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多様性

特集 | 明日への言葉、本

暮らしに本のある風景を。『ハミングバード・ブックシェルフ』の本棚たち。

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校正・校閲、神楽坂の書店『かもめブックス』など、「本」に関わるさまざまな事業を手がける『鷗来堂』が2018年9月に日本橋にオープンしたのは、本棚の専門店。人と本の関係性をとことん見つめ直し、本を読む人が増えることを願ってできた本棚が、本のある暮らしをつくっています。

目次

本棚を入り口に本の世界へと誘う。

 空中で止まりながら蜜を吸うことができるハチドリ、英語名でハミングバードの光沢のある緑色の羽は、見る方向によってさまざまな色に変化する。それを、本棚の前で本を選ぶ人の姿に重ね、本棚が生活の彩りになるようにと願いを込めて『ハミングバード・ブックシェルフ』(以下『ハミングバード』)と名付けられた本棚の専門店が、東京・日本橋に誕生した。

開放的で入りやすい店内。
開放的で入りやすい店内。

 立ち上げたのは、本にまつわるユニークなアイディアを次々とカタチにしている『鷗来堂』代表の柳下恭平さん。自身が28歳の時に校正・校閲の専門会社『鷗来堂』を立ち上げて以来、2014年には東京・神楽坂に書店『かもめブックス』を開店、17年には出版・文筆業を行う『文鳥社』を設立した。そして、今回は本棚屋。ありそうでなかったジャンルで、新たな風を吹かせようとしている。

 シンプルな作りの棚に雑貨が飾られていたり、本の詰まった小さな木箱がたくさん置かれていたりと、一見するとインテリアショップのようにも見える店内。「ここは、1冊の本を買い求める本屋とはまた違う、もっと大きな”本のある暮らし“を買う場所なんです」と柳下さん。読書の習慣がない人は、持っている本が少ないだけでなく、もしかしたら家に本棚がないのかもしれない。そう考えた柳下さんは、これまで本とひたすら向き合ってきた経験から、”本のある暮らし“を送るためには、その居場所となる本棚を暮らしに取り込んでいくことが有効だと考えたのだった。

『ハミングバード・ブックシェルフ』店主の柳下恭平さんと、店員の皆さん。本のある暮らしの楽しさを伝えている。
『ハミングバード・ブックシェルフ』店主の柳下恭平さんと、店員の皆さん。本のある暮らしの楽しさを伝えている。

 本棚の大切さは、本を手に入れた後の時間の流れを考えると見えてくる。「その本を読んでいる時間そのものよりも、それを読む前の時間と読んだ後の時間のほうがはるかに長いからこそ、本の居場所をどうつくるかで、暮らしへの影響も当然変わってきます」。

 そして、本は、あらゆる生活必需品とは異なる特殊な一面を持っているという。「例えば、靴は基本的には玄関や下駄箱にしか置き場がありませんが、本はリビングやダイニングはもちろん、玄関、トイレ、キッチン、寝室とあらゆるところに置いても違和感のない唯一のプロダクトです。本を置ける場所は、すべて本棚になるのです」と柳下さん。さらに、本は空間を支配する力も持つ。「法律家は、本の『六法全書』を部屋に置くことで、実際にはオンラインで利用しているとしても、その存在を感じますよね。また、大判の本を1冊リビングに置くだけでもインテリアとしての役割を果たします」。

本棚がキッチンやリビングにある様子をイメージしやすいディスプレイ。
本棚がキッチンやリビングにある様子をイメージしやすいディスプレイ。

”棚”で見せることで本の主張を丸める。

 本好きのための本棚を扱う店とは一線を画す『ハミングバード』。店長の古賀詩穂子さんは、「これまでの本棚は収納力を第一に設計されたものが多かったのですが、ここではインテリアの一つにもなれるような本棚を扱っています」と話す。

 『ハミングバード』を代表する商品は、小さなオリジナル木箱に数冊の本を収める「Boxshelf」をはじめ、棒の位置で本のディスプレイの仕方を変えられる「Stickshelf」、壁に本を飾るための「Papershelf」、簡単に組み立て可能な「Stackshelf」、壁一面を本棚にできる「Wallshelf」の5種類。もし家に本も本棚もないのなら、「Boxshelf」がおすすめだ。本好きな柳下さんや店員らが、親しみやすい小説や漫画、考えさせられる専門書などの中からテーマを決めて選書した本たちが詰まっているので、興味のある箱を選んで購入し、好みの場所にそのまま置くだけで、”本のある暮らし“をその日から手に入れることができるのだ。

「カレーは文化」、「書く人へ」などのタイトルや、選者のコメントを見ているだけでも楽しい。
「カレーは文化」、「書く人へ」などのタイトルや、選者のコメントを見ているだけでも楽しい。

 ここで重要なのは、選書をして”棚“にすること。『かもめブックス』でも定期的に「特集棚」を企画している柳下さんは、そうすることで本の見え方が変わることを学んだという。「誰かに1冊だけ本を贈るとなると主張が強くなってしまうけれど、ギフトセットとして数冊の本を贈れば主張がまろやかになるんです」。本になじみのない人に本棚ごと贈ることは、”本のある暮らし“へとやさしく、より確実に誘うアプローチなのだ。

本は部屋のどこに置いても違和感のない唯一のプロダクト。ブックエンドがあるだけで、そこは本棚になる。
本は部屋のどこに置いても違和感のない唯一のプロダクト。ブックエンドがあるだけで、そこは本棚になる。

 世の中のあらゆるものがデジタル化の流れに向かっているこの時代に、紙の本や本棚はどういう意味を持つのだろう。柳下さんは、2010年に実験的に電子書籍だけで読書をした経験から、いろんな結論や仮説を得たという。「本のほうが勝っていると思うことのひとつに、背表紙があります。我々はデジタルネイティブでないからかもしれませんが、データ化された本のタイトル一覧はただの情報として見えてしまいます。一方で、本棚に置かれた本の背表紙を見ると、自分が得た知識や時間の積み重ねを体感できて幸せに感じます。これから読む本や、またいつか読む本が暮らしの中にあることは、豊かなことだと思えるのです」。

 スマホやパソコンを手にすることが多くなった今だからこそ、人生をより濃密に彩ってくれる本との出合いをみなどこかで求めているのかもしれない。”本棚“をきっかけにすれば、”本のある暮らし“はすぐそこにある。

『ハミングバード・ブックシェルフ』の本棚たち。

Boxshelf

左/働く女。上/Bedside Boxshelf。下/読書好き
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分類も置き場所も、自由自在。
 スギ製で軽く、小さいので、棚や机の上だけでなく、トイレや寝室など、どこにでも置くことができる本棚。文庫、四六判、雑誌、全サイズ対応の4種類がある。特徴的なのは、本棚ごとに店員がテーマを決め、選書をしていること。本棚単体での販売のほか、選書した本とセットでの販売もしているため、“木箱で編集”された多種多様な本棚の中から、今の自分や贈る相手の興味関心に合ったものを選ぶことができる。リンゴの木箱を製造する工場にオリジナルで発注している。

Stickshelf

本文画像

机の上を、気分に合った本棚に。
 底板に無数の穴が空いており、6本のスティックを自由に挿して好みの本棚にカスタマイズすることができる。背表紙を見せる“棚差し”はもちろん、特にお気に入りの本を“面陳”して、本の表紙をじっくり眺める楽しみも。ボードを立てて本をディスプレイすることも可能なので、展示会などでも大活躍。底板は4色。

Papershelf

本文画像

壁に飾る絵画のように。
 1枚の紙を折りたたみ、画びょうやマグネットで壁に取り付けられる本棚。本が乗っても落ちないように、壁側にわずかに傾斜する設計になっている。本の表紙にはイラストやこだわりのフォントが使われ、アート作品のような味わいがあるので、絵画感覚で本をディスプレイすることができる。「額よりも簡単に交換できるのも魅力」と古賀さん。

Stackshelf

本文画像

幅も高さも、組み立て自由。
 ネジやビスを1本も使用せず、女性でも3分で組み立て可能な本棚。収納力を重視したこれまでの本棚とは異なり、本をたくさん読まない人でも今の暮らしに取り入れやすい設計に。本の重みを考慮した耐久性を確保しつつ、他の雑貨と一緒に収納しても違和感のない板や支柱のサイズになっている。高さは雑誌用、単行本用、文庫用、幅は900ミリか600ミリから選べる。

Wallshelf

本文画像

床から天井まで、壁一面を本棚に。
 天板を好みの高さに設置して、自由に設計できる本棚。壁際だけでなく、部屋の仕切りとして使用することも可能。キャビネットを取り付ければテレビなどの重たいものを置けるので、収納棚としても暮らしに取り入れやすい。天板幅は300ミリと150ミリがあり、前後で150ミリの天板の高さをずらして設置すれば、コミックなどの大量収納も可能に。

柳下恭平 『ハミングバード・ブックシェルフ』店主

「本とともに生きる」とは。

ぶっつけ本番の人生を読書でリハーサル。

 18歳から4年間、オセアニア、南米、ヨーロッパ、アジアと海外にいました。石川啄木の『ローマ字日記』を読んで、海外経験が自由な短歌につながったことに影響を受けて、言葉に対する概念が変わるかもと思って飛び出したんです。30万円だけ持って出て、常に『デイリーコンサイス英和・和英辞典』を持ち歩きながら、現地で稼いで生活をしていました。劇的な変化はなかったものの、いろいろな気づきを得ましたね。例えば、関西弁で「猫さん、ご飯食べてはるわ」といった、敬語でもタメ口でもないニュアンスがあるとか、言語や文法によって表現できる距離感、関係性があるとか。言語でも方言でも、個人的なカルチャーのぶつかり合いが言葉に出やすいとも気づきました。

柳下恭平さん『ハミング バード・ ブックシェルフ』店主
柳下恭平さん『ハミング バード・ ブックシェルフ』店主

 帰国後、出版社に勤めていた方との出会いからこの業界に入り、28歳の時に校正・校閲の専門会社『鷗来堂』を立ち上げました。出版不況となって版元から校閲部が消えていく中、これは大変だと思ったんです。校閲者のナレッジが積み重ねられなくなり、チームでの取り組みが途切れるとなかなか元どおりにならないから。でも何よりも、校閲の仕事をずっと続けていきたいという気持ちが一番。読書とはまた違った本の読み方が求められる校閲という仕事が純粋に好きなので、校閲に携わり続けるには自分たちの作ったものが売れる状況にしないといけないと思ったんです。

 それに、本は売れるものだと思うんですよ。出版不況と言われて20年近く経ちますが、「出版文化がうんぬん」と感情的に語るだけでなく、論理的に版元や流通、書店を言語化し、状況を客観的にみて動く必要があります。それで、目当ての本がなくてもふらっと入れば何かが見つかる『かもめブックス』や、本を買わない人に〟本のある暮らし〝を知ってもらう『ハミングバード・ブックシェルフ』を開きました。また、プロの作家でも初版部数が減っている今、インディーズでどこまでできるかを知りたくて出版・文筆業の『文鳥社』も立ち上げたんです。編集、印刷、製本、それぞれが持つ素晴らしい技術が再発見され、ちゃんとお金をもらえる環境になって、必要な本が必要な人に届いていつでも読める世界をつくりたい。そうするには、全部やらないとダメなんですよ。

柳下さんと話をしていると、読書欲が自然とかき立てられてくる。
柳下さんと話をしていると、読書欲が自然とかき立てられてくる。

 サッカーのワールドカップでトッププレーヤーがすごいのは、サッカーの競技人口も観戦者も多いからで、その裾野が広いほどトッププレーヤーが生まれると、友人から聞きました。本の場合、例えばですが、インスタグラムの中から気に入った16枚を選んで綴じて本にする。それくらいカジュアルにつくってもおもしろいんじゃないかと思っています。自分でつくってみると、プロのすごさも分かるようになるでしょう。本のプレーヤーを増やすのもやりたいことのひとつですね。

 読書って、フェスの前のリハーサルみたいなものだと思うんです。時間を短縮しても一通りやっておけば、何かがあった時に対応できる。人生という舞台をぶっつけ本番でやるのって怖くないですか。一度しかない人生、読書でリハーサルすることで自分の人生を2回、3回と生きられると思うんですね。

純粋な読書好きと、本の作り手という両面の立場から、背中を押してもらった5冊を選んでくれた。
純粋な読書好きと、本の作り手という両面の立場から、背中を押してもらった5冊を選んでくれた。

 社会は個人の集まった器なので、このようにリハーサルを終えて、考える力が養われた状態で社会がつくられるとしたら素晴らしいですよね。読書による情報整理は空間的で、「これはここに書いてたな」と情報を頭の片隅に置いて、途中でもう一度取り出ししながら前に進んでいくものです。この情報整理能力は、課題は何か、先行タスクは何か、そしてどう行動しなくてはいけないのかを判断する際に役立ちます。読書で培われるそういう力を持った人たちがつくる社会は、いい社会だと思うんですよね。

背中を押してもらった5冊!

組版という印刷工程を頑張りたくなる一冊。
 タイポグラフィ(活字)の本。芥川龍之介『杜子春』をはじめ、あらゆる本で使われたフォントについて書かれています。見え方が変わるのでフォントは大事です。この本を手にすると、勉強の入り口にいるという気持ちになります。

『文字の食卓』 正木香子著/ 本の雑誌社
『文字の食卓』 正木香子著/ 本の雑誌社

文章ひとつで読み応えが変わる編集の力。
 ダブリンの人々が市内を実によく歩き回るという文章があり、これを読むのと読まないのでは、読後感が異なります。情報整理をすることでこんなにも印象が変わることを学び、編集者として頑張ろうという気力が湧いてきます。

『ダブリンの人びと』 ジェイムズ・ジョイス著、 米本義孝訳/ちくま文庫
『ダブリンの人びと』 ジェイムズ・ジョイス著、 米本義孝訳/ちくま文庫

たった1行から想像を膨らませる文学作品。
 SF短編集。第2巻末にある「終局的犯罪」のなかで、シャーロックホームズが論文を書いたという一文があり、何についての論文を書いたのかを当てていく推理ゲームが展開されます。読書の可能性を感じます。

『黒後家蜘蛛の会2』 アイザック・アシモフ著、 池 央耿訳/創元推理文庫
『黒後家蜘蛛の会2』 アイザック・アシモフ著、 池 央耿訳/創元推理文庫

自分の状況を変えることに前向きになれる一冊。
 南極の昭和基地で実際に働いていた料理人が書いた本。南極という過酷な環境下でそれでも食べることへのモチベーションを保ち続けることのすごさや、男性しかいない生活に部活動の部室のような楽しい雰囲気を感じます。

『面白南極料理人』 西村 淳著/ 新潮文庫
『面白南極料理人』 西村 淳著/ 新潮文庫

目だけでなく、言葉で写真を理解する力。
 本来は文章にできない「写真」を文章にするというとても難しいことに挑戦した一冊。文章も翻訳もうまいので、文学の可能性も感じます。この本を読んで写真を撮りたいという気持ちになり、撮影するのが好きになりました。

『明るい部屋 写真についての覚書』 ロラン・バルト著、花輪 光訳/ みすず書房
『明るい部屋 写真についての覚書』 ロラン・バルト著、花輪 光訳/ みすず書房

 

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