永住前提で漁協の組合員になる、というのはさすがに心理的・経済的なハードルが高いですよね。
ソトコトでは「関係人口」という概念を提唱していて、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域やその住民と様々な形で関わる人々のことをそう呼んでいます。
法人として漁業に挑み、多くの域外の人々を巻き込みながら漁村の再生に取り組むゲイト様の姿は、まさに関係人口という理念の最先端にいますね。
2日間、本当にありがとうございました!
【竹内の目線】
今回お話を伺うと同時に、定置網漁船にも同乗させていただき漁業を体験させていただきました。
ゲイトが同じく漁業権を持つ三重県熊野市二木島湾の定置網。既に日は高く、今から漁獲しても市場には出せませんが、自社の居酒屋に出荷できるゲイトには時間の制約はありません。
この日の定置網には、アオヤガラ、カンパチなど数種類の魚が。熱帯魚と思しき魚とエイはリリース。「温暖化の影響か、最近は熱帯魚が網に入ることがあります。」(五月女社長) 湾内にはなんと珊瑚(!)も見えました。
水揚げを手伝う筆者。
ゲイトのメンバーとして定置網漁業に従事する熊野出身の田中りみさん。獲った魚はすぐに港内の自社加工場で加工し、自社の都内居酒屋に直送。後継者不在だった加工場の事業承継を受け設備ごと買い取った。
ちなみに、日程は前後しますが、ゲイトが運営している居酒屋「くろきん 新橋本店」で頂いた「豆アジのみりん干し」もこちらの加工場で加工したものとのこと。
これが豆アジのみりん干しの実物。熊野の海から新橋の居酒屋までの旅路を思うと感無量。肉厚でしっとりしていて、絶品でした。
取材を終えて
全国の漁村が過疎化と高齢化に悩む中、ここ尾鷲市須賀利町も同じ課題に直面しています。株式会社として漁協の新規准組合員となり、末端消費者(居酒屋顧客)に直接届ける流通経路や、IoTを駆使した水産資源管理のあり方などを提案するゲイト様は、低迷する水産業の新たな可能性を切り拓くかもしれません。