「山であそぶ」というと、どんなことを思い浮かべるだろう? ハイキングやキャンプ、BBQ、虫とり、木のぼりなど、きっと思いつくものは人それぞれ。近年のキャンプブームや山を買うという選択肢が話題になるなかで、思い描いた山あそびがすべて叶う場所が、宮崎にある。山をまるごと貸し切って自由にあそぶ――東京出身の外山泰祐さんは、そんな夢のような場所づくりに挑んでいる。
山を独り占めして、あそぼう。
宮崎県の南部、太平洋に面して位置する日南市は、多くのサーファーに愛される青 く美しい海と、飫肥杉の山々に囲まれた自然が豊かなまち。この日南市で今年8月にオープンした「Rental Mountain YAMA」は、山をまるごと貸し切ることができる新しいあそび場だ。宮崎空港から車で50分ほどの場所にある山の上には一軒のコテージがあり、その周辺にある広大な土地とともに貸し切ってあそぶことができる。バーベキュー台のある見晴らしの良いデッキをはじめ、ピザ窯やバーカウンター、五右衛門風呂などもあり、利用する人にあわせてさまざまなあそび方ができる。
日南で、人がいないセブ島を作りたい。
「Rental Mountain YAMA」を運営する外山さんは、2019年2月に移住し、宮崎県日南市へやってきた。きっかけは、2年前に友人をたずねて初めて日南市を訪れたときのこと。もともとフィリピンのセブ島が好きだったという外山さんは、日南の美しい海をはじめとする豊かな自然に心を惹かれた。
外山さん「日南はセブ島にも負けてないのに、正直なところ観光が全然盛り上がってないように感じて。僕は人混みが苦手で『人がいないセブ島があったらいいのに』と思ってたんです。日南ならそれを実現できるんじゃないかと思いました。それで、じゃあ自分がやろうかなと思ったんです」
もともと旅行好きだったこともあり、観光業で起業したいという思いを持っていた外山さんは、そうした思いから宮崎での起業を思い描くようになる。
当時、会社員として埼玉で働いていた外山さん。帰ったあとも、やはり宮崎のことが心に残っていた。自分のなかでうっすらと起業のイメージができあがりつつあったとき、会社から転勤の知らせが届く。「このタイミングしかない」そう思った外山さんは、これをきっかけに会社を辞め、宮崎で会社を起こすことを決意。突然のことに驚きながらも、以前から「起業したい」という思いを知っていた家族も宮崎への移住を理解してくれた。
外山さんのこうした決断を後押ししたのは、日南市から起業サポートの話があったことも大きい。もともと県外からの移住や起業にも積極的な日南市。実際に相談に行くと、歓迎されているのを肌で感じた。さらに、地域おこし協力隊の制度で1年間サポートするという話もしてもらえた。
外山さん「僕としても、いきなり宮崎に行って起業したところで、地域の人にはなかなか理解してもらえないと思っていたので、1年間ちゃんと行政の顔を持って信用を得ることができるのは大きかったです。その後押しがあったから、行けるかなと思えました」
地元からの期待にギャップを感じたことも。
実際に移住してからは、地域おこし協力隊として市内の観光業に携わりながら、徐々に地域に馴染んでいくことができた。日南市には県外からの移住者も多く、地域のなかでも「よそ者」という感覚はないと感じているという。とはいえ、地域に関わり始めた最初のうちは、やはり大変なこともあったと振り返る。
外山さん「僕がもともと大きい会社で珍しい仕事をしていたのもあって、地元の方からいろんな期待をされていたんです。その期待と僕がやろうとしていることでギャップがあったりして、少しギクシャクした時期もありました。でもそれは、根気よくコミュニケーションをとることで解決できたので、それからはまったく問題ないんですけどね。こういうことは、きっとみんなあるんだろうなと思います。最初の3ヶ月くらいは、ほかの移住者の方もやっぱり苦労するところはあるみたいです」
外山さん自身、移住をして地域おこし協力隊になったのも、起業という目的があったからこそ。貴重な人材に地元の期待やイメージも膨らんだが、しっかりと自分の考えを話すことで、地元の人の理解や信頼を得られた。さらに、地域のなかでつながりを作るのには、協力隊の任期中に地元のNPO法人へ出向になったことも大きかった、と話す。
外山さん「僕がラッキーだったのは、地域おこし協力隊のときに地元のNPO法人に出向になって、そこの人たちがいろんな人を紹介してくださったんです。やっぱり地域活動とかからつながろうと思うと、けっこう大変で。地元の人脈が広い、ハブとなっている方と仲良くなってからは一気に広がりましたね」
そんな外山さんの姿からは、本来の自分を抑え、無理をして地域に入っていく必要はないということがよくわかる。丁寧なコミュニケーションを取っていれば、自然と関係性はできていくもの。手当りしだい地域活動に参加するよりも、一人ひとりとの関係性をしっかりとつくることで、また新しい人を紹介してもらえた。地域のつながりは、そんな積み重ねでできているのだろう。
ほかの移住者との交流も。
また、移住者の多い日南市では、何かしらイベントに行けばほかの移住者とも知り合えた。日常的に移住者同士の交流もあり、知り合いを増やすのにはまったく困らなかったそう。サーフィンを目的に移住してくる人が多く、外山さんもまわりに教えてもらいながら、最近は仕事前のサーフィンを楽しんでいるとか。
そうしたライフスタイルの変化もあってか、関東で会社員として働いていたころよりも、気持ちに余裕が持てるようになったと感じている。まわりの人も時間に追われて過ごしている人は少ない。ゆったりとした南国らしい空気のなかで過ごすうちに、自分自身の考え方もより楽観的になったと感じるそうだ。
山のオーナーとの出会い。
そんな外山さんが「Rental Mountain YAMA」をオープンさせたきっかけは、日南市からこの山のオーナーを紹介してもらったこと。1年間の地域おこし協力隊の活動も後半に突入していたころ、市から「山を売りたい、貸したいというオーナーがいる」と相談を受けた。もともと、旅行会社を立ち上げ、日本の自然を生かしたあそび場を作りたいと考えていた外山さん。起業に向け、一度は日南以外の場所も見てみようかと検討していたときに、この山に出会った。
外山さん「たしかに日南は海も山もキレイだけど、日本ならそういう場所はいっぱいある。結局決め手になるものがなくて、旅行会社を作っても本当に宮崎に人が呼べるのかと悩んでいました。そしたら、その山の話が来て。見てみたらすごく良い山だったので、なにかできないかと考えたときに『ひと山まるごと貸す』っていうコンセプトを思いついたんです。これだったらいけるかもと思って、『やっぱりここだな』と思い直しました」
そんなご縁に導かれ、この場所からスタートすることを決意。地域おこし協力隊の活動と並行して少しずつ動き出し、任期が終了した今年4月から正式に会社を立ち上げ、コテージや山の整備など本格的な準備が始まった。
崖のぼりや森林セラピーも!山あそびは自由
開業準備には、「自分もなにか新しいことがしたい」という地元の若者たちも参加。それまで外山さんが築いてきた地元の人とのつながりのなかで、「こんなおもしろい子がいるよ」と紹介された若者たちが約40名ほど集まり、一緒になって作業を進めたのだそう。
外山さん「やっぱりこのままじゃなくて、日南で新しいことをしたいと思ってる若者はいるんです。でも、なかなか外を見たことがないからこそ、なにをすればいいかわからないという人も多くて。それで、僕が今考えてることをいろいろ話したら『それ、おもしろいからぜひ一緒にやらせてください』という子たちが集まってくれました。オープンした今も、設営や整備などを一緒にやってくれています。すごくありがたいですね」
集まったメンバーは、大工や農家、サンゴの養殖、バーテンダーなど、職業も年齢もバラバラ。メンバーそれぞれが本業を持ったまま、仕事の合間を縫って作業に参加してもらった。そうしたことで、それぞれの技術や知識、個性がかけ合わさり、さまざまなアイデアが生まれたという。「日南でなにかおもしろいことがしたい」そんな若者たちの希望とともに、「Rental Mountain YAMA」は完成した。
あそび方は、自由。
そうしていよいよ今年8月から開業。夏から順調に予約も入り、すでに多くの人に利用されている。この山でのあそび方は、とにかく自由。コテージに併設されるデッキで、見晴らしの良い絶景を眺めながらバーベキューをするも良し、ハンモックに揺られてのんびり過ごすも良し、あるいは、山へ出かけて虫とりやハイキングを楽しんだり、コテージの前の広い平地で子どもたちと追いかけっこをしてあそんでも良い。
「Rental Mountain YAMA」が目指すのは、利用する人が自由にこの場所でのあそび方を考えてもらうこと。施設には、レジャーを楽しめるさまざまな道具や設備も用意されているが、決まったサービスやおもてなしがあるわけではない。自分のアイデアで楽しみ方を見つけて欲しい。そんな思いが込められている。
とはいえ、「自然のなかであそぶ」と言っても、なにをして過ごしたらいいのかわからないという人も多いかもしれない。東京で生まれ育った外山さん自身も、地元の人に教わりながら少しずつ山でのあそび方を覚えているところなのだと話してくれた。
外山さん「僕も地元の人に教わりながら、タケノコやきのこを採ったり、虫とりしたり、あと猿を追い払ったり(笑)、山のあそび方を覚えているところです。サーファーの先輩も自然のなかであそぶ達人で、崖を登ったり、自然のなかで宝探ししたり、ちゃんと自然の危ないところを知り尽くしたうえで、子どもたちにあそびを教えているんですよね。でも今、なかなかそういうことを教えられる人っていないじゃないですか。だから、そういうあそび方も突き詰めていって、いずれはアクティビティとして提供したいなと思っています」
こうした自然のなかであそべるアクティビティは、今後外山さん自身が案内をするほか、周辺のガイドツアーなどとも連携しながら、日南を存分に楽しんでもらえる仕組みを作りたいと考えている。そうすることで地元にも利益が還元され、地域にも喜ばれる事業にしたいのだという。
現在は、地元の苔ガイドツアーや森林セラピーが体験できる団体と連携しており、このほかにも山あそびのアクティビティなどを増やしていく予定。さらにこれからは、山以外にも島や川をまるごと貸す構想もあるそうで、行政とも連携しながら、すでに場所の候補もいくつか出てきているのだとか。そんなふうに「まだまだやりたいことはたくさんある」と外山さんは話す。
“生きている”感覚を取り戻したい。
このように、外山さんが自然のなかであそぶことにこだわるのは、なぜなのだろうか。外山さん自身、もちろん自然が好きという思いもあるが、それよりも、都会で感じていた「生かされている」という感覚が大きかったと話してくれた。
外山さん「結局、都会にいると『生きてる』というか『生かされてる』っていう感じがしてたんですよね。特に、あそびや仕事においてそれを感じてて。毎日、満員電車に乗せられて、都会のあそびも消費型というか、楽しみ方が決まってるじゃないですか。だからそれに慣れちゃってて。自分で本当に生きてるのかなっていう感覚が自分自身もあったけど、けっこうそういう思いを抱えてる人はいると思うんですよ。そういう『生きている』感覚を取り戻すという意味では、あそびでクリエイティブを取り戻すのがいいのかなと思ったんです」
自然のなかでのあそびは、自分で考えなければいけないことも多い。なにをするかはもちろん、周辺の安全確認も含めて、自分で選択することはたくさんある。しかし、サービスとしてすべて提供されるエンターテイメントは、自分で考え選択することはとても少ない。ただそこに行けば、だれかがもてなしてくれて、楽しみ方を教えてくれる。
「Rental Mountain YAMA」では、だれかが作ったものを楽しむのではなく、自分自身でその楽しみ方に気づいたり、身体を動かしてあそび方を見つける。そういう体験を通して、自らの人生を生きている実感を取り戻せるのではないか。自然豊かな宮崎から、そんな価値観や自然の魅力を発信したいと考えている。
外山さん「僕はよく『日本一楽しい場所を日南に作りたい』って言ってるんですけど、別にUSJとかディズニーランドを作りたいわけではなくて。楽しいことを自主的にできる人たちが集まる場所にしたいっていう意味なんです。その舞台としての“自然”で。正直、自然は危ないところもあるので、なるべく安全に自然を楽しめる施設を提供したい。そのなかで、利用してくれるお客さんのあそび方に毎回びっくりするのが、僕の理想です」
エンタメは、自分たちでつくる。
外山さんが目指すのは、自然のテーマパーク。日南に来れば、サーフィンも、カヤックも、山あそびもできる。そんなふうに自然のなかでなんでもできるあそび場を目指している。そしてそれは、「だれかに楽しませてもらう」のではなく「自分であそびを見つける」場所。そうやって自然のなかであそんでみることで、久しぶりのワクワク感に出会うかもしれない。
たまには携帯電話もPCも置いて、思いっきりあそびに出たいものだ。あなたなら自然を独り占めできるこの場所で、どんなふうにあそぶだろう? 想像力を膨らませて、遊んでみよう。