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場づくり・コミュニティ

連載 | 田中康夫と浅田彰の憂国呆談

憂国呆談 seazon2 volume125

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東京・港区にある『芝の家』は、港区芝地区総合支所と慶應義塾大学が連携して実施している、「地域をつなぐ! 交流の場づくりプロジェクト」。その『芝の家』が、地元町内会に協力して『芝のはらっぱ』が誕生した。シンボルツリーが見下ろす敷地に、屋根付きのデッキやパーゴラが設けられた小さな広場。テーブルに腰を下ろした田中さんと浅田さんは、夏の日差しと心地よい風を浴びながら、順調に進んでいない新型コロナワクチンの供給と接種のドタバタ振りから語り始めた。
目次

新型コロナワクチンの接種から、 「変異種ウイルス五輪」、 G7サミットの中国包囲網、 韓国のエンターテインメント戦略まで。

国民全員に正確に素早く、 ワクチンさえ打てない国。

田中 『芝の家』と『芝のはらっぱ』があるこの地域は北四国町というそうだね。
浅田 『芝の家』という地域の交流拠点の建物が4軒隣に移転し、空いた土地が『芝のはらっぱ』に。古い住宅街で、昔ながらの人のつながりが残ってるみたいだね。
 さて、東京で新型コロナウイルスの感染が再び増加に転じ、7月12日から8月22日まで非常事態宣言が出されることに。オリンピックの会期がまるまる含まれることになる。1万人まで観客を入れるとか言ってたのは何だったんだ!?
田中 昨春からの「後手後手やってる感」は、「駄目駄目やってる感」から今や「悪手悪手やってる感」へメルトダウンしている。
浅田 新型コロナワクチンのおかげでパンデミックの出口が見えてきたけど、日本での接種は、いわゆる先進国のなかでもペースが遅い。ボリス・ジョンソン英首相は最初ロックダウンなしに対応しようとして感染爆発を招き、急いでワクチン接種に舵を切った。昨年5月には、バイオ・製薬関連の投資アドヴァイザーとして業界に精通したケイト・ビンガムをワクチン調達のトップに、分子生物学者でありながら国民保険サーヴィスに移る前はドラッグストアなどを含む大手小売りチェーンの重役を務めてロジスティクスの実務に詳しいエミリー・ローソンを接種の責任者に抜擢。まさに新自由主義のエリートで、ジョンソンの金持ち仲間だけど、有能なプロではあるわけ。他方、日本ではずぶの素人の河野太郎にそういう仕事をやらせようってんだから。
 ただ、ドナルド・トランプ前米大統領にとっての参謀スティーヴ・バノンのような位置をジョンソンに対して占めてたドミニク・カミングスが、政権を追い出されてジョンソンを裏切り、「ジョンソンは最初の頃は死体の山ができても仕方ないと言っていた」等々の証言を始めた。だからこそ、ワクチン一本槍で驀進するしかないんで、総じて褒められた話じゃないけど……。
田中 本庶佑が当初から語っていたように、ウイルスは有為転変するもの。ワクチン接種の成功国のイスラエルですら、変異ウイルス感染者の半数以上がワクチンを2度接種済みだった事実からも明らか。「旅行という移動で感染は起きない」と昨年7月に経団連夏季フォーラムで断言していた尾身茂、「普通の風邪同様3、4日で治ります」と胸を張っていた内閣官房参与の岡部信彦を未だに「専門家」として重用する日本って“香ばし”すぎる。連中が「コロナ専門家有志の会」を名乗ってSNS上で「#うちで治そう」「#4日間はうちで」とPOPまで作成していた落とし前を付けるのが先じゃね(苦笑)。
 僕は(8月8日告示・同月22日投開票)横浜市長選挙の出馬表明会見でも「ワクチンは必要条件ではあるが十分条件では決してない」と述べた。世界に冠たる日本の「国民皆保険制度」は「早期検査・早期治療」の基本があればこそ。今回も「早期検査・早期対応」が不可欠だったのに、「コネクト大坪」に代表される医系技官をはじめとする「意識高い系」は台湾、韓国、ニュージーランドと違って、PCR検査は不要・無用と非科学的な言辞を重ねて泥沼化に加担した。それでいて「変異種ウイルス五輪」と浅田さんが看破した世界中から集う選手団にはPCR検査を毎日するので、食堂でもアルコール飲み放題でコンドーム16万個無料配布の「#あたおかニッポン」を全世界に向けて絶賛発信する始末。
 ワクチンさえ打てば平気という視野狭窄な発想は、ダムさえ造れば洪水が起きないと妄信している痛い面々と同じ。現に重篤な副反応もあるわけで、必要条件ではあっても十分条件ではない。「早期検査・早期対応」の地道な努力以外にウイルスに打ち克つ王道はないんだよ。
浅田 おっしゃるとおり。言いたかったのは、深い洞察なんかなくても、ワクチンの調達と接種ぐらいはやれるだろうってこと。菅義偉首相は不用意な安倍晋三・前首相夫妻の尻拭いをしてきた辣腕官房長官って評判だったから、オリンピック2年延期案を退けて1年延期にこだわった安倍が退陣した段階でもう1年の延期(無理なら中止)を宣言、他方でワクチン接種をイギリス並みに進めてたら、人気が出たはず。それで憲法に政府の非常事態権限を書き込むなんて流れになったらまずいなと思ってたわけ。そしたら幸か不幸か官僚機構の劣化とも相まって感染抑制もワクチン接種も進まない。「こんなことでは困るから非常事態に対応できる政府をつくろう」って声を期待した陰謀かと勘ぐりたくなるくらい。
田中 当初、米国のファイザーとモデルナのワクチンと英国のアストラゼネカのワクチンを承認した日本は、アストラゼネカ製が、まれに血栓を発症する事例が確認されるや、それを「日台親善」で台湾に提供すると言い出した。ただ、台湾政府のほうが一枚上手で、日本から提供してもらったワクチンは在台日本人に優先的に接種する方針を固めたものだから、「俺たちは人体実験のモルモットか」と在台日本人が怒り出す事態に(涙)。
浅田 ワクチン調達を中国から妨害されてる台湾にワクチンを提供すること自体はいいことだけどね。
 日本のもうひとつの問題はIT後進国ぶり。ぼくは京都市にネットで接種を申し込んで無事接種できたから文句を言う筋合いはないけど、授業中に電話がかかってきて、後でかけ直してもつながらないことが何度か続き、最後に電話をとれたのはいいものの、日時や場所、注意事項を延々と口頭で説明するから、「電話と同時に送られると書いてあったメールで確認する」って言ったら「手元にメール・アドレスが来てないし、とにかく連絡は電話で」と。結局メールは来なかった。自治体と防衛省の大規模接種センターはシステムが別で二重予約が発生するとか、混乱の極み。
田中 2000年の「IT元年」宣言から20年以上経っても目を覆わんばかりの「後進国」なんだよ。
 コロナ対策を巡る菅義偉と枝野幸男の党首討論が6月9日にあったけど、枝野が首相に向かって最初に放った言葉が、「えーっ、総理、お疲れさまです」。討論前から負けている。和平交渉で首脳が握手する場面じゃないんだよ(苦笑)。その2日後には「(ジョー・バイデン大統領の一般教書演説は私の著書『枝野ビジョン』と同じ方向性で)時代が私に追い付いたと喜んでいる」と丸の内の日本外国特派員協会でドヤ顔会見する大物政治家だからね。
浅田 菅首相もまともに質問に答える気がなく、オリンピックについても「安心・安全な大会を」って決まり文句を繰り返すだけ。討論の体をなさない。
田中 勤労者の9人に1人≒11パーセント「も」加入する連合(日本労働組合総連合会)に頭が上がらない枝野が6月17日に“労働貴族”の総本山で会長の神津里季生と会談後、「理念が違う日本共産党との連立政権は考えていない」と述べたのにも驚いた。支持率低迷の起爆剤として「連合党」に改称したほうが分かりやすくて浮上するかも。
 4月末の3補選は、背後に組合や団体が見え隠れする既存政党の国民不在な政治は与野党の別なく認めない「住民投票」的な投票行動だった。立憲民主が勝ったわけでもなんでもない。恐らく共産党と公明党が、それを一番わかっている。
浅田 イタリア共産党を核とした『オリーヴの木』みたいな野党連合をつくるべきなのに、国民民主党が立憲民主党の共産党との野合を批判するありさま。
 イスラエルでは、右翼のナフタリ・ベネットがアラブ政党まで含む連合をつくり、2009年から首相だったベンヤミン・ネタニヤフに代わって政権を取った。辞めたら汚職の裁判で有罪になるネタニヤフが首相の座に居座り続けたのが異常だし、矛盾だらけの新連立政権がうまくいくかは疑問だけど、とにかく一時代に幕を引いたわけ。同様に日本も安倍・菅時代に幕を引くべき時期なんだ。
 7月4日の東京都議会選挙では、小池百合子都知事の『都民ファーストの会』の惨敗と自由民主党の大勝が予想されてたのに、自民は少し増えて第一党になったものの公明と合わせても過半数に届かず、都ファは少し減らしたものの第二党にとどまった。そもそもオリンピック強行に関しては3党は共犯で、結局は都知事の与党だけどね。他方、野党は増えたものの、まだ少数。現状への不満を吸収できずにいる。
 (38407)

ITとエンタメコンテンツで日本を抜き去った韓国。

田中 オリンピック・パラリンピックがそれほど崇高だと言うなら、毎回アテネでやればいいんだよ。アマチュアの祭典だったのに何でプロばかり出てくるんだよ。
浅田 女性差別発言で東京五輪組織委員会会長を辞任した森喜朗は「組織委員会はイヴェント屋だ」と言ってたけど、『IOC(国際オリンピック委員会)』そのものがイヴェント屋。とくに1984年のロサンゼルス大会から異常なまでに商業化した。本来プロの世界大会があるスポーツはオリンピックでやる必要がなく、アマチュア・スポーツの世界大会って本質を貫くべきだったのに、やたらと種目を増やし、巨額のTV放映料で稼ぐようになった。
田中 日本国の東京都で開催強行される「#Tokyoインパール2021」に唯一の価値があるとすれば、トーマス・バッハ改め「トンマス・バッカちゃん」率いるIOCは、「人の命よりも金の力だ」と嘯く集団だと全世界に知らしめた点かな。そして国内的には、7月13日の来日初会見で彼が「最も大事なのはチャイニーズ・ピープル(の安全)」と言い間違えても国辱だと抗議デモすらしない「真相深入り! 虎ノ門ニュース」改め「ホラのモンTV」のネトウヨ連中がチキンだったとバレたこと(爆笑)。
 日本ではG7サミット(先進7か国首脳会議)も五輪と並んで神話のようにすごいってことになってるけど、もともとはG5だった。そこに日本が入っていることにイタリアがゴネて入ってきた。カナダも入ってきた。しかも今回は韓国と南アフリカ、インド、オーストラリアも特別ゲストで招かれた。すると脱退したロシアも、さらには中国も入れなきゃいけないし、もっと言えば今はもうG20の時代。インドネシアやナイジェリアの国力は人口だけでなく経済的にも今世紀半ばには日本を凌駕しちゃうんだから。インドネシアは途上国だと発言してる、一橋大学の後輩で外務省出身の小野日子が内閣広報官で「出来レース首相会見」を務めてるんだから、この国は推して知るべし。エマニュエル・マクロン仏大統領やアンゲラ・メルケル独首相が「アメリカには従わないし、中国にも屈しない」と言うのは、ごく当たり前の認識でしょ。
浅田 第一の問題は習近平・中国国家主席の空威張りにある。彼は鄧小平のようなカリスマじゃなく、つねに威張ってなきゃもたないから、鄧小平の「韜光養晦」の教えを捨てて「戦狼外交」に走ったけれど、それがアメリカを中心とする中国包囲網の拡大を招き、肝心の経済に影を落とすに至って、トーン・ダウンを余儀なくされつつある。香港だって1997年の返還から50年間一国二制度を維持しときゃ、その後は自然に掌中に入るわけで、共産党創立百周年に合わせて鉄槌を振り下ろしたのは愚か。それにしても、7月1日の百周年記念行事は平壌のマス・ゲームそっくりで、一昔前は経済中心のシンガポール・モデルを目指してたのが、北朝鮮モデルに方向転換した感じだね。中国は北朝鮮みたいな小国じゃないんで、あんな示威行為は必要ないのに。
田中 「能ある鷹は爪を隠す」が、隠せないということは能がないのかな。
浅田 しかし、日本のタカ派は、アメリカが中国包囲網を主導してくれて心強いとか、フランスのみならずイギリスやドイツまでインド太平洋地域に軍艦を派遣してくれてうれしいとか、西洋帝国主義の再来を歓迎してるんだからね。日本が中国とのパイプ役になったほうがアメリカにとっても有益なのに、自民党タカ派の言うのはアメリカの軍備を買うことだけ。
田中 包囲網で締め上げられたら中国の国民だって一致団結する。
浅田 まずは中国に問題があるけど、自由貿易を金看板にしてきたアメリカやその子分が、国家安全保障を理由に中国との貿易を規制しつつあるのは問題。日本の韓国に対する輸出規制も同じこと。
田中 バイデンの国内での経世済民的なニューディール政策は認めるけど、中国に対するやり方はレベルが低いし、妻がFRB(連邦準備制度理事会)理事を務めるNSC(国家安全保障会議)インド太平洋調整官のカート・キャンベルのオツムは硬直的。
浅田 トランプ・前大統領はめちゃくちゃだったけど、勝てないアフガン戦争なんかやめるべきだと言ったのは正しいし、バイデン大統領がそれを追認し、アフガニスタンの混乱を覚悟で撤兵を決断したのも正しい。他方、中国に対する貿易戦争も受け継ぎ、鉄壁の包囲網で習近平を追い詰めるのは、反発を誘うだけで藪蛇だと思うな。太平洋戦争前の日本に対するABCD包囲網みたいなものだよ。
田中 今や半導体市場の勝者となった台湾との貿易を巧みにやればいいだけのことで、居丈高に中国に喧嘩を売るのは愚かだ。それに乗っかる日本はもっと「あたおか(頭が可笑しい)」だけどね。
浅田 他方、韓国の文在寅大統領は政権末期でレームダック化しつつある。トランプの衝動的な対北朝鮮外交に賭けてみたものの、何の成果もなかった。朴槿恵保守政権の腐敗を追及し、若者に改革を約束したのに、実現できなかった。とくにソウルなどの不動産価格が急騰を続け、政権幹部の腐敗や不正蓄財が明るみに出たのは痛かった。革新も保守と同じソウル大学出身者を中心とするエリート・クラブで、うまい汁を吸ってるじゃないか、と。
 ただ、長期的に見ると、韓国は日本よりずっとうまくやってるようにも見える。1998年に大統領になった金大中は、87年以来の民主化を深化させるとともに、前年の通貨危機を乗り越えて国際競争力をつけるべく、IT振興策(サイバー・コリア)と文化コンテンツ振興策(今風に言えばクール・コリア)を打ち出す。保守政権も含めて一貫して推進されてきたこれらの政策は、驚異的な成果を上げた。「一にも二にもブロード・バンド」という孫正義の助言を容れた韓国は、今も世界有数の情報インフラを誇る。韓流ブームも、ポン・ジュノの『パラサイト』が2020年のアカデミー賞を制覇し、BTS(防弾少年団)が世界一のポップスターになるところまで来た。最初から世界のマーケットを意識し、20年で見事に制覇してみせたわけ。
田中 特定のエンタメ企業に計112億円も税金を垂れ流した「クールジャパン機構」とは全然違うわけだよ、クール・コリアは。アメリカで学んできたクリエイターの才能を的確に見極めて、それに政府があれだけ金を出すわけだから、日本は完璧に負けている。
浅田 BTSのメンバーは全員地方出身の野性児で、2段ベッドを並べたソウルのアパートで共同生活し、地下のスタジオで猛練習を重ね、デビューから8年でここまできた。だけど、彼らを世界的スターにしたビッグヒットあらためハイブを創立したパン・シヒョク社長はソウル大学出身で、作詞・作曲は多国籍チーム、さらにアメリカ留学帰りの優秀なITエンジニアを集めてる。BTSとジャニーズ(や秋元康)の差は、世界に雄飛する韓国と自閉する日本の差の象徴でしょう。
田中 Netflixの韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』は実に秀逸で全20話を一気に観た。李明博・元大統領の時代に、町の再開発のために商店街が取り壊された逸話をベースに、その商店主らを護る社会派の弁護士に協力する元マフィア顧問弁護士で、韓国生まれのヴィンチェンツォ・カサノが財閥企業を相手に立ち向かう物語。日本の勧善懲悪の刑事ドラマと違ってよくできている。
浅田 辣腕弁護士とその助手を描くアメリカのTVドラマ『スーツ』が各国でリメイクされてて、韓国版ではチャン・ドンゴンが恰幅もよく完璧なスーツの着こなしを見せるんだけど、日本版の織田裕二はヨレヨレのコートをはおった湾岸署の刑事がせいぜいで、失礼ながら「辣腕弁護士(笑)」にしか見えない。
田中 ITやエンタメでは完璧に韓国に負けている日本は、政治でもいまだにG7の場で大統領が首相に挨拶に来たとか来ないとか、会合を行うと決まっていたのに中止になったのは韓国側のせいだとか、そんな水かけ論争ばかり。駄目だこりゃ。
浅田 韓国だって折れてきてるんで、いまこそ和解のチャンスなのにな。
田中 韓国の一般人には親日家がたくさんいるのに、OSの古いイデオロギーで語ろうとする輩が邪魔をする。中曽根康弘・元首相みたいに、1983年に訪韓したときの夕食会では韓国語で挨拶をして、韓国の流行歌も歌う。それは単なるパフォーマンスではなく、韓国への謝罪と理解の意思を示すためのもの。思想の左右上下ではない、人間の器というか。
浅田 そう、国際法を含む法律論だけで割り切るなら政治家はいらない。外交官がそこを詰めたあと、大所高所から歴史哲学をもって決断するのが政治家の仕事なのに。
 (38406)

photographs by Hiroshi  Takaoka  text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2021年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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