テクノロジーと人間の関係性を研究するドミニク・チェンさんは、自己認知と他者認知のバランスの取れたコミュニケーションがウェルビーイングには大切だと語る。他者認知=他者の心への想像を広げるために読んでおきたい本を選んでもらった。
情報学研究者|ドミニク・チェンさんが選んだ、ウェルビーイングを感じる5冊
自己認知と他者認知のバランスを大事にしたいと僕はいつも考えています。自分の心だけでなく、コミュニケーションをとる対象である他者の心の動きにも注意を向けること。それはウェルビーイングを考えるうえでも大事だと思います。
その際、「自分と相手は違うように存在してもいい」という前提を持つのはとても重要です。この5冊は、自分と相手は違う、だからその心の動きも違うことをていねいに意識していくための本です。
『Graphic Recorder 議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』は、以前、著者の清水さんにグラフィックレコーディングをしてもらったことから手に取りました。自分の意図とは違う解釈や見方があることが可視化され、いい意味で客観視や相対化ができるようになることに感動しました。
僕個人としては、グラフィックレコーディングをしてもらう体験自体も貴重でした。話を傾聴してもらい、かつ素晴らしいレイアウトで翻訳してもらった気分だったんです。「相手の話をじっくり聞くこと」の本質的なひとつの形としてグラフィックレコーディングを捉えることで、ウェルビーイングな関係性をどうつくり出すかのヒントが見えてくるかもしれません。
『記憶する体』は、ネガティブに認知されがちな、障害のある方やその体の特徴について、肯定的、中立的に語った本。体にまつわる新しい語り口をつくることで、読者自身の抱える問題や体の特徴も、異なる体の持ち主たちの間にあるものとして相対的に眺めることができます。
登場する人物たちは、読者にはわからない困難を抱えながらも、彼ら自身の体の使い方を開拓して生きています。それに感動し、また驚くことが、気遣いながら好奇心を持って、相手の世界と心を想像しようとする最初の一歩になるでしょう。
文学作品もまた、過去にあった関係性を思い出し、ていねいに言葉で綴りなおすことで関係性が「更新」され、相手とよりウェルビーイングな状態になれると示唆してくれます。
『だいちょうことばめぐり』を読んでいると、簡単には言葉に収まらない思い出や、感情の受け止め方を教わっている感覚になります。また、関係性はあえて言葉にすることで生まれてくるのだとも気づきました。楽しかったことや、関係性の深かった人のことを思い出すと、ウェルビーイングが高まるという研究結果もありますが、優れた文学作品はそれをより深く主体的に理解させてくれるのです。