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間借りカレー屋で地域コミュニティの一員になる。歯科医が手がける「食べる幸せ」の場づくりとは。

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月に1回、古民家コミュニティスペースを活用して間借りカレー屋を営む原田創さん。振る舞う人を中心に集まるコミュニティで「食べる幸せ」をシェアする。そんな原田さんのもう一つの顔が、この取り組みへの想いを物語っていた。

目次

自分の手作りカレーで、喜んでもらえたから。

鹿児島県南九州市頴娃町。人口1万人ほどのこの町には、地域おこし協力隊がゲストハウスを開業したり、移住者が店舗を構えたりなど、近年活動人口が増加している。築100年の古民家をリノベーションして誕生したコミュニティスペース「塩や、」で、月1回の間借りカレー屋「最後の晩餐までスパイスを」を営む原田さん。月1カレー屋業を開始したのは今年に入ってから。数回の開催で、早くも訪れるお客さんとの顔が見える関係性を築きつつある。

カレー1
スパイスにこだわった原田さん自慢のカレーだ。

きっかけは、このゲストハウスに原田さんが宿泊した時。会話の中で、何気なく自身がカレー好きなこと、作るのも得意なことを話したところ、その場にいた宿泊客やオーナーにカレーを振る舞うことになった。アイランドキッチンの真ん中で原田さんはカレーを作り、それを囲うゲストやスタッフ。お酒を飲んだり振る舞ったカレーを食べたりしながら、居合わせた人同士で人生相談や知恵・経験を分かち合う。何気ない偶然の産物による空間だったが、自らが場を作り、手作りのカレーを他人に振る舞い食べてもらう光景に楽しさを実感した。

初めてのカレー振る舞い
お酒、カレー、原田さんを囲んで、皆で談笑する満たされたひと時。

今後は、鹿児島市内で会員制のシェアキッチンを展開していきたいと考える原田さん。たとえ趣味レベルでも、何か自分の得意なものを振る舞いたい。そしてそれを、良いね、美味しいねと褒めてくれる人がいる。そんな“承認欲求をくすぐられる”ような自身の原体験から、もっと他の人にもこの楽しさを味わって欲しいと思うようになった。また、みんなで食卓を囲む時間がじわじわと減り、孤食が増えている現代社会。時代に合わせて、家族という枠組みを超えた多様な人たちと食卓を囲むような場を求めている人もきっといるはず。以上のような、副業で飲食店を開業するとまでは行かずとも、趣味の範疇で振る舞いたい人と、みんなでご飯を食べたい人、どこかに所属したい人をマッチングさせる会員制のコミュニティを作ることを目標にしている。

「塩や、」外観
コミュニティスペース「塩や、」の表構え。小さな成功体験が生まれた場所。

本業との兼ね合いは…?

原田さんのお仕事は?

さて、このカレー好きな原田さんは一体何者なのだろう?職業を尋ねてみたところ、彼から返ってきた答えは「歯科医師」。そう、原田さんはまちの歯医者さんだった。勤務先の「太田歯科医院」は、歯科訪問診療センターやデイサービスなど多角的に手がける「医療法人仁慈会」が運営する。

歯科医師としての原田さん
現在、大学時代を過ごした鹿児島県で歯科医師を務める原田さん。

長崎県出身の原田さんは、鹿児島大学に進学。卒業後は長崎県に戻り、歯科医師としてのキャリアを歩んでいた。しかし、もっと訪問診療に主軸を置きたいという想いに駆られ、再び鹿児島へ。歯科訪問診療における食支援に熱心に取り組むことで有名な「太田歯科医院」の院長を務める太田博見さんに弟子入りした形だ。

そもそも、歯科の訪問診療と聞いて、どのようなことが行われるのかイメージできるだろうか。訪問診療の主な対象となるのは、医院を訪れることができない高齢者や在宅療養者の方々である。私たちが毎日何気なくやっている歯磨きは、実はとても巧緻性の要る作業。訪問した歯科医は、困難になりやすい口腔内環境のケアを支援し、安全に食事をサポートする。

また在宅医療の現場では、入れ歯が合わない、噛むことが出来ない、飲み込みに問題があるなど、咀嚼や嚥下に障害を抱える人が大勢いるとのこと。訪問時には、院内で可能な診療と同等レベルのものを提供し、患者さんのお食事の環境を整える支援をしたり、介護士や栄養士などの多職種との連携を図ったりして、患者さんの「食べる」幸せの実現を支援する。同院では、7名の歯科医師と歯科衛生士・歯科助手・管理栄養士たちがともに医院から地域へ訪問診療に出向き、一日合計100人ほどの患者を診るといった規模で展開しているのだ。

長崎で歯科医を務めていた時にも、食を入り口にした活動をしていた。「ちゃぶだいモーニング」と名付け、同世代の仲間と企画して不定期開催。朝ごはんを食べるという行為を、いかに楽しく、面白く、かっこよく見せるかがテーマだった。しかし、その時の原田さんは歯科医のなりたて。自分のキャリアや軸を確立させることに注力していたため、可能な範囲で活動していた。

ちゃぶだいモーニング
広場にちゃぶ台を持ち出して朝ごはんを囲む。

 

また、学生を卒業してすぐに「先生」と呼ばれるポジションになった原田さん。患者さんのためにと、知識や技術の向上に励む一方で、気が付けば専門分野という狭い世界の中でしか語ることが出来ない人間になっている。そんな感覚に苛まれていた。職人や専門家として、その分野を深掘りしていく重要性を理解していながらも、医療を届けていく地域住民との感覚のズレや乖離に怖さも感じていたという。

どうしたら地域住民や患者さんとの感覚のズレを少しでも埋めていけるか、そう考えていた時に原田さんが出会ったのがコミュニティナースだった。まずは、コミュニティの中の
一員として個人が立っており、その先に専門性がある。職業や資格ではなく、その人の在り方が先行していた。その姿に憧れて、医院を一歩出たら「先生」という立場ではなく、「住民」になることを考えた。医院ではない、地域コミュニティの中で自分は何者になるかという問いが自然と芽生えていた最中、その手段として偶然生まれた「カレー屋」が原田さんの中で役にはまる感覚があった。

カレー屋の原田さん2
原田さんのカレー屋としての顔。

歯科医ではなく、まずは原田創でありたい。

自ら健康に関する情報を得ようと動ける人は、そもそも健康に向けた行動を取りやすい。しかし、原田さんが相手とするのは、大多数がそこまでの道のりが遠い人たちだ。地域住民の中に原田さんがいて、その人がたまたま歯科医だったという図を描きたい。月に1回美味しいカレーを食べに行けるし、歯の健康についても気軽に聞くことができる。そんな友達感覚で肩肘張らずに歯科医と繋がれるような、楽しさを入り口にする必要があったのだ。

カレー屋コミュニティの風景
いわば「コミュニティ・デンティスト」のような、まずはカレー屋で地域の身近な存在になる。

月1カレー屋にやってきてくれるのは、周辺の地域住民がほとんど。大きな告知をせずとも、近隣の人たちがワイワイと集まってきてくれるらしい。中には、いつも食べに来てくれる常連さんが、高齢で外出ができない母親に食べさせたいからと言って、テイクアウトでカレーを提供することも。地域住民の出かける口実になり、繋がるきっかけが集う場になっていた。

最後まで美味しく食べること、家族や友人などの愛する人と一緒に食べることの支援が原田さんの目指す場所。職業の歯科医としては、専門的な側面からアプローチができる。では、歯科医としてではなく、原田創という人間として自分は何ができるだろうか。そう考えた時に、カレーを振る舞う、場を作るなどの、食べることの幸せが内包された文化を地域コミュニティの中で醸成していきたいという考えに至った。それは、しっかりと自分の口で味わってご飯を食べることが、生きる幸せを実感する瞬間だと知っているから。

カレーを作る風景
月1カレー屋の屋号は「最後の晩餐までスパイスを」

いくつになっても美味しく健康に食事がいただける、人生にスパイスを加えるような原田さんの場づくりは、まだ始まったばかりだ。

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