「地域のために」が動機ではなく、縁のあった地域とゆるやかにつながり、自分の好きなことを掛け合わせて活動する丸山さんの生き方もまた、関係人口のひとつのカタチだ。
食べる先にある日々の喜びや楽しさを仕立てる。私は「風の人」。
料理は、コミュニケーションツール。
2015年、東京都足立区に誕生したシェアハウス『mogmogはうす』のオーナーである丸山寛子さんは、シェアハウス運営をしながら、食材のつくり手や地域に触れるきっかけをつくる料理研究家として活動をしている。全国各地の生産者に出会い、現地で体感したことと得た食材を使って、各地域だけでなく東京でイベントを開催している。会社員時代に自分の趣味で料理をつくっては振る舞う小さな活動だったものが、次第に生産者や行政の人たちの目に留まり、相談を受ける機会も増えてきた。最近ではイベントだけにとどまらず、予防医学や食育にも挑戦し始めていて、近く大手企業とコラボレーションして「こども食堂」の運営も手掛ける予定だ。「食べることの価値を伝え、一人ひとりの日常をつくっていきたい」と活動の幅を拡げている。
「料理は、コミュニケーションツール」と話す丸山さんの活動の原動力は、愛情だ。ひとつは、幼少期にまで遡る。家族で団欒する機会の少なかった家庭環境で丸山さんは、忙しなく働く父が毎日自分のためにつくるお弁当から、愛されている実感を得ていたという。
「味わいながら父の気持ちを考えていましたね。『彩りを考えてこの野菜が添えられているんだな』とか『食材のバランスを考えてくれたんだな』とか。たとえ不格好な料理でも、私のことを考えながらつくってくれているのを感じて、直接会話せずとも父とコミュニケーションをとっているようでした」と幼い頃の思い出を振り返る。大切な人を想ってつくられた料理は、食べることでその想いを受け取ることができるのだろう。
また、大学時代に児童福祉学を専攻していた丸山さんは、さまざまな家庭環境にある子どもたちとの食事の機会を通して、「食事の大切さ」を改めて実感した。誰かと食べることが日々の喜びや楽しさにつながると学んだ。就職先も社員食堂を運営する企業で、配属された病院の厨房で、妊婦さんの御祝膳をつくることもあれば、寝たきりの方がチューブで食べる食事もつくった。食事が一人ひとりの命をつなぎ、そして日々に彩りを添えられることを肌で感じ、「食」の持つ力に改めて気づいた。
一人ひとりの日常をつくることや生きる実感を与える「食」を介した活動をしたい。こうして、シェアハウス運営や料理研究家の活動をスタートさせた。
「食」から想いや人生を感じる。
いざ、想いを持ってシェアハウス運営や料理イベントを企画するも、当初は集客に苦労した。試行錯誤の中で、「私だからできる『食』の活動とはなんだろうか」と悩むことも。そんな時に、沖縄県・久米島の養鶏農家さんとの出会いが丸山さんに「食」や「地域」に関わる大きなきっかけを与えた。「養鶏を営む方が言った『ニワトリを絞めて、食肉処理していく時の血の温かさが忘れられない』という言葉が印象的でした。鶏の命に敬意をはらい、生産者としての責任、使命を全うする方の発する言葉に重みを感じ、食材にはストーリーやつくり手の想いがたくさん詰まっていると衝撃を受けたんです。食事ひとつに喜びやありがたさを常に感じてきた私だからこそ、伝えていきたいと思ったんです」。こうして、自身の活動の軸ができた。
その後、活動を拡げることを目的にNPO法人ETIC.の「LOCAL VENTURE LAB」という自身の事業構想を磨く6か月間のプログラムに参加。そこで初めて岡山県・西粟倉村を訪れた。実はこの時、今後の活動に自信を失いかけていたという。「本当は移住も視野に参加していました。どこか逃げの気持ちで地域に関わろうとしていた」と当時の率直な思いを語る。そんな時、『mogmogはうす』の入居者たちが「この場所があってよかった」とケーキに手紙も添えて誕生日を祝ってくれたり、西粟倉の人たちに「自分の好きなことをして、好きなように地域に関わったらいい。いつでも村においで」と温かい言葉をもらった。逃げの気持ちがありつつ、地域にあるおいしいものやつくり手の存在を伝えるには移住するしか道がないと気負っていた丸山さんを、周囲の人たちが落ち着かせてくれたようだ。彼らの言葉に勇気をもらい、「これまで過ごしてきた東京を拠点に、自分らしく地域に関わろう」と心が決まった。
『mogmogはうす』のある東京と各地を行き来しながら、地域と関わる選択をした丸山さん。数々の活動は、地域のため、課題解決のためにと意気込むやり方ではない。縁のあった地域に赴き、五感を使って体感したことや現地の人々の想いを料理にし、みんなで食す時間や場を通して、地域に接する機会をつくっている。直接地域にアプローチするだけでなく、何かを介して地域に触れる活動もまた関係人口である。
「私たちの人生は毎日の積み重ねでできている」と話す丸山さん。これからも料理や人、集う空間を編み、共に食すことで得られる喜びや楽しみ、「食」の大切さを伝え続け、一人ひとりの何げない日常をつくっていく。自分らしい表現をしながら。
食材のストーリーを知り、さまざまなカタチで伝えていく。
縁のあるまちを訪れては自ら体感し、地域やつくり手に合うアウトプットをする丸山寛子さん。その場所は現地であっても、東京であってもいい。
place01 北海道・厚真町
初めて訪れた厚真町では、フィールドワークの一環で町唯一の羊農家を訪問。2018年に北海道で起きた震災後には、ジンギスカンや地元食材を楽しむ料理イベントを開催することで応援した。
place02 宮城県・亘理町
本州で唯一、亘理町で生産されているというアセロラ。アセロラのほか、この町で収穫されるイチヂクや夏いちごなどを使用したフルーツサンドを食すイベントを東京都内で、開催した。
place03 秋田県・三種町
2020年1月、三種町主催のまちを知るツアー「みたねトレジャーツアー」に参加。しょっつるの味比べや豆板醬づくり、納豆工場を見学したほか、夜には飲み会でまちの人と交流を深めた。
place04 山形県 天童市
さくらんぼ農家を営む知人との縁で、わずか2〜3週間という収穫時期に例年収穫のお手伝いをしている。収穫したさくらんぼの一部は東京に持ち帰り、自身で企画するイベントでPRも行っている。
place05 福島県・国見町
まちの特産品である桃を使用した料理のフルコースを丸山さんが提供し、味わいながらまちを知るイベントを開催している。毎回キャンセル待ちが出るほどに大人気のイベントなのだそう。
place06 長野県 佐久市
チーズ屋さんのチーズプレート。地元温泉の湧き水を使用するなどチーズ製造の至る所にこだわりがあることを知ったうえでいただいたチーズの味に、店主の生き様を垣間見たようで感銘を受けた。
place07 奈良県 奈良市
地産地消でクラフトビールをつくる友人が開催するビールを味わうイベント「タップルーム」に参加。今後は、“大人の修学旅行”をテーマにした同イベントと、丸山さんとのコラボレーション企画を検討中。
place08 鳥取県 鳥取市
映画『栞』の上映会で、丸山さんが出演者向けのお弁当を製作。智頭町産の曲げわっぱや手ぬぐいを活用し、鳥取の鶏を使用したとり天をお弁当に詰め、地元の想いを綴り、出演者に提供した。
place09 岡山県・西粟倉村
丸山さんが、東京を拠点にすると決意した場所。「東京にいてもつながりを大切にしたい」と、西粟倉村で育てられた養殖鰻「森のうなぎ」の料理を提供しながら、まちの取り組みを伝えている。
place10 山口県・周防大島
周防大島に移住した方が運営するジャムのお店『瀬戸内ジャムズガーデン』が教えるマーマレードづくりのイベントで、丸山さんは同店のジャムを使用したソースで楽しむ豚肉料理を提供。
place11 大分県 豊後大野市
料理を作る人、食べる人をつなぐサイト「Kitch Hike」 からの紹介で、「おおいた和牛」や旬の食材を贅沢に使ったフルコースを提供するイベントを開催。知人を介してイベント相談が舞い込むことも増えた。
place12 沖縄県・久米島
島で行われている子ども向けワークショップの中で、子どもたちが料理やお菓子づくりに挑戦するワークショップの講師として関わった。東京では島産の赤鶏を伝える料理イベントを開催している。
『mogmogはうす』オーナー・丸山寛子さんに聞きました。
Q:関係人口になって得たことは?
A:どこにいても、関われる。
東京でも、食を共にする時間をつくり、地域の応援につながる機会を生み出せています。だから、どんな場所でも自分なりの関わり方ができるはず!
Q:関係人口になるコツは?
A:まずは傾聴すること!
最初は相手との心の距離を感じるはず。まずは相手の想いをじっくり聴くことから始めて、熱量を感じながら自分の想いも乗せていくとよいかも。
記者の目
関係人口の現場を取材して。
丸山さんは現地に足を運ぶことや共に過ごす「場」を大切にしている。身近なところに、地域や誰かとのつながりを感じることができると教えられました。軽やかに地域に関わるきっかけになりそうです。