結婚やパートナーの転勤で、福島県に移り住んできた女性たちをサポートしている『tenten』。代表の藤本菜月さんはじめ、スタッフの多くが自分自身の転入体験に根ざして活動を広げている。
南会津町で感じた転勤族の妻の不安。
石川県で生まれ育ち、大学生活は名古屋市で、農林水産省への入省を機に東京で暮らしていた藤本菜月さんが、福島県で暮らし始めたのは2007年のこと。夫が福島県庁に転職し、藤本さんも仕事を辞めてついてきた。「転職を考えていたので、福島市で仕事を見つければいいと思っていました」。ところが勤務先は南会津町。仕事も見つからず、同年代の人とも知り合えず、モヤモヤとしていた。「引っ越しは何度もしてきましたが、学校や職場という居場所があり、友人知人もすぐにできました。ところが南会津ではそのきっかけすら見つからず不安でした」。そんな時、同じ町で古民家暮らしを楽しんでいるご夫妻のブログを読み、会いに行くと、そこには南会津町が好きで、暮らしを楽しむ人たちが大勢いた。「人との出会いが、地域のことを知る、好きになるきっかけになるんだと実感しました」。
その後、県内での転勤や出産、東日本大震災を経て、14年に福島市へ引っ越しし、震災後の高校生・大学生の人材育成や起業支援を行う一般社団法人『Bridge for Fukushima』で働き始めた。「ここに来る若者たちは自分のやりたいことを見つけ、自分で動いている。その行動力に素直に驚きつつ、自分でも何か行動してみたい、そう考えた時にふと浮かんだのが南会津町で感じたモヤモヤでした」。
転入女性が集まり、情報交換できる場をつくる。
南会津町で感じたモヤモヤは、自分のように夫の転勤で転入してきた女性たちの多くも感じていたのではないかと藤本さんは思い至る。「行政には移住してくる人たちへの情報提供や支援はたくさんありますが、転勤や結婚で引っ越してきた人は自分を”移住者“ととらえていません。情報を探す際も”移住“で検索をしないので、必要な情報にたどりつけないことが多いんです」。
移住というカテゴリーから漏れている、転(ten)入、転(ten)勤してきた女性たちのための活動を始めたいと考えた藤本さん。転入女性をサポートするいわき市の『いわき転入女性の会』に話を聞きに行き、「知り合いづくりができ、暮らしの情報を交換する場をつくろう」と2018年に『転入生が暮らしやすい福島プロジェクト』を立ち上げた。藤本さんに協力したのが『いわき転入女性の会』から紹介された西村沙織さんだ。西村さんも仕事の勤務地だった福井市から夫の転勤に伴い、いわき市へ転入し、人間関係ゼロの中で『いわき転入女性の会』に参加。その後引っ越した伊達市では、子育て支援活動にも携わり、NPOや任意団体の運営経験がある。性格はかなりポジティブ。「私が会の構想を話すと『そういう会は絶対あったほうがいいと思っていたし、楽しそう!』とすぐに協力してくれました。私はどちらかといえば石橋を叩いて割ってしまう性格なので、バランスがよかったと思います」と藤本さんは語る。
彼女たちが最初に行ったのは、転入、転勤してきた女性たちが集まって話をする「tenten cafe」の開催。公共施設などにチラシを置き、フリーペーパーに情報を掲載して告知をした。「予想以上に人が集まったこともうれしかったですが、『こんな会があったらいいと思っていた』『夫以外の人と久しぶりに話ができた』とみんな楽しそうで、こういう場の必要性を感じることができました」。
現在「tenten cafe」を、福島市内では月1回開催。県内の他地域では、各地域のサポーターに運営を手伝ってもらいながら年に数回開催している。「夫の異動がまたいつあるかわからないので、そのときの拠点づくりのつもりもあります」と藤本さんは笑う。地域の魅力を知ってもらう「WELCOMEワークショップ」やまち歩きイベント「まちとつながる旅」なども実施。さらに、暮らしの情報発信Webメディア「tenten fukushima」を立ち上げた。
助成金でこの活動を3年間は運営したが、「4年目以降も続けたい、きちんと仕事にしたい」と考え、一般社団法人『tenten』を設立した。「行政は移住者の受け入れには積極的ですが、私たちは潜在的に県内にいる転入者にもっと目を向けてほしいと思いました。転入してきた人たちが、福島っていいところだなと感じてくれれば、ただ住むことから愛着を持って暮らすようになるし、その後もしほかの土地に行っても、福島への興味を持ち続けてくれるような関係人口になるかもしれません。この想いをいろんな場所で発信していたところ、県の定住支援の企画提案事業があり、応募しました。プロポーザル審査を経て委託事業を受けることができました
福島のいいものを集めたお店にまた人が集まる。
21年からは、福島の暮らしの中で生まれた手仕事や、食品などを揃えたお店『ent』の運営を始めた。
きっかけは福島県の活性化のために活動する一般財団法人『ふくしま未来研究会』から「お店をやってみないか」と業務委託の打診があったからだ。「西村さんの『おもしろそう、やろうよ!』という声に押されました」と藤本さん。どんなお店にしようかと思いを巡らせていたとき、県外の友人にプレゼントやお祝いを贈る際、お気に入りの福島のいいものを詰め合わせていたことを思い出した。「そういう品々を集めて、ギフトもつくれる。そんなお店にしたいと思いました」。
小売業の経験があり店長を務める浅野聡子さんをはじめ、スタッフは『tenten』を通して藤本さんたちとつながった人たち。『tenten』をきっかけに生まれ、新しい輪ができている。「お店ができたことは、思った以上に大きな意味がありました。お客さんが転入者だと分かれば『tenten』のパンフレットを渡したり、イベントに誘うようになったり。私自身が転入当初は不安でしたが、楽しく暮らす人たちとつながることで地域の楽しさや魅力を発見できました。だからこそ『tenten』を通して蓄積された地域を楽しむノウハウを、転入して間もなく不安がある人たちと分かち合いたい」と藤本さんは語る。西村さんも「活動当初は、『友だちをつくってあげよう』という気持ちがあったのですが、今は『きっかけをつくろう』くらいに考えています。1回目で気の合う人が見つからなかったら、何回参加してもらってもいいです。初回で気の合う人が見つかり、『tenten』以外の場所で新しい関係をつくる人もいます」と語る。「そのための一歩を踏み出す場であり続けたい」と、二人は声を揃える。
『tenten』のみなさんの、移住にまつわる学びのコンテンツ。
Book:大ピンチずかん
鈴木のりたけ著、小学館刊
生まれてから40年たってもピンチはやって来ます。慣れない土地へ引っ越しをすることも、ある意味ピンチです。「大ピンチな状態を知っていれば、いざそのピンチに遭遇しても冷静に対処できる!」という絵本に、少し励まされました。(紺野美史さん)
Book:YOUNiiiQ vol.0
YOUNiiiQ著・刊
福島県生まれの20代の男女4人が、独特のスタイルで発信するWebメディアから派生して生まれた冊子。現在、vol.0と1が出ています。福島を大切に想い、もっと知ってほしいと考えている若い世代の気持ちが伝わってきます。(西村沙織さん)
Voicy:木下斉の今日はズバリいいますよ!
ながら聴き”ができるVoicyは、家事をしながら聴きます。なかでも多くのまちづくりに関わってきた木下さんの番組は、“地方行政あるある”など、共感できる内容が多く、自分の活動を振り返るきっかけをくれることも多いです。(藤本菜月さん)
photographs by Mao Yamamoto text by Reiko Hisashima
記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。