ブルワリーにゲストハウス、アートな活動拠点……。
「神津島っておもしろい」
そんな風に思われる環境を、今まで以上につくっていくために。
東京は、実は広い。
山もあれば海もあり、島もある。
小笠原諸島を含む、11の有人島のうちのひとつ、神津島が、今、なにやら熱い。
島のいたるところで、なにかが起こりそうなうごめきが、生まれています。
ブルワリーにゲストハウス、アートな活動拠点……。
東京・港区の竹芝残橋から高速ジェット船でおよそ3時間45分。飛行機なら約45分で行くことができる伊豆諸島のひとつ、神津島。近年、島にはオリジナル・クラフトビールをつくるブルワリーや、新しいゲストハウスができ、島の中心部には、元・中華料理屋をリノベーションした「新しい拠点」がまもなく誕生しようとしていた。
こうした“うごめき”の中心にいるのが「神津島を知る・学ぶ・楽しむ、暮らしやすくする」をテーマに、2015年に発足した、『神津島盛り上げ隊』だ。また、元・中華料理屋をリノベーションした「新しい拠点づくり」は、そんな彼らが取り組むアートプロジェクトのひとつ、「HAPPY TURN/神津島」によるもの。島を訪れた4月後半、6月2日のプレオープンに向けての準備が着々と進められていた。
幅広い世代が島と関わる場所と仕組みをつくる。
「新しい拠点」があるのは役場や小学校にもほど近い、村の中心地の一角。通りに面したサッシを取り払い、透明な波板が取り付けられているため、見通しがいい。放課後に子どもたちが寄り道をして、まだ何もない施設内で遊んだり、宿題をしたり、自由に過ごしている。「この場所で何をするかは、場を開きながらみんなで考えていきたいと思っているんです」と言うのは、『神津島盛り上げ隊』であり、「HAPPY TURN/神津島」のメンバーである飯島知代さん。「島の人たちと一緒にやりたいことを伝えあって考えていく、その過程を大事にする場所にしていけたらと考えています」。
「HAPPY TURN/神津島」は、東京都の芸術文化政策のもとで事業を実施する、アーツカウンシル東京の「東京アートポイント計画」のひとつとして実施されているプロジェクトだ。島外からアーティストを呼ぶなど、これまで島になかった視点や価値観を加えながら、島内外の幅広い世代が島と関わるための場をつくり、仕組みづくりの実践を目指している。
いろいろな視点を取り入れながら、新たな価値観を生み出していく。
DATA09 ● 「HAPPY TURN/神津島」新拠点
東京都神津島村998 (旧・常吉亭)
http://happyturn-kozu.tokyo
このプロジェクトの骨格となっているのが『神津島盛り上げ隊』理事長・中村圭さんの「かっこよく島にターンする人を増やしたい」という強い思いだ。神津島出身で現在30歳の中村さんは、高校から島を出て大学に進学後、本土で就職したのち、2015年に地域おこし協力隊の隊員として約10年ぶりに帰島した。「僕は帰ってくることを前提で島を出ましたが、Uターンできるのにしない人もたくさんいます。帰っても何もないと思っている人が多いんです。だから、島のことをもっと知ってもらいながら、島を楽しくしていきたい」。
そうした思いのもと『神津島盛り上げ隊』では、島の子どもたちに絶滅危惧種「カンムリウミスズメ」の観察会を行ったり、海から見た島を知ってもらうため中学・高校生を対象としたダイビングをする機会を提供したり、高校生と島を学ぶ授業を企画したりと、島での教育に力を入れている。また、「HAPPY TURN/神津島」では、島内で暮らす人はもちろん、島外にいる神津島関係者、そして島暮らしに興味を持つ人たちを、積極的に巻き込んでいく予定だ。
「20〜30年先を見据えて、島の将来を支える人をつくっていけたら。そこから新しいものが生まれ、楽しく、そして稼いで暮らせる島になるといいなと思います」と中村さんは思いを語る。
「ターンには向きを変えるという意味もあります。新しい価値観に触れる機会をつくることで、何が生まれるか」と話す飯島さんは、栃木県出身で元・小学校教員。夏に海の家を手伝ったことをきっかけに、『神津島盛り上げ隊』のメンバーにと誘われた。ボランティア活動をしながら世界を旅した経験から、「いつか異文化に触れる教育を行いたいと思っていたのですが、新しい価値観を取り入れてみんなで考える『HAPPY TURN/神津島』も異なる文化に触れること。これまでにない価値観を受け入れてもらうのは簡単なことではありませんが、考えることを大切に、焦らずやっていきたいと思います」。
「誰かがやってくれればいいな」では何も生まれない。
神津島は夏になると、多くの観光客がやってくる繁忙期を迎える。その期間は誰もが目が回るほどの忙しさ。そのため、「○○ができたらいいのになあ」と思うことがあっても、「誰かがやってくれればいいのにな」で終わってしまうことが多いという。
2017年にスタートしたクラフトビール工房『Hyuga Brewery』代表の宮川文子さんもそうだった。お酒の卸売りを家業にしていた宮川さんは、「島にはおいしい湧き水があるのだから、誰かビールをつくればいいのに、もったいないなあって思っていました」と振り返る。
結局、自分でつくるしかないと思い立ち、数々の困難を乗り越えてレストラン併設のブルワリーをオープン。明日葉など島の素材を原料に、湧き水で醸造したビールが常時4〜5種類あり、島内外の人で賑わう場所になっている。さらに、島のよさを多くの人に知ってもらえたらと、キッチンカーを導入して島外での販売をスタートした。
移住者も活躍している。古谷亘さんは2018年3月の移住と同時に、山と夜の星空ツアーを行う『Full Earth』を開業。もともと小笠原やニュージーランドなどで、ネイチャーガイドをしてきた古谷亘さんは、「星空ガイド」ができる場所を探して神津島へと行き着き、島で唯一の「星空&天上山ガイド」が誕生した。
「神津島はみんなが顔見知りのような感じで、和気あいあいとした雰囲気がいい。当初、島の人からは『ガイドだけで食べていけるの?』と心配されましたが、標高572メートルの天上山は低山ながら、遷移の過程で標高2000メートル級の雄大な景観が広がっていたり、多種多様な植物が分布しているおもしろい山。ここでならやっていけると思いました」と古谷さん。島は外来種の影響をほとんど受けていないことが特徴的だ。「神津島での経験は日常へと持ち帰れるもの。島で触れたことで自然を好きになって、自分の土地にもある当たり前の自然に気づくきっかけになればいいなと思っています」。
「ここでやりたい」と思われる島に。
島を楽しい場所にしたい。思いを形にしている人たち。
旅人と島をつなぎ、思い出を未来へと残す。
小林正吾郎(ゲストハウス シヨウゴロ)
DATA10 ● ゲストハウス シヨウゴロ
東京都神津島村124
https://shiyougoro.com
ここでしか飲めないビールをつくりたい。
宮川文子(Hyuga Brewery)
DATA11● Hyuga Brewery
東京都神津島村142-1
http://tousyosyuhan.com
身近な自然のおもしろさを気づくきっかけに。
古谷 亘(Full Earth)
DATA12● Full Earth
東京都神津島村内
www.full-earth.com
現状をよくしたいという思いが周りを少しずつ変えていく。
絶対的なプレイヤーが少ない神津島には、まだまだいろいろなことができるポテンシャルがある。「でも、空き家がないから、積極的に『移住してください』と言えない現状もあるんです」というのは、『ゲストハウス シヨウゴロ』のオーナー・小林正吾郎さん。練馬区で営んできた家業の写真屋をたたみ、「永住できる場所になれば」として神津島の地域おこし協力隊へ応募、2016年に移住した。
2017年の春、昔民宿をしていた物件に運よく出合えたため、リノベーションして翌年にゲストハウスをスタート。そして今年春、移住4年目にして神津島村議会議員になった。「前回の村議会議員選挙が定数割れだったと聞き、無投票で決まるのはよくないと思いました。また、移住者だからこそ何かできることがあるのではないかと立候補しました」という小林さん。移住してまだ数年ということもあり、難しいかと思っていたが、蓋を開けてみるとなんと当選。「選挙活動はほとんどせず、”Uターンと移住の促進“”閑散期の観光客増加“を選挙公約に掲げました。私が選ばれたということは、島の中で『現状を変えたい』と思う人が少なからずいたからだと感じました。移住者の代弁者にもなれればと思っています」。そんな小林さんは、『神津島盛り上げ隊』の役員も務めていて、「HAPPY TURN/神津島」プロジェクトも陰ながら支えている。
同じく移住者である飯島さんは「潜在的な空き家はあるけれど、知らない人には貸せないという状況。近い将来『HAPPY TURN/神津島』でお試し移住をできるようにして、島の人たちとの距離を縮めながら、『この人になら貸してもいい』という状況をつくりたいと思っています。島は年中人手不足と聞くし、島だからできることがたくさんある。『自分のやりたいことを神津島でつくる!』くらいの人がやってきてくれるとうれしいです」。
移住者と島出身者がともに育む、島の新たな暮らし方。これからも新しい風が吹きそうだ。