やりたいことをとことん考えたとき、海外経験豊富な20代の2人が起業した場所は秋田だった

やりたいことをとことん考えたとき、海外経験豊富な20代の2人が起業した場所は秋田だった

昔食べたあの懐かしい味。いつも身近にあった当たり前の味。農家の高齢化や農業の担い手不足が原因で、食卓から遠ざかってしまった食材があります。地域で作られてきた伝統野菜もその一つです。すでに一度栽培が途絶えてしまった秋田県横手市の伝統野菜「沼山大根」の復活にかけるストーリーを卒業制作として映像化したのが、当時秋田市の大学に通っていた栗原エミルさん24歳と、松本隆慈トラヴィスさん22歳。2人の作品は数々の映像賞を受賞しました。そしてこの映像の存在が、就職や海外への進学を考えていた2人にこの先どう生きるかを問い、2人の未来を変えました。



一本の映像が人生を変えた


栗原「去年の今頃、まさか自分が秋田で起業するとは思っていませんでした。1年で180度人生が変わった感じ。人生って本当に面白い」


1年前、栗原さんはメキシコに向かう船の中。松本さんは海外の大学院に進むための準備をしていました。
起業のきっかけとなったドキュメンタリー映像『沼山からの贈りもの』は、映像制作を趣味としていた2人が、卒業のきっかけに何か残そうと作ったもの。秋田を離れる前にと思い制作した映像が、まさか2人を秋田に引き止めることになるとは。本人たちにとって想像もしなかったことでした。


カメラを持つ栗原さん 
栗原エミル 24歳 京都出身。ドイツ人の父と日本人の母を持つ。国際教養大学卒。留学経験も豊富で、キプロス共和国に留学時に撮影技術を学ぶ。小さい頃から好奇心が旺盛で、コミュニケーション能力に長け、「沼山からの贈りもの」では、監督やプロデューサーを務める。


トロフィーを持つ松本さん
松本隆慈トラヴィス 22歳 札幌出身。オーストラリア人の父と日本人の母を持つ。国際教養大学卒。弁論や論文制作を得意とし、大学在学中はカナダのトロント大学に留学。幼い頃から社会正義に深い関心を持ち、弱者に寄り添うにはどうしたら良いかを考え育つ。「沼山からの贈りもの」では、撮影監督と編集を担当。

秋田を代表する漬物、いぶりがっこ用の大根として日本一美味しいといわれた幻の大根「沼山大根」
栗原さんと松本さんは、一度途絶えた大根の栽培を復活させようと奮闘する3人の男性に出会い、その熱意や生き方に共感し撮影にのめり込んでいきます。


沼山大根の復活させた3人
沼山大根の復活を成功させた3人のキーマン
沼山大根
一度は栽培が途絶えた横手山内地区の地大根「沼山大根」

松本 「農業人口が減るなどの理由で農業が大規模化する中で、大型農業に向いていない伝統野菜のようなものがなくなってきてしまっていることを知って、農と食のあり方を変えていかなくてはならないというメッセージを映像を通じて届けたいと思ったんです」


『個人の消費者としての食への向き合い方』と『国や社会としての農を取り巻く産業構造』をセットで考え直さなくてはといけないという結論に行き着いた2人は、何度も生産者の畑に足を運び丁寧に物語を紡いでいく中で、自分たちのメッセージを強く打ち出すにはどうしたらいいか試行錯誤を重ねました。


様々な人の助けもあり完成したドキュメンタリー映像は、全映協グランプリ2020最優秀賞・文部科学大臣賞など数々の映像賞を受賞。


2人は大きな手応えを感じました。


松本 「これまでは、人生でやりたいことや理想の社会について身近な人と想いを語るだけだったんですが、実際に手を動かして伝えたいメッセージが映像になったことに快感やワクワクを感じました」


雪の中トロフィーを持つ2人


当時、大学生だった2人は、独学や留学先で撮影の技術を学び個人事業として映像制作をしていました。


栗原 「最初は、『お金がなくても、食事が毎食納豆ご飯でもこの映像を世に出したい』という思いがあったんですけれど、やっぱり毎日納豆というのはさすがに辛くて。他のアルバイトをしながらでもドキュメンタリーを撮っていこうかと思っていた時期もあったんですが、その後考え方に変化があり、毎日2人でビジネスのフレームワークについてとことん話をした結果、映像ビジネスとして収益化を模索していこうということになりました」


悩みながらも収益の見通しがたった昨年12月に法人化に漕ぎ着け、映像制作会社「株式会社アウトクロップ」を設立。秋田市に事務所を構えました。
今は、企業の広告なども含め様々な映像制作とドキュメンタリー制作の両方を業務とし、会社組織として収益の安定化を図っています。今後は、中長期的に自分たちがやりたいことと収益化のバランスをどう取っていくのか。様々な課題と葛藤を抱えているのも事実です。


栗原 「卒業してすぐに会社を立ち上げたので、技術力などに対してどうなんだって懐疑的に思われることも多いんですが、作品で賞を取ったりすることが信頼に繋がると思っています。映像のクオリティを客観的に証明するのは大変なことだと今更ながら感じています」


田んぼの中で撮影する栗原さん


シェアハウス
栗原さんが住むシェアハウス「すきまかぜ(好間風)」実際、隙間から風が吹き込む。2人が深夜までお酒を飲みながら語り明かした2人の原点。

秋田で起業した理由


ところで、豊富な海外経験を持つ2人がなぜ秋田で起業したのか。その理由は単純に2人が出会った大学が秋田にあったことと、あたたかい周囲の人達との出会い。そして、何より秋田には発信すべきものがたくさん眠っており、それを広く発信しなければという使命感です。


松本 「都会には発信をする人が多くて情報過多な面があるけれど、秋田は発信する人が足りないのに、発信しなくてはいけないものが多いと思います。伝統や先人の知恵が後世に伝わっていかないことや、高齢化でコミュニティや地域の持続性が担保されないことなどに対し、発信を通じて出来る事はたくさんあるはず」


とはいえ内に熱いものを秘めた2人にも秋田の冬は厳しく、取材したこの日、寒さで自宅の水道管が破裂してお風呂に困っていた松本さんは、桶にお湯を溜めて凌ぐサバイバル生活でした。


寒い時活躍のブランケット
寒い時はこのブランケットに首までくるまりながら編集をする。
杉の一枚板の机
スタジオにある秋田杉の一枚板の机は、応援してくれる地元の方がクレーンで吊り上げて窓から入れてくれたプレゼント。とにかく周りのあたたかいの応援に感謝している。

さらに、撮影中2人を大いに悩ませたのが秋田の方言です。


松本 「89歳のおじいちゃんに話を聞いたときに、30分間のインタビューでトータル30秒ぐらいしか意味が分からなかったんです。ずっと頷いていましたが、会話のキャッチボールどころかバッティングセンターみたいな感じで。でも、『お茶っこ飲んでけー』って言ってくれて本当にあったかい気持ちになりました」


見えない物語を魅せる


社名の「アウトクロップ」は、地質学に由来する言葉で、「大地に埋まっている原石や鉱石などが、なんらかの要因で表土に出てくること」を意味します。


人、もの、ことの本来の価値が、表面的な情報に惑わされず正しく評価されるためには、何をどう伝えればいいか。地域に眠っているものの価値に気づき、映像で可視化していく。「見えない物語を魅せる」が2人のキーワードです。


松本 「もともとは、ハーフという自分自身の境遇をマイノリティだと感じていて、社会弱者に寄り添うためには、そういう社会をつくるにはどうしたらいいかをずっと考えていました。学者になって論文を書いて社会を内側から変えたいと思いましたが、実際に映像を撮ってみたら社会にインパクトを与えるのに映像という方法が自分に合っていると実感したんです」


そんな2人だからこそ、日の当たる場所ではない周りから忘れ去られたものや、日の目を見ない存在などに心が動くのかもしれない。


雪の中撮影する松本さん


沼山大根の復活にかける人々の想いを追いかける中で、農業のあり方や、現代を生きる自分たちの生き方をも問い直す経験をした栗原さんと松本さん。そんな2人が制作した映像は、「私たちが今無くしつつあるものは何か」と切実な想いを見る者にストレートに問いかけてきます。


松本 「従来のメディアが取り上げないものをアウトクロップしていきたい。人の表情など映像だからこそ伝わるものにこだわって、発信していきたい」


かつて秋田は鉱山で栄えた地。銀や銅などに代わり、今は地域に眠る伝統や文化をはじめとする大切な資源を若い2人が掘り起こしていきます。


 


「農」と「食」について考えるきっかけにしてほしいと、映像の上映と沼山大根を使った料理を味わう場を作るためのクラウドファンディングを1月31日まで行っています。伝統野菜と出合い、食のあり方を問い直すきっかけにしてみませんか?


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