大阪市大正区に、まちとクリエイターの個性を活かし合うシェア工房・住居として再生された長屋『ヨリドコ大正メイキン』。クリエイターの暮らしを見つめる「大家さん」の目線が、人が集まる場所をつくりました。
突然、「大家さん」になり、空き家活用を考えるように。
小規模な工場や、昔ながらの商店街や住宅が軒を連ね、「ものづくりのまち」として下町の雰囲気が漂う大阪市大正区。このまちの一角に、築65年の長屋型集合住宅だった建物をリノベーションし、クリエイターが集える場所にした『ヨリドコ大正メイキン』がある。
オープンは2017年11月。1階はクリエイターたちが作業をしたり、つくったものを販売できたりする開放型のシェア工房・店舗として、2階はものづくりに携わりたい人たちに向けた工房兼住居として貸し出す。1階では毎週末にショップが開かれるが、それ以外のときにでも近所の人や古い建物の再活用に興味がある人、そしてクリエイターの作品に興味がある人らが集まり、今では大正区の「顔」のひとつとなっている。
この場所を立ち上げたのは、『オルガワークス』代表の小川拓史さんと同・専務の細川裕之さん。小川さんは建物のオーナーで、ほかにも同市北区などに物件を持つ、いわゆる「大家さん」。細川さんはプロダクトやインテリアのデザインのほか、現在は企業のブランディングや人材育成など「広義のデザイン」を手がけるデザイナーで、『オルガワークス』に入社したかたちだ。
小川さんも、もともとは大阪や東京でフリーランスのウェブデザイナーをしていた。30代半ばのとき、親族が経営する不動産管理の会社を父親とともに受け継ぐことになり、会社が持つ不動産物件の「大家」になった。
「親族の会社が物件を持っている『らしい』ということは聞いていましたが、詳しいことは何も知らなかったんです。大家としての経験も皆無でしたし、『何部屋か改築してみたけれど借り手がつかないし、次は何をしたらいいのかわからない』という状態だったときに細川さんと出会いました」
小川さんが目指したい方向性などを聞いた細川さんは、まずは小川さんの会社が所有する北区のビルの空き部屋のプロモーションとして、ワークショップやマルシェの開催を提案。開催のたびに人が増え、最終的にはシェアオフィス『ヨリドコワーキン』をそこでオープンすることになった。2014年11月のことだ。
長屋生活でわかった、クリエイターに必要なもの。
そんななか、小川さんは所有する物件のひとつのことをとくに強く気にかけていた。後に『ヨリドコ大正メイキン』となる長屋と、その南隣のもうひとつの長屋だ。当時は2棟合わせて「小川文化」の北棟・南棟と呼ばれていた。
「築60年超の建物に対して、それまでほとんど放置に近い管理をしていて、ちょっとした修繕は入居者におまかせしていた状態でした。入居者は『そのぶん安く借りられてありがたい』とおっしゃってくれていましたが、私は申し訳ない気持ちでした。金融機関などからは『取り壊しが現実的』といわれましたが、入居者に対する罪滅ぼしのような感情もあって、耐震構造などをしっかり補強し、なんとか残したいと強く思っていました。そんなとき、『ヨリドコワーキン』に通ってくれていたイラストレーターで漫画家の神吉奈桜さんと出会ったんです」
神吉さんは2015年当時、兵庫県たつの市の築100年ほどの民家に住み、週末はギャラリーやカフェとして家を開放していた。小川さんは神吉さんに可能性を感じて、小川文化の南棟に住んでもらえないかと持ちかけてみた。
しかし、部屋はすぐに住める状態ではなかった。困った神吉さんは、「ヘルプ・ミー!」というタイトルで、掃除やDIYを手伝ってくれる人を探していることをSNSにアップした。荒れた部屋で、ひとり寝袋でうつ伏せに寝て力尽き果てたような写真とともに……。
神吉さんはその時を振り返って、「とはいえ、誰も(助けに)来てくれなくても仕方がないと思っていました」と語る。「でも、友達のほかにも、同じ大正区に住んでいるというだけの見ず知らずの人も来てくれました。それどころか、『投稿を見た』と当時の大正区の区長まで来てくれたんです(笑)。大正区って、人情のあるところだなと感じた最初の経験でした」。
無事に部屋を「住める状態」にした神吉さんは、南棟を「人魚棟」と名づけ、イベントを開催したり、食事や銭湯に一緒に行くなどで同じ棟や近所の住人と交流を深めていった。
「ここには古くからの住人が何十年もかけて育んだ日常があります。それまでクリエイターに必要なのは刺激のある生活なのだと思っていましたが、年代や立場が違う人が混在して助け合いながら、穏やかに繰り返される日常のほうが大事だとわかりました」
人の力を引き出すことが、場所への愛着になる。
そんな神吉さんの暮らしぶりを見たこともあり、2017年、小川さんと細川さんは、住人がいなくなった北棟の活用として『ヨリドコ大正メイキン』のオープンを決めた。リノベーションでは、クラウドファンディングで資金や仲間を募り、区役所の地域づくりの担当者や、『大正・港エリア 空き家活用協議会(WeCompass)』も協力してくれた。
立ち上げに際して、細川さんが意識したことがある。「ハード(設備)ではなく、ソフト(人の力)を大事にできる場所にしたい。人が活躍しやすい環境や空気感をどうやったら生み出せるか、今も日々考えています」。
「つくる、売る、暮らす」を一体化したのも、クリエイターの時間的、経済的負担を減らし、一連のサイクルを日常に組み込むことが生産性や創造性向上には必須という思いからだ。また、「入りやすく、出やすい」場所にすることも心がけた。
「人生のいろんな段階や、その人が持っているひとつの側面といったことで『部分的』に関われる場所であることも目指しました。必要なときにそれぞれの『得意』な面で関われることで、その場所に愛着を持てたり、その場所にいる意味を感じてもらえたりするのではないかと」
関わり方のスタンスは地域の人々に対しても同様だ。無理をしてまで招き入れるのではなく、少し離れたところからただ眺める人との関係も大事にしている。
「2年が経ち、コミュニティが成熟したと感じます。今後はここから日本各地、世界へと広がる関係づくりをしたい」と小川さんは考えている。
TENCHOS
こちらも『オルガワークス』が運営するダイニングバー。分業制で、スタッフは自分の得意分野を活かして働ける。
ヨリドコワーキン
大阪市北区にあるシェアオフィス。細川さんが開催するマルシェなどに集まる人がともに働ける場所をつくった。
『ヨリドコ大正メイキン』オーナー・小川拓史さんの人が集まる場づくり3つのポイント
確認したくなるポイントがある。
何が起きているのか、自分で行ってみたいとわからない「何か」があること。「何か」には上手な文章や写真以上の訴求力がある。
会いたくなる誰かがいる。
「この人と話したらおもしろそう」と思える誰かがいること。たとえば神吉さん。話したらどんな人なのか興味が湧く方。
「楽しい」を体験してもらう。
楽しそうな雰囲気はいくらでもつくれるが、自分たちが本当に「楽しんでいる」ことを発信して、交じって体験してもらう。
人が集まって生まれたこと、変わったこと。
大正区の印象が変わった。
まち(大正区)に対するイメージが明るくなり、興味を持ってもらえるように。