芸術表現は、言葉や身体の制約を超えて人の心に響くものです。 表現とは、個人の創造性を発揮する場であり、それは障害の有無に関わらず大きな意味を持っているのではないでしょうか。障害のある方が自身の経験や感情を芸術作品に映し出し、それを観た観客もその表現を通じて異なる視点や価値観を知ることで、より多様性のある社会につながっていくものなのかもしれません。そう思うと、にわかに障害者と芸術の関係について、より深く知りたくなってきました。そこで、2023年11月に石川県金沢市で開催された、障害者の芸術文化活動についてのシンポジウムを取材することにしました。(2023年の取材記事です)
「つながり」にはいろいろな側面があった。手段と目的、そのプロセスの進め方。そして、そこに関わってくる多様な人々の力。
今回取材したのは「つながりから考える障害者による芸術文化活動 石川県内の事例より」というシンポジウムです。これは厚生労働省が支援し、全国に設置されている障害者芸術文化活動を普及するための支援システムの連絡会議を兼ねているものです。そのため、会場には各地の支援センターのスタッフや都道府県の行政担当者の方もたくさん出席されていました。
はじめに登壇されたのは、石川県で文化・芸術活動支援センター「かける」のセンター長を務める菊義典さん。
「かける」はこれまでも数多くの表現の取り組みをしてきた施設で、今回のシンポジウムでは菊さんが金沢市内の商店街で開催した路上の展覧会を例にあげ、そのなかで、障害者の芸術表現やその支援の認知を広げるうえで大切なことは「自分には関係のないところでやっている」ものではなく「身近な場所でやっている」のだと伝えることだと話しました。
この展覧会のときは、事前に作品を商店街の人たちに見ていただくことで、取り組みを身近なものに感じてもらえたそうです。開催の翌年以降は「今年は(展覧会を)やらないのか?」といった問い合わせを受けることが増えたと語っていました。
お話のなかで菊さんは、おもしろいと思ってもらえる活動を「継続すること」、そのなかで新しいことに「挑戦を続けること」、そしてそれらに「熱量を持って取り組むこと」を繰り返し強調されており、この継続・挑戦・熱量が障害者支援活動においてのキーワードになるのだなと感じられました。
また、菊さんは、もう一つのポイントとして、活動を通じてできた「新しいつながり」だけではなく、以前からあった「古いつながり」を活用することも大切だと話しました。それを受けて登壇されたのが、市内で金箔や工芸品を手がけている『株式会社箔一』の木戸口善夫さんです。
金箔職人として活動する木戸口さんは、菊さんと旧知の間柄であり、あるとき菊さんから障害者に関係するボランティア活動に誘われたことで、障害者と芸術表現のことを知ったのだそうです。活動を通じて木戸口さんは、割れたり欠けたりした器を修繕する「金継ぎ」という伝統工芸において障害者の方が活躍できるのではないかと考え、金継ぎを体験する催しなどを通じて支援活動に取り組んでいると話してくれました。
最後に登壇されたのは、ダンサーで振付家の宝栄美希さん。表現の仕方に共通の形式を持たない自由なコンテンポラリーダンスを通じて、障害者を支援されています。宝栄さんは、障害者が表現を行う「場」の存在が大切であり、先に菊さんが話した展覧会や、ダンスの発表会などが障害者にとって大きなモチベーションになると話しました。
印象的だったのは、言葉を介さずアイコンタクトや身体・物を使ったコミュニケーションで進行するダンスは、障害者、健常者ともに意思疎通の方法として優れているという視点です。身体芸術表現によるコミュニケーションとは演者と観客の間のものだと思っていましたが、演者どうしの意思疎通、相互理解にもつながるのだなという発見がありました。
それぞれのお話のあとはディスカッションが行われ、障害者支援の課題についてのトークセッションとなりました。
ここでは「場」を設けるかたちでの支援は一定の広がりを見せてきているものの、そこに至るまでのプロセスや、場をつくるだけでなく、そこでどういうことができるのかというアクティビティの面での支援が行き届いていないという問題が共有されていました。
また、支援者には「自分が無知である」という認識が重要であることが話され、「わからないからこそ、他者を頼る」というスタンスでいることで、支援者同士がお互いを補える関係になり、より良い支援活動につながると再確認されていました。
なお、このシンポジウムの時期に、石川県では「第38回国民文化祭」と「第23回全国障害者芸術・文化祭」である「いしかわ百万石文化祭2023」が開催されており、金沢市内の文化施設で障害者による芸術文化活動の現在地に直接触れることができました。
シンポジウムで話されていた障害者による作品の瑞々しさや、発表を行う「場」の大切さ、そして支援活動の意義やそれがまだ道半ばであるという問題意識について、取材を通して理解を深めることができました。
特に、発表の場があることがモチベーションにつながるという点について、実際の展示を見ることで、これが障害者だけでなく支援を行う側にとっても大切なことなのだと感じられました。菊さんがおっしゃっていた継続、挑戦、熱量。これらの意識を持ち続けるためには、こういった「場」が必要であり、また展示だけでない表現・発表の場を増やすことが重要だという認識についても共有することができました。
この日の登壇者、来場者にお話を聞いた。
シンポジウムや、その後の分科会に出られていた何人かの方にお話をうかがうことができました。
はじめは、この日のシンポジウムの登壇者であった菊さんと、菊さんと同様に、新潟県を拠点に東海・北陸地域での障害者の芸術文化活動支援を続ける、東海・北陸ブロック障害者芸術文化活動広域支援センター長の坂野健一郎さんのお二人。
お二人に、障害者の芸術文化活動を支援するなかでの注意していることや、失敗談についてうかがうと、坂野さんがこう話してくれました。
「『芸術支援活動』と言いますが、実は障害者の方ご自身は、自分のやっていることを『芸術』や『表現』だと考えていないことがあります。あるとき、それをお仕着せてしまったがために、障害者の方が『俺は芸術家になる』と言って施設を出て行ってしまったことがありました。障害者支援の現場では、こうして外部からの影響が良くも悪くも大きくなりがちです。しかし、影響を考慮しすぎて与えるべき情報を与えないことも問題です。本人と周囲、両方のバランスをよく見極めることが、双方にとって良い支援のかたちをつくることにつながると考えています」
それに菊さんが「そういった情報に対しての障害者の方からのフィードバックは、言語を通じてではないことがあります」と付け加えてくれました。そのため、より一層支援する側の注意力であったり、正しい視点の置き方が大切になるのだそうです。
続いて、支援活動をやってきたなかで印象に残っていることや手ごたえを感じられたことについてお話をうかがいました。
坂野さんは「ある障害者の方の作品を買ってくれる企業さんがありました。ただ、何でもいいというわけではなくて、やはり『売れる』絵を求められるんですね。なので、作者の方も自然と求められているものを察知して製作をされていたんです。ただあるとき、(売れる絵でない)モノクロの絵を描かれていて、それも含めて作品展をやったんですね。そうしたら普段の展覧会には来なかったのに、その展覧会には自らやってきて、飾られたモノクロの絵をうれしそうに見ていたんです。そのとき、本当に描きたかったものはこっちだったんだなと気づかされました。表情が全然違って、そのことが印象に残っていますね」と語ってくれました。
菊さんは「作品そのものよりも、制作風景から気づきを得られることが多くあります」と言います。「たとえば、日常の知っている人しかいない場と、部外者の方がいるときとでは見せる表情が全然違うんですよ。ああ、緊張しているんだなとか、そういった普段と違う表情を見つけられるようになると、少しうれしく感じるというか、支援団体の職員ならではの小さな喜びを見いだせますね」
最後に、それぞれの今後の展望をうかがうと、菊さんは「石川県は舞台芸術の支援プログラムが少ないのでそれを充実させたいというのが一点あります。また、シンポジウムでプロセスの話をしましたが支援のかたちも一つに定めず、たとえば芸術発信につなげるのか、それとも就労支援に結び付けるのか、また別の道を行くのかというように、ゴールとなる選択肢を増やしていくことが大切だと思っています」と語ってくれました。
坂野さんは「障害者支援の近代化が必要だと思います。今日の連絡会議でも感じましたが、情報共有が重要なので、たとえばDX(デジタルトランスフォーメーション)を含めた効率化を果たしていきたいですね。また、人材の拡充も課題です。菊さんのような熱量とアイデアを持って取り組んでくれる人を発掘して、石川での支援内容をより充実させたものにしていきたいですね」と話してくれました。
続いては、障害者による芸術文化活動に関する研究を行っている、九州大学大学院芸術工学研究院未来共生デザイン部門准教授の長津結一郎さん。
障害者の方が芸術表現に取り組むことの意義や、そこから生まれる変化について聞くと、「芸術表現を通じてその人の純粋な心が見えてくるから良いとか、芸術を通じての治療効果があるから意義があるといった考え方がありますが、それだけではないと感じます」と言います。
「芸術表現というのは、それを通じた変化だけを目的にしているわけではありません。たとえば、今回の滞在で鑑賞した『ISHIKAWAみらいアート展 ~県内障害者作品展~』で、箸置きの作品を目にしました。その作家は発達障害があるそうなのですが、おいしい食事をつくることには興味がないけれど、食事にかかわる道具には強い興味がある、という話をしていたのが印象に残っています。芸術にはそういった、一見矛盾しているような状況や、異なる切り口によるこだわりのようなものが存在しているんですよね。変化というのはそのなかで自然と発生するものであり、本人にとっても周囲にとっても毒にも薬にもなります。もちろん『薬になる』こともあるのでそこに意義があるといえばそうなのですが、100パーセントポジティブなものかと言えば、そうではないと考えています」と長津さんは続けます。
「芸術には生みの苦しみや、何かを超える際に感じる痛みがあります。『これは良いことだから』と言って、安易にやらせることが必ずしも良い結果を生み出すわけではありません。ですが、その一方でマイノリティであることが受け入れられるために芸術活動が力を持っていることも確かです。なので、障害者の方一人一人について、芸術とのかかわり方を設計していくことが、支援する側の責任ではないかと考えています」と長津さんは結びました。
芸術や表現に取り組むことが、必ずしもポジティブな結果につながるとは限らないというお話には、目から鱗が落ちる思いでした。芸術はその人の人生に大きな影響力を持ちます。だからこそ「一般的に良いとされていること」に追従するのではなく、本当にその人には芸術活動が必要なのか、どういった関わり方をしてもらうのがいいのか、慎重に見極めなければならないという支援活動の難しさをあらためて教えてもらった気がしました。
最後は、2017年より全国で障害者芸術活動普及支援事業を展開している、厚生労働省の障害者芸術文化計画推進官の森真理子さんです。森さんは2022年からこの事業を担当されていますが、15年ほど前から障害者と関わるお仕事をされてきたとのことで、それらを踏まえて、日本での芸術文化活動における障害者支援の進み方についてうかがいました。
「日本における障害者による芸術文化活動の支援は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の日本誘致が決まった頃から開催されるまでの期間を通じて、大きく向上したと感じています。ただし、例えば支援のあり方に関する議論や支援人材の育成、全国のあらゆる地域での障害のある方の社会参加の促進など、まだまだやれることはあると思います」
2017年から始まった障害者芸術活動普及支援事業は、どこにゴールを定めているのかを聞くと、「2018年に『障害者文化芸術推進法』が施行、翌年『障害者文化芸術活動推進基本計画』が策定され、現在は2027年度までを計画期間とする基本計画の第2期がスタートしたところです。障害のある方々の自立と社会参加を目的に本事業を進めています。誰もが生きやすいと感じる、障害のある人とない人が共に生きる社会に向けた活動・事業として推進していければと考えています」
森さん個人として、そういった共生社会づくり必要だと考えていることは何でしょうか、と聞いてみました。
「例えば、障害のある方とない方が芸術文化活動を通じて交流するといったときに、お互いがどこまで分かり合えたかという正確性よりも、時間や場所を共有して一緒に何かをやるというライブ感や熱気、熱量などが共有されることが大事なのではないかと思っています。その『共にいる』という空気が当たり前のように醸成されれば、いろいろな方たちが境目を感じずに共生していけるようになるのではないでしょうか」
こうして、この日のシンポジウムは終了しました。実際に障害者の芸術活動支援に携わられている人の現場からの声や、社会における障害者の芸術活動のあり方や、それを取り巻く社会の現状とこれから必要なことなど、さまざまな学びのあるシンポジウムでした。
現在、厚生労働省では障害者芸術文化活動普及支援事業として、全国に広域支援センターを設置し、さまざまな催しを通じて障害者福祉と芸術活動を融合させた取り組みを進めています。各地で今回のシンポジウムで話されたような取り組みが行われているので、興味を持った方はぜひ参加してみてください。
◆厚生労働省 障害者芸術文化活動普及支援事業HP
◆全国連絡会議 シンポジウム「つながりから考える障害者による芸術文化活動 石川県内の事例より」アーカイブ映像
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この記事は2023年11月1日の取材をもとに構成しています。令和6年能登半島地震により被害を受けられた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。被災地域の一日も早い復興をお祈りいたします。
厚生労働省「令和5年度障害者芸術文化活動普及支援事業」連携事務局
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photographs by Takanobu Mihashi&precog Co., Ltd.
text by Takanobu Mihashi