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連載 | 発酵文化人類学

アイヌから継承したサケの発酵、山漬け。 

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北海道の東、標津はサケの町として知られている。海岸から平野に何本も川が流れ込み、1万年前の縄文時代から人が住んでいた形跡がある北海道東エリアのルーツともいえる秘境(エゾシカの大群とか野生のキツネにも出合えるよ)。ここにアイヌやオホーツク文化の名残を残す発酵文化が人知れず残っているんだね。

目次

サケの山漬け

9月から10月にかけて、海でじゅうぶんに育ったサケ(とりわけシロザケ)が川を遡上してくる前後に獲ったサケは適度に身がしまって脂もある。しかもかつては川がサケであふれかえるほどの大漁だ。もちろん新鮮なうちにすべて食べきることはできないので、保存食として加工しなければいけない。大きな魚を保存する時は燻したり煮干したりして保存食にするのが一般的なのだが、この標津では熱を加えず生のまま加工する「山漬け」というレシピがある。

これはどんなものかというとだな。まずサケの内臓を取って身を洗う。塩を何度かに分けて揉み込んでいって塩漬けにしたら、サケを何段にも重ねてその上に重しを積んで水分を押し出していく(目安は3回ほど、数日〜10日ほどかける)。そこから水洗いをして塩を取り去りしばらく熟成させたものを輪切りにして食べる。塩漬けと水抜きと熟成を経ることで生臭さが消え、特有の旨みが出てくる。美味しいんだけど、現代人にとってはハードコアにしょっぱい……! なんとも野趣あふれるレシピなんだよね。

リスクと栄養のシーソーゲーム

僕はこの山漬けの製法に出合った時に「おお、これは北方の狩猟民族の完成された知恵だ!」とめちゃ感心した。なぜかというと「栄養を壊すことなく食中毒のリスクを減らす」という明確なデザインコンセプトが見えたからだ。

よくサバイバル漫画で極限状態に閉じ込められた主人公が生の魚や肉を食べるシーンが出てくるが、あれは農耕によって栽培された野菜がじゅうぶんに食べられない=ビタミン類が不足する状況のなかでのベターアンサーなんだね。肉や魚を煮たり焼いたりして熱を加えると香ばしく美味しくなるがビタミン類が壊れる(ビタミンの種類によるが)。さらに野菜を食べられないとなると、貧血や脚気になって生命に関わる。そこで栄養が壊れない状態の生肉や生魚を食べる。ところが生食にもリスクがある。寄生虫や病原菌(アニキサスとかが有名)。栄養を壊したくないが、食中毒も怖い。このジレンマを解消する知恵として、山漬けのような「塩と発酵によって生のままリスクを取り除く」というデザインを生み出したのではないかと僕は思ったね。腐敗のもととなる内臓を取り去り、何度も何度も塩を塗り込み、さらに重しをして身を強く圧迫することで寄生虫のような小動物や危険な病原菌の繁殖を防ぎ、ついでに生臭さを取り除き旨みもゲットする。よくできてる、よくできてるよ……!

しかも。取り去った内臓も無駄なく活用するんだ。身の脇にくっついている細長い腎臓を掻き出して塩辛にしたものを「めふん」、胃の内容物を取り除いてホルモン状に刻んで同じく塩漬けしたものを「ちゅう」と言う。本体の山漬けも内臓の塩辛も、長持ちする珍味として標津のローカルピーポーのソウルフードとなっている。味噌や醤油や麹、酢がない状態でしかも生のまま保存食にするという、制限だらけの中で生まれたすばらしい食文化だと思わないかい?

アイヌから継承したサケの発酵、山漬け。
アイヌから継承したサケの発酵、山漬け。

 

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