19世紀の南極を紙上探検。
今回、紹介するリトルプレスは『南極探検史と怪奇空想小説』。
現代に生きる僕たちにとって、南極が「未知の領域」という意識はない。氷に覆われた南極大陸、南極基地やペンギン、アザラシのイメージが浮かんでくるだろう。
ただ、19世紀の人々にとって、南極は未踏の地。現在の何倍もの巨大な大陸や、見たこともない不思議な生物や未知の部族が住んでいたり、地球の中心部に続く地下空間があるのでは、と想像されていた。
20世紀になり、カメラや無線機、航空機などの技術が現れ、マゼランなどの探検家によって明らかにされるまで、未知の大陸として南極は存在していた。
『南極探検史と怪奇空想小説』では、アメリカ文学史上における不滅の作家、エドガー・アラン・ポーが南極を舞台に描いた長編小説『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』と、その59年後に、フランスの小説家、SFの父とも呼ばれるジュール・ヴェルヌが、続編として著した『氷のスフィンクス』を取り上げている。
1838年、エドガー・アラン・ポーが南極を舞台にした小説を書いた頃、南極は、周辺の島と、大陸のわずかな一部が発見されているのみで、南極点は海だとも思われていた。
1897年、ジュール・ヴェルヌが続編を書いた頃、南極は大陸として認識されていつつ、ほとんどが未知の領域だった。
二人とも、当時得られた最先端の情報をもとに、独自の空想を膨らませ、物語に落とし込んだ。
ポーの時代、主人公が船で辿り着けた「南極点」。後に「南極点」には船では辿り着けないと知ったヴェルヌは、航路を「南磁極」近くに変換修正し、新たに物語を続編として紡いだ。
『南極探検史と怪奇空想小説』では、この変換や修正をより細かくていねいに、物語での航路を、当時の知見とともに、現在の南極に地図を照らし合わせて検証していく。
現代科学が進み、宇宙の既知領域が増え、人体や意識の分析が進んでも、未知の領域はさらに広がり続けている。
ポーや、ヴェルヌが作った物語は、滑稽ともいえるかもしれない。一方、現在の小説や映画も、22世紀になれば滑稽に見えるに違いない。しかし、そのなかに、未知への好奇心と、未来への想像力が無限に広がっていることに気がつかなくてはならない。
今を見ているだけでは、世界は広がらず、理解をすることはできない。19世紀の二人に、未来を教えてもらうのも悪くない。
今月のおすすめリトルプレス
『南極探検史と怪奇空想小説』
エドガー・アラン・ポーとジュール・ヴェルヌで巡る19世紀の南極。
発行:古本斑猫軒
2019年6月発行、130×182ミリ(160ページ)、600円
『南極探検史と怪奇空想小説』発行人から一言
探検史の本を参照し、地図に印を入れながら、2篇の架空の航海記を読んでみるという試み。その成果、というよりも過程をそのまま記録する覚書のようなつもりでZINEにしました。少なからず発見もありましたが、なによりも作品を掘り下げ、味わい尽くすこと自体の楽しさが伝われば幸甚です。