本来、自然の恵みとは自然の循環の中から生まれてくるもの。しかし、その全体像が見えていないばかりに環境に負荷がかかっているのが現代の第一次産業の問題のひとつ。小さな自然界をつくり、循環を発生させて、最小の負荷で農業と養殖を行う「アクアポニックス」を推進する、『湘南アクポニ農場』に伺った。
農業と養殖を循環させ、小さな自然界をつくる。
ここは2021年2月に神奈川県湘南市に開設された『湘南アクポニ農場』。アクポニとは「アクアポニックス」の略で、1970年代にアメリカで生まれた淡水養殖と水耕栽培を組み合わせた農法だ。魚の排泄物を微生物が分解し、植物はそれを栄養として吸収して育つ。その過程で浄化された水は再び水槽に戻り……と、いわば「小さな自然界」をつくり出すことで、魚の養殖と野菜栽培の両方を可能にする。水、肥料、エネルギーを大幅に節約できることから食料危機を救う技術と考えられ、SDGsにも17項目中9項目に当てはまる。既存の農業と比べると体力面の負担が少なく、女性や高齢者でも始めやすい。また、障害者雇用においても注目されている。
ここはそんなアクアポニックスの試験場で、条件を変えた状態で栽培した植物や育てた魚、水質などのデータを取るために運営されている。それ以外にも、実際に導入してみたいという事業者や、アクアポニックスのデータを分析したいという研究者などが日々見学に訪れてもいる。
「蜜を集めさせるために蜂を放すんですが、ときどき帰ってきた蜂が大量死することがあったんです。調べてみたら、少し離れた田んぼで農薬を撒いていたんですね。非難するつもりはないですが、植物だけを効率的に育てようとすると、生態系が見えなくなるんだなということに衝撃を受けました」
その後アクアポニックスのことを知った濱田さんは、当時はまだ英語のサイトでしか情報を集められなかったものの、ベランダにプランター型の小さな設備をつくった。やってみて驚いたのは、生態系がしっかり見えるようになったこと。たとえば植物の元気がなくなり肥料をやろうとしたとして、その肥料は水質や魚たちにどんな影響をもたらすだろうか……。そういった「全体のサイクル」で植物と魚両方の成長を見て、そこから行動を変えられるようになった。
さまざまなデータを分析し、速やかにバランスを確立。
『湘南アクポニ牧場』は試験場としてスタートしたばかりで、まだまだ手探りで進めていることも多い。アクアポニックスでもっとも大事なことはバランス。魚、微生物、植物の三者が生態系をつくり、バランスよく循環する仕組みを整えていくことも課題のひとつだ。もともとアクアポニックスは自然の循環そのものをつくり出すものなので、環境さえ整えば人間が手を加えなくてもそのバランスはできてくる。しかし、安定供給を考えると「どんな条件で」「何をすれば」「どのような結果が野菜や魚に出るか」を早く正しく把握することは重要で、従来的な環境データ以外にも誰が何をしたかの作業データも細かく記録できるオリジナルのアプリの開発もしている。
エンターテインメントとブランディングが鍵に。
「アクアポニックスは、ただ野菜や魚の生産現場であるというだけでなく、その地域の人々が自然循環を知るための学びの場にも、それに触れてリラックスする癒しの場にもなります。農業のIoTやAIとも相性がいいので、技術者が活躍できる舞台になることもあるでしょう。普段は異なる場で生活する人々のハブになる可能性も秘めているんです。実際、アメリカには誰でも出入り自由な農場もありました。そんな長所を活かし、生産したものの価値を伝えながら農場で直売したり、その場で調理して食べられるようにしたりする、超近距離の地産地消のスタイルも企画しています。小さい農場、小さいコミュニティの中で資源が循環していくモデルをつくれたらいいですね」と濱田さんは今後の抱負を語ってくれた。