名古屋にまたひとつ、個性ある本屋が生まれた。10月13日、名東区の西山商店街にオープンした『Reading Mug(リーディングマグ)』。“子どもたちに多様性を伝える”ことをコンセプトにしたセレクト本屋だ。
店主のキムラナオミさんはグラフィックデザイナーであり、以前からオンライン本屋の運営もしている。オンラインでは「洋書を読む、見る、楽しむ」をコンセプトにしてきたが、実店舗では洋書・和書がバランスよく揃う。この場所で開業したのは、名古屋市主催の地域活性ワークショップがきっかけ。さらに、店づくりの背景には、たびたびイギリスを訪れて現地の本や文化に魅了された体験があった。
キムラさんが伝えたい多様性とは?商店街につくりたかった「場」とは? 開業までのストーリーを取材した。
目次
商店街の空き店舗を改装し、開放的な雰囲気の本屋に。
地下鉄東山線「星ヶ丘」駅から徒歩約15分の場所にある西山商店街。小さな商店街だが、付近にはマンモス校として知られる小学校があったり、マンションが増えていたりと、若いファミリーの姿がよく見かけられる。
商店街の一角に佇む『Reading Mug』。爽やかなブルーの外観が印象的だ。
空き店舗を改装した店内は、明るく開放的な雰囲気。まだまだインテリアなどを充実させていく予定だという。
「子どもの頃に読んだ洋書絵本の美しさに心惹かれた」というキムラさん。イラストやデザイン、雑貨を学んでグラフィックデザイナーになった。ライター・フォトグラファーのパートナーとともに、現在までさまざまな広告制作を手掛けている。フリーペーパーやリトルプレスを制作したことをきっかけに書籍デザインの仕事もするように。ブックイベント「円頓寺 本のさんぽみち」の実行委員として活動したり、オンライン本屋での販売にとどまらずポップアップショップを出店したりと、本への関わりを深めてきた。
イギリスで大好きな古本屋をめぐって、あちこちへ。
店頭には、イギリスで買い付けをした絵本やアートブック、クックブックなどの洋書古本も並ぶ。イギリスを訪れるようになったのは、英語を勉強し始めたのがきっかけだったそうだ。
キムラさん:「過去にニューヨークなどに行く機会はありましたが、そのときはあまり英語が通じず。英語を学んでからあらためて海外に行きたいと思い、イギリスへ。古本屋やチャリティショップをめぐりました」
日本ではあまり馴染みのない「チャリティショップ」という言葉。イギリスはチャリティ活動が盛んで、チャリティ団体が運営するリサイクルショップのような店が数多くあるのだそう。一般市民が寄付した商品をボランティアが販売し、その利益を非営利活動に活用するというものだ。
キムラさん:「店によって品揃えや特色もさまざまで、ボランティアスタッフの人種や立場も多様。本に特化した店もあります。チャリティのしくみが素敵なのはもちろん、オシャレでかわいいアイテムが見つけられるところも好きになりました。特にイギリスの本には、ビジュアル的に“映える”ものも多いんです。Instagramでは『#bookstagramer』などのハッシュタグで素敵な本が紹介されています。ここで人気が出た本がベストセラーになることもあるんですよ。電子書籍が浸透してもモノとしての価値は残っていて、綺麗な装丁の本はギフト需要も多いです」
ホームステイ先のホストマザーとの出会いも、キムラさんのチャリティショップめぐりを楽しいものにさせてくれた。
キムラさん:「ホストマザーも本好きで、私と同じくグラフィックデザインを学んでいたうえに、趣味などの共通点が多かったんです。おすすめのチャリティショップや古本屋、マルシェや蚤の市の情報を教えてくれて、イギリス生活が充実しました。あちこちに足を運ぶうちに顔見知りも増え、買い付けもしやすくなりましたね。英語を使っていろんな人と出会えるのも楽しかったです」
キムラさんのオンライン本屋も「チャリティブックショップ」として運営。『Reading Mug』実店舗でも今後、寄付により集めた本の売り上げの一部をチャリティに活用していく予定だ。
地域活性ワークショップへの参加から生まれた縁。
2020年、空き店舗を活用・再生し、商店街を活性化させる名古屋市の事業「ナゴヤ商店街オープン」のワークショップに参加したキムラさん。事業候補者としてエントリーするのに迷いはなかったのだろうか。キムラさん:「実店舗を持ちたいと物件を探してはいたのですが、ワークショップの参加当初はここで絶対開業するとまでは決意していなかったんです。ただ、こんな素敵な商店街で店を出せたらいいなとは思っていました。こじんまりしていているけれど、商店街内にはおしゃれな店もあって。マルシェイベントに遊びに行ったときも雰囲気が良く、楽しかったですね。それに、元々“商店街好き”でもあるんです。過去には、大須商店街(名古屋市中区)や円頓寺商店街(西区)の付近に住んでいたこともありました。」
小学校が近く、子育て世代が多い。すぐ近くには、子どもたちが集まる大きな公園もある。商店街専用の駐車場もあって、遠方から来る人も車でアクセスしやすい。ロケーションは気に入ったものの、開業するかどうか決める段階では迷いがあったそうだ。キムラさん:「一人で店を始めるには、物件が広すぎたんです。予算的にも手に余る。そこで、場所をシェアできるテナントを募集して、グルテンフリーのお菓子屋『粉粉』さんが入居してくださることになりました。今後、本とお菓子のコラボレーションなどもしてみたいですね。まだまだ店舗スペースには余白があるので、フリースペースとしてギャラリーやワークショップの開催希望者も募集していこうと思います」
ふらっと立ち寄れる空間に、「気づき」のタネを。
キムラさん:「グラフィックデザイナー、多様性、洋書、英語、名古屋市の事業……。『キムラさんには要素が多い!』と言われたこともあるのですが、根底にあるのは、イギリスで本をめぐって歩いた旅の体験ですね。モノを売るだけでなく、本を通じてコミュニティが生まれる場をつくりたいと考えるようになりました。『ナゴヤ商店街オープン』でも地域コミュニティの活性化が求められていて、そこがうまくマッチしたのだと思います」
キムラさん:「ワークショップ参加者から出たのが「図書館とスタバのあいだがいい」という言葉。それだ!と思いました。図書館ほど静かではなく、本に囲まれながらもカフェのようにリラックスできる。本やお菓子を買うだけでなく、わいわい話したり、勉強したり。そんな場所になったらいいなと思います」多くの人と意見交換をしながら試行錯誤するなかで、コンセプトもはっきりしてきたようだ。
キムラさん:「全国有数の児童数を誇る西山学区。小学校だけでなく、中学、高校や大学も多い文教地区です。地域の子どもたち、学生たちに“多様性”を伝えられる場をつくりたい。国籍・人種・性別・文化・歴史・宗教など、世界でも日本でも“多様性”への知識と理解が求められるようになりました。本との出会いから、気づきや思いやりが生まれたらいいなと思います」
キムラさんが“多様性”を伝えたいと考えるようになった背景には、子ども二人の子育て経験があった。
キムラさん:「子どもに対し、多様性や他者への共感を伝えることへの難しさを感じていました。SNSが発達し、インターネット上に情報があふれている現代。どうやって情報を取捨選択するべきか……。たとえば、昔はカルチャーの中で“ゲイ”がサブカル的に扱われたり、閉ざされたものだったりしました。子どもたちが情報に触れられるためには、オープンな場所が必要。ふらっと気軽に来れて、偶然の出会いのある本屋をめざしました」
キムラさん:「逆に、子どもたちに見てほしくない本は置きません。さまざまな事柄を伝えらるように、私も勉強していかなくては。子どもや学生に限らず、店に来てくれる人と気づきを共有できる場になるといいですね。オープンしてから、お子様連れのお客様が通りすがりで入ってきてくれることもあります。リラックスしながら本を読む子どもの姿を見ると感激。本棚の下はベンチになっているので、座って読書をするのにもぴったりです」今後は、読書会やブックトークなどのイベントも企画していくそう。レビュー付きで本の寄付を募る「クラウド本ディング」、本や商店街の話とイベントのお知らせなどを載せるミニ新聞「ニシヤマトリビューン」の発行も予定している。ニシヤマトリビューンはすでに、オープン時に発行準備号も配布した。
コミュニティの場として、また、気づきを探せる場として、『Reading Mug』はこれから地域と一緒に育っていく本屋になりそうだ。
▼Reading Mug
愛知県名古屋市名東区西山本通2-31
月・火定休、11:00〜19:00(「粉粉」は18:00まで)
文:齊藤美幸