旅をするために仕事をする、という生き方
新大阪駅のカフェから画面に映し出されたゲスト・馬場正尊さんは、セミナーが終わった後すぐに九州へ移動する予定だと言いました。翌日は佐賀の唐津へ、その翌々日には山形へ——。そんな暮らしを何の違和感もなく続けながら、建築設計、教育、不動産流通メディア、宿泊施設の経営、建材の通販サイト……と、多彩な場所でプロジェクトを動かし続けています。
「旅をするために仕事をしているんじゃないかという錯覚にすら陥ることがある」と笑いながら話す馬場さん。そのユニークな活動スタイルと「2拠点思考」について深く掘り下げた、第11回セミナーの模様をお届けします。
「関係人口の最強キーワード」シリーズ、第3回のテーマは「2拠点思考」
一般社団法人日本関係人口協会が4月からスタートさせた連続セミナー「関係人口の最強キーワード」シリーズ。第3回となる今回のテーマは「2拠点思考」です。ホストは協会代表理事で『ソトコト』編集長の指出一正。ゲストには、建築設計事務所・オープンAの代表取締役であり、東北芸術工科大学教授でもある馬場正尊さんをお招きしました。
「2拠点というよりも、もっと多拠点——もしかすると多局分裂思考かもしれない」と馬場さんが冗談交じりに自己紹介したように、その活動の射程はとても広いものです。建築の設計を中心軸としながら、東京R不動産、ツールボックス(建材の通販)、公共R不動産、沼津の公園内宿泊施設「イン・ザ・パーク」、山形のクリエイティブ拠点「Q1」……と、連鎖的に生まれてきたプロジェクトの数々を、馬場さんは「好奇心の奴隷」という言葉で表現しました。
「石を投げて、波紋が広がった先で仕事をする」
本という名のラブレターを世の中に送る
セミナーでひときわ印象的だったのが、「本を作ること=世の中に石を投げること」という馬場さんのメディア観です。
東京R不動産に始まり、公園について考えた『パークナイズ 公園化する都市』、そして発売予定の図書館についての新著まで、馬場さんは定期的に本という「石」を社会に投じてきました。
「ポチーンと石が落ちたら、水の波紋のように影響がふわっと広がって、それに反応してくれた人と一緒に仕事をする——気がつけばそんな仕事のスタイルになっていました」
指出はこれを受けて、「雑誌と単行本とでは、届き方がこんなに違うんだと驚いてきた」と応じます。雑誌が日々の反射を求めるメディアだとすれば、本はもう少し長いスパンで問いを投げかけ、遠くまで届けられる。そして共通の本を読んだ者同士が出会うと、会話なしにすでに通じ合っているような——まるでビートルズのアルバム「アビー・ロード」を何度も聴き込んだ者同士が出会ったような感覚、と2人は笑いながら言葉を重ねました。
「本は世の中に対するラブレターを送っているような感覚です」と馬場さんは言います。その一言が、今回のセミナーの核心を端的に表していたように思います。
「風」と「土」、どちらもいて街はできる
参加者からは、馬場さんのような「風の人」と地域との関わり方について、切実な質問が寄せられました。「外部の方々への頼り方が苦手で、毎回中途半端なアウトプットになってしまう」という声です。
馬場さんの答えは明快でした。「風の人ではあるけれど、責任は取らなければと思っている」というもの。法人を立ち上げ、出資し、リスクも背負う。「一緒に船に乗る感覚」を地域の人と共有できれば、それが信頼の土台になる——そう話す馬場さんの姿勢に、軽やかに見えながら誠実さが宿っていることが伝わってきました。
指出は自らの経験を重ねながら、「その地域に、仕事ではなく釣り竿を持って通ってきた人間だということが、安心してもらえる大きなきっかけになる」と話しました。専門家として乗り込む前に、ただの釣りバカとして油断してもらう。そういう「油断と安心」の関係が、長い目で見てクリエイティブな協働を生み出していくのだ、と。
「風土(ふうど)ってよく言ったもので、風のような人と土のような人、両方いて地域の全体性が成り立つ」——馬場さんがしみじみと話したこの言葉は、参加者の胸に深く刺さったことでしょう。
「気合いを入れすぎない」最初の一歩
「好奇心はあるけれど、最初の一歩が踏み出せない」という質問にも、2人は正直に向き合いました。
馬場さんが勧めるのは「下手の横好き」のまま始めること。誰かと比べず、競争心から離れたところで、大きな失敗をしながら少しずつ慣れていく。一人では気が引けるなら、友人と一緒に動けばいい、とも。
指出は「気合いを入れすぎないこと」と言います。一生懸命になりすぎると逆に失敗するタイプだと自認しながら、「ふわっと踏み出して、間違えたらすーっと引っ込めるくらいの感じで重心をかけていく。本当に担ぎ棒のような感覚で始めた時の方がうまくいく」と話しました。
まとめ——移動が軽くなった先に、関係人口の未来がある
セミナーの最後、共通の問いとして「関係人口が広がった先の未来のイメージ」が2人に尋ねられました。
馬場さんは「移動がもっと軽くなってほしい。お金の流れも人の流れも、もっとダイナミックになっていく」と語りました。複数の場所に税金を納められる制度や、新幹線の年間フリーパスのような仕組みが整えば、関係人口が生み出す経済的・文化的な価値は一気に爆発するかもしれない——そう目を細めます。
「関係の強さや深さをチューニングしていい、という自由がある言葉だと、最初に聞いた時に感じた」とも話した馬場さん。住む・住まないの二択ではなく、「時には土になり、時には風になってもいい」——そんな関わり方の常識が少しずつ変わっていく先に、豊かな未来が待っているのかもしれません。
好奇心の向くままに場所をつなぎ、人と人をつなぎ、プロジェクトを生み出し続ける馬場さんの生き方は、関係人口のひとつの理想形を体現しています。自分も「どこかに通う」ことを始めてみようかと、背中を押してもらえるようなセミナーでした。
本セミナーのアーカイブ動画は、日本関係人口協会の会員の方に限定公開しています。
▶ 詳細・入会はこちら:https://kankeijinko.jp/

















