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特集 | 未来をつくる働き方図鑑

愛知県瀬戸市の『ゲストハウスますきち』。大学卒業後、選んだ仕事はゲストハウスのオーナーでした。

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大学卒業後、就職や大学院への進学はせずに、自らゲストハウスを開くことを決意した南慎太郎さん。故郷・愛知県瀬戸市で「これだ!」と思える空き物件と出合い、延べ約300人の手を借りて改築し、『ゲストハウスますきち』をオープンさせました。柔軟な発想でゲストハウス運営をする南さんに、多くの人が共鳴しています。

無理に就職はしない。ゲストハウス開業へ!

 日本六古窯の一つである「瀬戸焼」は愛知県瀬戸市で1000年以上の歴史を誇り、江戸時代以降に「せともの」を世に広めた焼物の里。今もアーティストが多く暮らし、ものづくりが盛んだが、一世を風靡した時代に比べると空き家が増え、名鉄線・尾張瀬戸駅近くの2つの商店街も少し寂しげな雰囲気だ。

『ますきち』の近くを流れる瀬戸川沿いには陶磁器を売る店が軒を連ね、川をはさんで2つの商店街がある。
『ますきち』の近くを流れる瀬戸川沿いには陶磁器を売る店が軒を連ね、川をはさんで2つの商店街がある。

 そんなまちを元気にしてくれそうな『ゲストハウスますきち』(以下『ますきち』)が2018年11月にオープンした。運営するのは、17年3月に北海道大学を卒業した南慎太郎さんだ。

『ますきち』の建物前に立つ南さん。近隣住民がふらりと立ち寄れる飲み会やカレーイベントなども定期開催している。
『ますきち』の建物前に立つ南さん。近隣住民がふらりと立ち寄れる飲み会やカレーイベントなども定期開催している。

 同市出身だが、高校卒業後は北海道大学に進学し、サケの生態を研究。卒業時期を迎えたが、慌てて就職をする気はなく、行きたい企業1社だけを受け、落ちてしまった。

 「1、2年ほど気ままに旅をするか、大学院に進学するか。自分が本当に好きなことは何か、はっきりとしていませんでしたが、国内外を旅してゲストハウスには興味がありました」と南さん。特に印象的だったのは熊本県阿蘇市のゲストハウス。ゲストハウスは外国人向けだと思っていたが、そこで教えてもらった地元の人の日常が、日本人の自分にとっても「非日常」で、楽しかった経験から、ゲストハウス運営に魅力を感じた。「宿の近くに、元は手作り弁当の店だったコンビニがあって、今も手作り惣菜が売っていて、朝から近所のご高齢の方が買いに来ていました。何げない日常ですが、それがおもしろくて」。

 将来的にゲストハウスを開業することを思い描いた南さんは、まずヘルパー制度を利用し、どこかのゲストハウスでノウハウを学ぶつもりだった。その行き先を調べるなかでオーナーのブログなどを読み込み、心変わりしていった。「空き家を改修したり、クラウドファンディングで資金を集めたり、工夫をしながら始めている人がいることがわかりました。自分でやったらどうなるのか、シミュレーションしていたら楽しくなってきたので、それなら最初から自分がオーナーでやってみようと決意しました」。大学卒業後、そのままゲストハウス開業という「冒険」だが、障壁となることや不安なことなどを一つずつ「分解して」考え、開業・運営資金などをネットの情報をもとに算出し、不安を払拭した。

 場所は観光地ではなく、人々の日常があるところ、地域の特性が出やすい伝統産業のあるところでやりたい。構想を描くなかで、ゲストハウスを開きたい場所は、実は戻る気もなく、一度は外に出た地元・瀬戸市なのではないか……と思い、市役所に問い合わせた。

 「空き家がないか尋ねたところ、対応してくれた瀬戸市都市計画課の前嶋依理子さんが北海道出身で、しかも自分と同じ大学の先輩と分かって意気投合し、『名刺と事業計画書を作って持ってきて』と言われたのです」。生まれて初めての計画書を1週間で作り上げ、大学4年生の夏、瀬戸市に帰省した。

 瀬戸市では、前嶋さんが、南さんの力となってくれそうな人を次々と紹介してくれた。人が集まる場づくりを得意とする大工の六鹿崇文さんをはじめ、瀬戸市で約300年の歴史を誇る『瀬戸本業窯』の8代目・水野雄介さん、銀座通り商店街振興組合理事長で『お茶彦』3代目の河本篤さんら、今でも『ますきち』を応援してくれる人々に出会うことができた。

 ゲストハウス開業の夢が実現に向けていきなり走り出した。人だけではなく、肝心の物件も前嶋さんが紹介をしてくれた。「何軒かを案内してもらいました。最後に『特殊な物件がある』と前嶋さんに言われて案内されたのが、江戸末期から明治初期に活躍した陶芸家・川本桝吉の元・邸宅でした」。

 一部のスペースは改修されてコミュニティFM放送局のスタジオとして使われていたが、30年以上誰にも使われず、モノであふれ返っていた。「ここだ」と感じた南さんは、大学卒業後、そこを借りてゲストハウスにする決意をした。

改修に入る前の『ますきち』。中はモノであふれ返っていた。
改修に入る前の『ますきち』。中はモノであふれ返っていた。

『ますきち』を拠点に、地元をもっとおもしろく。

 南さんはアルバイトで貯めた約100万円、銀行から借り入れた150万円を用意。瀬戸市に戻ってからの1年間は週に1度、ラジオ局でアルバイトもし、あふれ返ったモノを片付ける代わりに家賃を無料にしてもらい、その元・邸宅で開業準備を行った。大工の六鹿さんからは「古材を活用する教え」を受け、陶器を乾燥させる時に使う板を閉業した窯元から譲り受けて床板にするなど、できるだけ費用を抑えながら自身で改修を進めた。

 ただ、やはり人手は必要で、途中からはFacebookで開業に向けての様子をオープンに。漆喰塗りや床張りのワークショップへの参加者や手伝いをしてくれる人が増えていった。

改修作業は、途中からオープンにし、大工の六鹿さんに指導を仰ぎながら、多くの協力者に手伝ってもらった。
改修作業は、途中からオープンにし、大工の六鹿さんに指導を仰ぎながら、多くの協力者に手伝ってもらった。

 また、クラウドファンディングや寄付で約150万円を集め、それも資金にし、昨年11月にようやく完成。『ますきち』が産声を上げたのだった。

ますきち』内には、クラウドファンディングの協力者の名前が掲げられている。
ますきち』内には、クラウドファンディングの協力者の名前が掲げられている。

 瀬戸市の日常の魅力を伝えるため、南さんは随所に工夫を凝らした。例えば、『瀬戸本業窯』の水野さんが寄贈してくれた伝統のあるタイルを玄関に配したり、シェアキッチンで瀬戸の食器を使えるようにしたり。また、手洗い場のシンクを瀬戸市在住の銅作家に依頼するなど、泊まりながら地域が感じられるようになっている。

『瀬戸本業窯』8代目の水野さんから寄贈された代表作のタイルが玄関のアクセントに。廃業した窯元から譲り受けた板を床に使用。「キ」の焼き印は当時の名残。左下左/滞在者がシェアキッチンで使える瀬戸焼。
上/『瀬戸本業窯』8代目の水野さんから寄贈された代表作のタイルが玄関のアクセントに。右下/廃業した窯元から譲り受けた板を床に使用。「キ」の焼き印は当時の名残。左下/滞在者がシェアキッチンで使える瀬戸焼。

 現在は、ゲストハウスとしての営業は基本的に週末のみ。「旅館業の営業許可を取得しようとすると、さらに約100万円かかるので、『民泊』として営業することにしました。年間の営業日数が180日に制限されますが、平日はレンタルスペースにするなど工夫をしています。いろいろなことをやりたいという、自分の性格にも合っています(笑)」。 

 平日はヨガ教室や、小学生向けのプログラミング教室に貸し出したりしている。また、現在も新たな部屋の改修を手がけ、コミュニティ・ラジオにもレギュラーで出演中。今年9月14日から開催する、シェアアトリエ『タネリスタジオ』と『ますきち』のコラボ企画「ART CHECK-IN」に向けても奔走中だ。

 「今年は整える時期。来年からはさらにやりたいことがあります」と言う南さん。これから、ウェブ上で瀬戸の町歩きエッセイ『ほやほや』を発信するライターの上浦未来さん、デザイナー、カメラマンの仲間とともに瀬戸のPRを行う『ヒトツチ』を結成予定。また、瀬戸焼を広める活動もしていく。

 交流が「必須」というゲストハウスではなく、ひとり遊びが得意な人でも居心地のいいゲストハウスにしていきたいという南さんの願いが象徴するように、南さんの物事を分析する力やバランス感覚が、瀬戸市がより楽しい場所になっていく原動力となることは間違いない。

『ますきち』を支える、心強い応援者たちです。

六鹿崇文さん

六鹿崇文さん
 ゲストハウスに憧れてサラリーマンから大工に転身。『ますきち』改修を行った。「空間で人をもてなしたい。南君とは話し合いを重ねて、古い材を使うよう心がけました」。水野雄介さん

水野雄介さん
 『瀬戸本業窯』の8代目。自社のタイルや食器を『ますきち』に寄贈した。「瀬戸の暮らしぶりが見えるゲストハウスにしてほしい。南君は瀬戸の活性化の立役者になるはず!」。設楽 陸さん

設楽 陸さん
 『ますきち』の1年前にできたアーティストの拠点『タネリスタジオ』代表。「それぞれのメンバーで交流があり、瀬戸のこと、コミュニティのことを一緒に盛り上げられたら」。河本 篤さん(右)

河本 篤さん
 銀座通り商店街振興組合理事長、『お茶彦』3代目。『ますきち』や南さんを商店街の人々に紹介。「今は若い人たちが育ちつつある。商店街を上手に巻き込んでやってくれたら」。

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