語りかけてくる「鉄塔」たち。
宮沢賢治の作品に『シグナルとシグナレス』という童話がある。
主人公は二人。東北本線の立派な信号機の若い男性「シグナル」。「シグナレス」は軽便鉄道の小振りな信号機で若い女性。
夜明けの星空の下、「シグナル」は隣り合わせて立つ「シグナレス」に想いを告白する。
「本線と軽便では身分違い」とシグナレスは躊躇しつつ、次第に惹かれてゆく。「シグナル」の後見人と称する「古株信号柱」が反対し、それをたしなめる「線路際の倉庫の屋根」が登場しつつ、二人の恋の物語がクライマックスに向けて綴られていく。
宮沢賢治の作品には、通信柱を、軍服を着た兵隊の行進に見立て、月夜の晩にそれを目撃する少年を描く『月夜のでんしんばしら』など、無機質な物体を擬人化して描いたものも多い。
今回紹介するリトルプレスは『群れ鉄塔』。普段何げなく目にしながら、特に気にすることもなく、邪魔者扱いにされることも多い「鉄塔」をテーマにしている。
著者の一幡公平さんが、車の運転中に目に入ったたくさんの鉄塔が、なぜか、整列して自分のほうへ迫ってくるように見えたことがきっかけで始まった一冊。
鉄の建造物でしかない鉄塔たちが気になりはじめ、かっこよく、かわいらしく、時には怖いような、寂しいような、いろんな表情を鉄塔に見ることができるようになった一幡さんは、「群れ鉄塔」の風景と出合うために、地形図に載っている送電線を頼りに出かけてみたり、旅先で偶然の出合いを演出してみたり、新幹線の車窓に現れる鉄塔たちを写真に収めてきた。
誌面には、東北から九州まで日本各地の鉄塔が並び、さまざまな表情や動きまでも感じさせる。
写真にはキャプションがつけられ、住宅地をまたぐように通る鉄塔には、「おっとっと/踏まないように/踏まれないように」。低くどっしり歩いているような鉄塔には「ずん/ずん/ずん」。親子のように見える3つの鉄塔には「お父ちゃーん/お母ちゃーん」。
宮沢賢治が信号塔に若い男女の物語を見たように、僕たちも鉄塔に心があるようにさえ感じ、物語を見てしまう。
その物語は、運ぶ高圧線の数や、立地の制約、構造や経済性の問題に、設計者や技術者が対処したことで、鉄塔の高さや大きさ、色や形がそれぞれ異なり、場所に合わせ人為的に並んでいることから生まれている。
そこには、設計者の思想があり、施工者の技術に基づいた工程がある。
「群れ鉄塔」を見ながら、そこに込められた形の意味と、鍛え抜かれた技に思いを馳せてみたい。
『群れ鉄塔』
送電鉄塔たちがつくりだす風景の写真集。
著者・写真:一幡公平
発行:タカノメ特殊部隊2018年8月発行、
210×148ミリ(18ページ)、500円
『群れ鉄塔』著者から一言
いくつもの鉄塔を連ねて山を越えてくる彼ら。そんな“群れ鉄塔”の光景が気になりだしたのは数年前。でも彼らを撮るたびになぜか懐かしさが込み上げてくるのは、「この鉄塔はどこへ続いているのだろう?」と、未知の場所に憧れた少年時代と重なるからでしょうか。