皆さんは学生時代、どこに住んでいましたか? 富山大学では多くの学生が学校周辺に住み、「まちに学生がいない」との課題が。それを解消しようと、学生の拠点となる複合施設『fil』が誕生しました!
『fil』が、まちなかに場をつくる!
2023年7月に誕生した『fil』。学生と地域の関わりをつくり出しています。
まちなかの空きビルを活用し、学生たちが集う場をつくる。
富山大学教授の久保田善明さんは、学生時代はまちなかで暮らすことを勧めている。「学生にとっては、まちの人や暮らし、文化に直接触れることで刺激を受け、感受性が育まれ、人間的にも成長できます。まちとしても、若者が増えると活気が出るし、関わりが深まれば、卒業後も、まちに残ってくれるかもしれません」と、学生とまちのメリットを挙げる。
ところが、富山市郊外の五福地区にある富山大学五福キャンパスに通う5000人ほどの学生の多くは大学周辺のアパートに住み、2.5キロメートルほど離れた富山市のまちなかには足を運ばないというアンケート結果が出た。理由の一つは、「学生の7割以上が県外出身者なので、合格後、急いでアパートを探します。ただ、大学生協が紹介する物件の多くはキャンパス周辺のアパート。その情報だけに頼るので、結果、まちなかに学生の姿が見られなくなっているのです」。
富山市は、全国に先駆けてコンパクトシティ政策に取り組んできたまち。その理念は、「中心市街地に人が集まることで、人と人が関わる機会が増える」。市役所職員としてコンパクトシティ政策を推し進め、現在は『富山市民プラザ』というまちづくり会社を経営する京田憲明さんは、久保田さんから相談を受け、「空きビルの活用という中心市街地の課題解決にもつながります」と協力。都市デザイン学部と包括連携協定を結んだ。『富山市民プラザ』は物件探しや建設、運営を、都市デザイン学部は合格通知に『fil』の案内を同梱してPRするなど、役割分担しながら『fil』をつくっていった。
そして、オープンから1年。『fil』には17名の富山大生が暮らしている。
住人同士と、まちの人と。コミュニケーションを育む。
『まちなか学生シェアハウスfil』は、富山大生に限らず18歳以上の学生なら入居可能だ。2階と3階が男子、4階と5階が女子。「井戸端フロア」と「すだれフロア」があり、好きなフロアを選んで住んでいる。「井戸端フロア」は、井戸端会議をイメージしたもの。共用部分が広く設計されていて、ラウンジのソファに座って住人同士でおしゃべりを楽しめる。また、自分の部屋の外の壁に棚を取り付けて好きなものを並べ、それを元に会話が始まったりするような演出もされている。
各部屋が少し広めの「すだれフロア」は、部屋と共用部分の境をガラス扉と2枚のカーテンで仕切るというユニークな設計。一人で集中したいときは扉もカーテンも閉め、「気軽に声をかけて」という気持ちを表すときは、入り口のガラス扉とカーテンは開けるというように、外とのつながり度合いを調整できるのだ。
1階には『地場もん屋食堂fil』があり、入居学生の健康な食生活を支えつつ、地域の人たちの食事の場として開放。隣の木造の建物に『まちなかランドリーfil』を設けているので、洗濯中に食事をしたり、お茶を飲んで一休みしたり、くつろぐ場としても利用されている。まちの人と学生が言葉を交わすなど、コミュニケーションも育まれている。
1階は食堂、コインランドリー、庭園。
まちなかランドリーfil
建築基準法でシェアハウスは寄宿舎に分類され、寄宿舎では居室ごとに十分な採光窓が必要になる。『fil』のビルのコインランドリー側となる壁には多くの窓があるが、仮に隣接する敷地に建物が建ってしまうと窓から十分な光が得られなくなり、寄宿舎としては認められなくなる。そこで、『富山市民プラザ』は隣接する敷地も購入。木造建築を建て、1階にコインランドリー『まちなかランドリーfil』を設けた。居住フロアにも1台洗濯機はあるが、ベッドシーツなど大きな物を洗うときに便利。また、北陸の冬はどんよりと曇った日が多いためパワーのある乾燥機も活躍する。
まちなか庭園
証券会社だった鉄筋コンクリートの古いビルと、新たに建てた2階建て木造建築という異質な2棟の建物を、イロハモミジ、ヤマザクラ、ハイカンツバキなどの植栽で心地よくつないだのは、元々造園が専門の京田さんのアイデア。「自然要素のあるスペースを設けることで、別々の建物との行き来が心理的にもしやすくなるのです。カフェのドリンクを持ち出し、外の空気を感じながらテーブルに座って飲むこともできます」とのこと。また、犬の散歩をする人も多いので、ドッグポールも設置。まちなかの散歩の途中で愛犬と一緒に休憩できる。
2階から5階は学生が住むシェアハウス。
まちなか学生シェアハウスfil
各フロア8名・計32名の学生が住める。現在は17名。「最初に満室にするより、年度を分散して募ったほうが1〜4年生まで幅広い関係が築けるので、あえて空き室に」と『富山市民プラザ』スタッフの永井慎さん。家賃は4万9000円から5万8000円、共益費1万4000円(水道光熱費・Wi-Fi費含む)でキャンパス周辺の相場よりも1万〜2万円ほど高いが、敷金・礼金・仲介手数料は無料、富山市の助成事業で月1万円の家賃補助もある。図書館や映画館、富山らしい商店街、富山のまちなか賑わい広場『グランドプラザ』も近く、充実した毎日を過ごせそう。
地場もん屋食堂fil
「朝も昼も一汁三菜のちゃんとしたご飯を食べる“ちゃんご”というライフスタイルを広めようと取り組んでいます」と話す、『富山市民プラザ』スタッフの林貴子さん。『地場もん屋食堂fil』では、「昆布〆定食」や「地物の干物焼き定食」など富山らしさを味わえるメニューを、地元採用の厨房スタッフが手づくり。食べる場としてはもちろん、仕事場として、さらにはコミュニケーションの場として、まちに開かれた明るい食堂を目指している。奥には入居学生用のキッチンエリアがあり、パーティを開いたり、キッチンで調理した料理をシェアしたりも行っている。
イベントやまちづくり、活動を楽しむ『fil』の学生たち。
『fil』には、「まちなかの活動や賑わいづくりに参加すること」という入居条件がある。「条件」というと堅そうだが、そもそも入居するのは、人やまちとつながる活動が好きな学生たち。「条件」というよりライフスタイルに近い。
たとえば、2022年7月に開催された『fil』のオープンニングイベント「filカケル???」は、まちの人に向けて『fil』に住む学生たちが得意なものを披露するイベントで、番留帆乃花さんが中心になって企画をまとめた。高長佑輔さんは、「まちの皆さんにランドリーに入ってきてほしくて」と、好きな古着を『まちなかランドリーfil』で販売した。
その高長さんと、まちなかで開催された「越中大手市場〜トランジットモール〜」に出展したのは前田瑠さんだ。得意なラテ・アートづくりのワークショップを開くと、参加者の一人、JR富山駅近くでバーを経営している男性から、「バーで『夜カフェ』を開きたいのでアルバイトとして来ませんか?」と誘われた前田さんは、今、自分のコーヒーマシンを持ち込んで、月に1回「夜カフェ」でコーヒーを淹れている。
高崎未央さんは『fil』のオープン時、取材に訪れた『北日本新聞』の記者から、「まちなかで起こることを学生目線で記事にしたらおもしろいのでは」と持ちかけられ、今、紙面に連載記事を投稿している。「『ほとり座』という近くの映画館に『fil』の住人6人で映画を観に行ったことも書きました。横一列に並び、観終わったら感想を話しながら『fil』へ帰る、青春映画のような夜を過ごしました、という感じで」と照れる高崎さん。『富山シティエフエム』にも出演し、『fil』での交流やまちの出来事を発信している。
23年11月には「富山まちなか学生EXPO2023」を『fil』の学生が主催した。イベントには資金が必要だが、『fil』には強力な後ろ盾がいる。『まちなか学生シェアハウスサポートクラブ』という県内企業が中心の39社の任意団体だ。「資金は『サポートクラブ』からいただけるので、安心して企画できました」と番留さん。資金の支援だけではなく、「サポートクラブ」の企業の幹部が学生たちと語り合う会もある。業界のことや富山のことを人生経験を交えながら語ってくれる。「学生の視野が広がり、地元企業への就職にもつながれば」と京田さんは期待する。久保田さんは、「できれば10棟。『fil』のようなシェアハウスを建て、学生をまちなかに呼び込みたい」と意気込む。地方都市にある「中心市街地に学生の姿がない」という現象を改善する取り組みとして始まった『fil』。全国に広がる可能性を秘めている。
『fil』で過ごす学生のメンバーをご紹介!
まちづくりに挑戦しやすい環境です!
実家のほうが大学に近いのですが、まちづくりに挑戦しやすい環境に身を置こうと入居。「中心市街地の再開発のあり方を考える会」に前田さんと参加しています。
県のビジョンをつくる貴重な経験を!
富山県成長戦略会議に学生委員として参加しています。県のビジョンづくりに学生の自分が意見できるという貴重な経験は、『fil』に住んでいたからできたことです。
友達と笑っている時間が増えました!
まちの課題に気づけるようになりたいと思って『fil』に。イベントに参加し、計画力が身につきました。共有部分で過ごすことも多く、友達と笑う時間が増えました!
ラウンジには誰かがいて安心です!
一人だと寂しいけれど、だいたいラウンジには誰かがいるので安心です。みんなで生活のルールを決めているので、ワイワイと楽しく、心地よく過ごしています。
古着販売でまちとの関わりを深めたい!
『fil』ではイベントやまちづくり活動の情報がライングループに入ってくるので、参加できる機会が多いです。古着の販売でまちとの関わりを深めたいですね。
『fil』のみなさんの、ローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。
Book:えんとつ町のプペル
にしのあきひろ著、幻冬舎刊
絵が緻密で美しく、ストーリーも感動的です。絵本製作に分業制を取り入れたり、クラウドファンディングを活用したり、ネットで無料公開したりするなど、つくり方や販売方法が画期的で、プロジェクトとしてもヒントになります。 (久保田善明さん)
Book:地域づくり
宮口侗廸著、古今書院刊
「コンパクトなまちは、人と人が出会う機会が増える」とコンパクトシティの意義を説かれた著者。過疎地域を十把一絡げにせず、地域ごとに異なる歴史、文化、風土があるので、それを地域づくりに生かすべきという考えが学べます。 (京田憲明さん)
Book:「ない仕事」の作り方
みうらじゅん著、文藝春秋刊
今までになかった仕事を仕事にしていく手法や着想などを、実例を挙げて解説しています。そのものにまみれる「自分洗脳」や、「ゴミ捨てプレイ」のようにマイナスのことを明るくポジティブに捉える手法など、参考にしたいです。 (永井 慎さん)
photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。