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多様性

特集 | 明日への言葉、本

歴史を受け止め、“支流”へと流す。本と人の仲介人、『オヨヨ書林』山崎有邦さん。

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無類の本好きが高じて、古本屋を営むようになった山崎有邦さんは本の持つ“思想の種”を受けとり、誰かに渡す役目を担う。そんな、本や言葉の力をよく知る山崎さんの仕事の背景にあるものとは?

目次

古本屋のあり方を模索し、東京から故郷の北陸へ。

『オヨヨ書林』。口にすると思わず脱力してしまいそうな店名だが、1999年にウェブ上にオンライン書店として始まって以来、本好きの人たちに高い人気を誇る古本屋だ。2004年には店舗を東京・文京区の根津に構え、5年後、港区南青山への移転を経て2010年からは、石川県金沢市へ。現在は古美術、骨董品の店が多いことから金沢の「骨董通り」と呼ばれる金沢市の新竪町レトロな商店街の一角にある。

入り口のゲートサインがレトロな新竪町商店街。山崎さんがいなくても、「ミスター神保町」、故八木福次郎氏の名にあやかった看板猫の福次郎が温かく出迎えてくれる。

人気の秘密は、多岐にわたる感度の高い本の品揃え。選書を行う店主の山崎有邦さんは、仕入れや倉庫の整理、業種の交換会、イベントなどに日々忙しく、ふだん店にいることは少ない。なので、店主に出会える確率はかなりレアだ。

「古本屋になる前はのんびり好きな本を読みながら店番するといった半隠居的なイメージのつもりだったんですが、全然違いますよね」と山崎さんは苦笑いする。

店内を見渡すと、美術書や写真集、新刊本、文庫、アート、映画本、雑本300円コーナーなど、バラエティ豊か。棚には、『オヨヨ書林』の店名の由来となった『オヨヨ島の冒険』を書いた小林信彦の本も多数あった。「父と子が悪役のオヨヨ大統領を退治するって子ども向けの小説なんですけど、コント55号とか当時流行ったギャグをいろんなところからサンプリング的に取り入れながら書いていて、当時、僕が好きだったピチカート・ファイブとリンクする感じがいいなと。小林信彦さんは、サブカルの”走り“みたいな人なんですよね」と山崎さんは店名の由来を話してくれた。

富山県南砺市の自然豊かな地で育った山崎さん。親元を離れて高岡市内の高校に進学した。下宿先のそばには古本屋、古レコード屋があり、親しい存在だった。当時、渋谷系に影響を受けていた山崎さんは、その後東京の大学に進学。文京区本郷三丁目に住み、古本の“聖地”神保町に足繁く通うようになった。岡崎京子やピチカート・ファイブ、フリッパーズ・ギターなどが、表現の引用元としたネタは何かと探し、さらにサブカルチャーの世界にどっぷりとはまっていった。

出合っていったひとつひとつの本や言葉、音楽に、自分の知っていた小さな世界が広がり、ランクアップしていく喜びがあったという。「何もないところで育ったので、人一倍知りたい欲が強かったんでしょうね」。

そうやって集めていった本は1000冊を超え、山崎さんは大学卒業時にとりあえずは手持ちの本を売って生活していこうとオンライン古本屋を開業した。

一冊の本の親になって、だれかのに繋ぐ喜び。

古書を巡る世界は、新刊本が書店にずらり並ぶのとは異なり、誰かの手から渡ってきた一冊の本を扱う。買い取りや仕入れで手に入れた本を管理し、店舗やネットで販売するほか、コレクター好きをするような初版や美術書など特別な本を落札して納める場所を探す。

「一冊の本に流れがあるとしたら、流れてきた本の親になって、さて、これからどうしようかと考えを巡らせる楽しみがあります。で、それからどこかふさわしい支流へと流すんです」

読み継がれてきた価値ある一冊の本と読む人の間に入って、本の持つ種のようなものをつなぐ役割をする、そこに職業的な魅力を感じていると山崎さんは言う。では、なぜ本の多い東京から地元近くの金沢で開業を?

「ここは、新幹線開業や21世紀美術館もあり、幅広いジャンルの本を求めてお客さんも来てくれるので商売は成り立ちます。より高い専門性が求められる東京で、コレクターを相手に高額の美術書を扱う世界を目指したこともありましたが、自分が求めているのはそういうことではないのかなと」

奥行きのある店内は古本の宝庫。金沢21世紀美術館が近いことから、美術書や写真集を目当てに来る人も多い。

かつての自分が出合ったように多様な本が置かれた古本屋を目指す。山崎さんは、そうやって誰かが誰かの言葉と出合う場所をつなぎ続けている。

古本屋の持つ矜持と、自分を励ます言葉。

「金沢に来てから、買い取りに行くことが増えました。個人宅にはいろんなジャンルの本があり、郷土史など珍しい古書が出たときはオッとなりますね」と山崎さん。とはいえ、そのような僥倖はそうそうない。日々、足を使った地道な積み重ねがまだ出合ったことのない千載一遇の良書と出合わせてくれる。

そんな山崎さんが、自分を励ます言葉として河井寛次郎の随筆集『手で考え足で思う』にある散文の題名「手考足思」を挙げた。地道な作業の積み重ねの先に表現があり、地に足の着いた実体験に根ざした作品ができるといった意味ではないかと山崎さんは解釈する。自身も、運搬や整理、梱包に明け暮れ、手を動かしているときこそ、不思議と冴えてアイデアを思いつくのだとか。「時間に終われ、本に目を通すことがままならないこともあります。とくに、肉体労働が続いているときにはこの言葉を思い出しますね」。

ガイドブックを見て来たという神奈川からのふたりは、店内のラインナップに興味津々。足を運べない人は目録を取り寄せることも可能だ。

古本屋は、薄利の割には本のために身を粉にして働いている人が多いと山崎さんはいう。それでもやめようと思わないのは、一世代上の情熱的な先輩方の存在が大きい。東京にある古本屋『月の輪書林』や『石神井書林』などのつくる古書目録は、百科事典かと思うほどの背表紙の厚さだ。彼らは、通常の歴史書、つまり正史に載らない庶民の周辺文化やなかったことにされている事柄などが記された一風変わった本を集める。『月の輪書林』の目録のひとつを開くと、ルポライターの竹中労をテーマに、著書や関連本だけではなくインタビュー記事や寄稿した雑誌など膨大な量が蒐集されていた。そういった本のなかには、後々歴史的な価値が生まれるものもあり、「時代の記録や思想など、いろんな角度で記された本が古書として残っていないと、歴史そのものを失ってしまいますから」と、無価値だった古書に価値を見出した先人達を山崎さんは尊敬する。

延々と続く本と向き合う作業のなかにこそ、出合いがある。

本の未来が見えない時代に、種をまく人として。

山崎さんと話していると、古本の知識や流通に関しての情報量に圧倒される。穏やかな物腰でいて、語ると熱量は高い。特に、本の価値について語ると話が尽きない。本が好きでたまらないという気持ちがひしひしと伝わってくる。山崎さんいわく、本を種に例えたら、鳥ではなく人を使ってどこかに運ばせているような、そんな気がするのだそうだ。

「古本屋として、一度は出合いたい、扱いたい本ってあるんです。昔のようには自分のところに抱え込まないけど、その本の一片に関われるだけで十分うれしいんです。求めている人のところに置き直すのが、僕の仕事なんだと思うんです」

居心地のよさ抜群、姉妹店 『オヨヨ書林 せせらぎ通り店』。ライブイベントも開催する、人と言葉の出合う場所。

『オヨヨ書林』は、山崎さんが店長の新竪町店だけでなく、金沢にもう1店舗ある。また、富山市総曲輪にある古書店『ブックエンド』を高岡市にある『上関文庫』と共同で2店舗出店している

姉妹店の『オヨヨ書林 せせらぎ通り店』は、『オヨヨ書林』が東京から移転してすぐに山崎さんとともに働いていた佐々木奈津さんが2011年3月にオープンさせた。

大正時代に鉄工所だった建物をリノベーション。約7000冊の古書が約100平方メートルの店内の壁を埋め尽くしている。その趣あるインテリアは、女優の蒼井優さん出演のCMのロケ地としても使用され、香林坊の便利な立地にあることから、観光客が絶えない。

座って本を読むことのできる椅子もあり、ゆったりと過ごす人が多い。古本のほか雑貨やタウン系フリーペーパーも置かれており、金沢の地域カルチャーの肌触りをじかに感じることができる。

本の品揃えは、新竪町店が美術書や映画などのカルチャー、雑本を扱っているのに比べ、せせらぎ通り店は雑貨や子ども向けの絵本、料理本などライフスタイルものを多く取り扱っており、客層もより幅広い。どちらも、山崎さんが仕入れを担当している。 

真ん中にピアノが置かれているため、ライブイベントも頻繁に開催。金沢に行くときには、ぜひSNSでイベントをチェックして。

Q佐々木さんの背中を押してくれた言葉

わたしはわがままだからお勤めには向かないわ。

独立をするか迷っていたときにふと手に取った本のなかに書かれていた古本屋を営む少女の言葉。この言葉がきっかけとなり、佐々木さんは独立を決心した。(引用:小山清著『落ち穂拾い・雪の宿』)

背中を押してもらった5冊!

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁著/ 皓星社

編集者・ライターであり、自らもコレクターである南蛇楼綾繁氏のコレクションにまつわるエッセイ。コレクションをする人や諦める人のこと、集め方のことなど、本をコレクションする人なら、「あるある」とうなずく話が満載の一冊。

『えびな書店店主の記』 蝦名 則著/ 港の人

美術雑誌の編集者だった蝦名氏は美術に造詣が深く、1年に4回目録『書架』を発行。各テーマを決め、それに沿った本をすべて集めるという様式を確立した。古本や美術や音楽、旅などを通して店主の視点が伝わってくる。

『古本屋シネブック漫歩』 中山信如著/ ワイズ出版

映画専門古書店『稲垣書店』店主が映画の古本について書いた本。雑誌『彷書月刊』に連載されていたものだが、名脇役、殿山泰司の言葉に光をあてるなど映画本に新たな価値を見出していく姿勢を山崎さんは尊敬している。

『石神井書林目録』内堀 弘著/ 晶文社

東京都練馬区石神井にある近代詩専門の古本屋店主のエッセイ。店舗を構えておらず、目録を作成し販売する。美しい図版入りの目録づくりに力を注ぐ様子などが書かれており、山崎さんは古本屋としてのあり方を学んだ。

『月の輪書林 古書目録十二 特集・寺島珠雄私記』 月の輪書林著/ 月の輪書林

山崎さんが仕事の参考にするために、かなり読み込んだという東京都大田区にある『月の輪書林』の古書目録。古本屋を始めてからこの目録を見た山崎さんはその厚みのある内容にとコレクションに衝撃を受けた。

photographs by Kiyoshi Nakamura text by Chizuru Asahina

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