今までも、これからも。

今までも、これからも。 思わず応援したくなる福島のプロジェクト。

今、福島県で、経済産業省の補助事業を活用した数々のプロジェクトが地域を活気づけています。スポーツ、教育、食と農業など多様な分野で地域の人たちが主体的、持続的に活動を展開し、新しい福島県の魅力を広く発信しています。


動き始めている福島の、ユニークなプロジェクト。


 東日本大震災から10年が経つ。東北地方、とりわけ福島県が、『東京電力福島第一原子力発電所』の事故によって甚大な被害を受けたことは誰もが記憶している。けれども、福島の人たちが今、どんな新しい魅力を育み、ユニークな活動を実践しているかを知っている人は多くないかもしれない。


 そこで、経済産業省は2018年度から、「地域の伝統・魅力等発信支援事業」を実施。避難指示などの対象となった福島県田村市・南相馬市・川俣町・広野町・楢葉町・富岡町・川内村・大熊町・双葉町・浪江町・葛尾村・飯舘村の12市町村を中心とした福島県の伝統・魅力等を発信することによって、風評被害の払拭や交流人口の増加に向けた取り組みを促進することが目的の補助金事業として行われている。


 
2018年度の「PinSプロジェクト」の様子。樹齢350年の木を見つめる子どもたちと林敬庸さん。

 キーワードは、「人材」と「主体性」と「持続性」。目的を達成するための人材を育み、将来的には補助金に頼らない取り組みとなるようなロードマップを描き、実現に向けた計画と仕組みづくりを行うことで、地域の「自立と自走」を促すことが狙いだ。20年度も多くのユニークなプロジェクトが採択され、地域に元気を与え、笑顔を多くの人に届けている。なかでも、注目したい3つのプロジェクトを紹介しよう。


Food Camp!(孫の手トラベル)


生産者と消費者をつなぎ、農産物の風評被害を払拭!


 野菜の収穫体験などを通じて、農産物をつくる生産者の思いを知りながら、フードカートで地元のシェフが調理したコース料理を青空の下で堪能する食の旅「Food Camp!」。郡山市にある『孫の手トラベル』というタクシー会社が母体の、小さな旅行会社が企画・運営し、人気を呼んでいる。


 代表の山口松之進さんが「Food Camp!」を始めたきっかけは、東日本大震災での東京電力福島第一原発の事故によって福島県の農産物は放射性物質に汚染されているという風評被害が広がったから。「ダメージを受けている福島県の生産者やシェフを地域のヒーローにしたかった」という思いで2016年に立ち上げた。


 
「Food Camp!」を主宰する『孫の手トラベル』代表の山口さん(右から2人目)と、『鈴木農場』の鈴木さん(左から2人目)。手にしているのは冬甘菜というキャベツ。右は「Food Camp!」を運営する佐藤聡さんと、左は寺井昌美さん。

「Food Camp!」は、関わる生産者によってプログラムが異なる。例えば『鈴木農場』では、ツアー参加者が「畑の土がふかふかですね」と発した言葉から、畑に寝転がるワークショップを始めた。種として植えられ、実になるまでを体験し、野菜の気持ちを味わうのだ。「一人ひとりの参加者に福島の農業や農産物の安全性やおいしさを伝えるのには時間がかかるかもしれませんが、大事なことだと気づきました」と代表の鈴木光一さん。自身が育てる野菜について参加者にていねいに説明している。生産者やシェフ、参加者同士が語り合い、交流を楽しめるのも「Food Camp!」の魅力の一つなのだ。まさに、福島の農業と食をデザインした取り組みと言えよう。参加者は県内、県外の両方から集まる。「県内の方は、県外からの参加者に地域の魅力や名物を教えてあげたりしています。他方、県外の方から「Food Camp!」で感じた福島の魅力を聞くことで、県内の方は、改めて故郷の良さに気づき、誇りに思うという相乗効果が生まれています」と山口さんは喜ぶ。


 ただ、「Food Camp!」を知らない人も大勢いる。「参加者の中で熱心な女性が、『素晴らしい取り組みだからもっとPRしましょう!』と勧めてくださり、20年度の『地域の伝統・魅力等発信支援事業』に応募しました。その女性の協力によって、『Food Camp!』を紹介する本を製作しています」と山口さん。さらに、首都圏でファンを増やそうと、東京のレストランで福島の農家のトークライブを聞きながら食事を楽しむ「出張フードキャンプ」を企画するなど(新型コロナの影響でリモート開催)、プロジェクトを展開中だ。


 山口さんは、「原発事故で自然の脅威を思い知らされた一方で、自然は私たちに豊かな恵みも与えてくれます。その両方を学べるのが福島。人と自然の関わりを学ぶ場としても『Food Camp!』を広めたいです」と力強く語った。


PinSプロジェクト(ふたばいんふぉ & インビジブル)


子どもたちの自主性を育む、「教えない教育」。


「Professionals in School プロジェクト」(通称、「PinSプロジェクト」)は、富岡町で2018年4月に再開した富岡町立小中学校を舞台に、アーティストや職人が「転校生」としてやって来て、校内で自身の活動や仕事を行うというアートプロジェクトだ。初年度の「転校生」は大工の林敬庸さんで、台風で倒れた樹齢350年の木で子どもたちと大きなテーブルをつくり、19年度は画家の加茂さんが油絵「富岡に灯る桜」を描き、現代美術家の宮島達男さんが東日本大震災の被災者を鎮魂する作品「時の海—東北」を子どもたちと一緒につくった。


 
「転校生」の林さん(2列目中央)は大工さん。道具や掃除の大切さを子どもたちに態度で示した。

 事業の申請者であり、震災で被害を受けた双葉郡8町村の記録を発信する「ふたばいんふぉ」を運営する『双葉郡未来会議』代表の平山勉さんは、「『PinSプロジェクト』は子どもたちが『仕事って何だろう?』と考える貴重な機会になっています」と話す。また、企画・運営を担うNPO『インビジブル』理事の赤司展子さんは、「小・中学校は再開しましたが、児童・生徒数は震災前の1割以下。子ども同士や地域の大人とふれあう機会が減ったなかで、多様な人と関わる機会をどうつくっていくかが大きな課題として挙がりました。そこで、一つのことに夢中になっている大人との出会いを子どもたちに提供したいという地域の方々の願いから、『PinSプロジェクト』を立ち上げたのです」。


 その最大の特色は、「教えない教育」。子どもたちは「転校生」と一緒に作品づくりに参加するが、「転校生」が自身の仕事に没頭しているときは遠巻きに眺めている。「転校生」も子どもたちに何かを教えようとはしない。写真を撮るのが好きな6年生の男の子は、画家の加茂さんが1枚の油絵を描くために何十枚ものデッサンを描くことを知り、準備やリサーチの大切さを学び、『フォトジャーナリストになりたい』と卒業式の日に夢を口にした。「油絵の描き方ではなく、仕事への向き合い方を学んだのでしょう」と、『インビジブル』クリエイティブディレクターの菊池宏子さんは微笑む。「PinSプロジェクト」の「S」は学校だが、今後は社会、Societyの「S」に展開させる。「町の人口が減ってしまった今だからこそ、学校を地域に開くことが重要」と平山さん。「学校を開けば、世代を超えたつながりが深くなり、地域コミュニティの根っこも強くなる」と、アートを活用して教育、そして地域をデザインする「PinSプロジェクト」の広がりを支える。


 20年度の「転校生」は10代を福島市で過ごした音楽家の大友良英さん。ユニークな仕事ぶりを子どもたちに見せてくれそうだ。


サポーターリレーションシップビルディング事業(Jヴィレッジ)


メッセージと写真の投稿で、心の交流をデザイン。


 サッカーを愛する人たちにとっては「聖地」であるJヴィレッジ。震災後は東京電力福島第一原発事故の対応拠点になっていたが、2019年4月に新生『Jヴィレッジ』として全面再開。新たな宿泊棟や日本初の全天候型練習場も完成し、以前よりも多くの人に利用される施設に生まれ変わった。


 そのドーム型の全天候型練習場を建設する16年に、福島県と『Jヴィレッジ』が「Jヴィレッジサポーター」を募集し、約5400人のJヴィレッジサポーターが建設費用の一部となる寄附金を送ったが、「お礼の気持ちをもっと伝えなくてはと思ったのです」と経営企画部企画総務グループ副長の根本恭さんは話す。「そこで、震災後10年の節目に感謝を伝え、未来へ向けた明るいメッセージを発信したいという思いで、補助事業3年目の今年、『サポーターリレーションシップビルディング事業』を立ち上げました」。


 
全天候型練習場をバックにJヴィレッジタオルマフラーを掲げる根本さん。

 メッセージの発信の方法はこうだ。Jヴィレッジサポーターにお礼状とともにメッセージカードと返信用封筒を送り、全面再開したJヴィレッジに向けたメッセージを記入し、返信してもらう。届いたメッセージカードは、Jヴィレッジが誇る天然芝を撮影した巨大なボートに貼って「J-VILLAGE」の文字をつくる。また、モザイクアート企画では、参加を希望するサポーターに限定非売品のJヴィレッジタオルマフラーをプレゼント。タオルマフラーを掲げて撮った写真をメッセージとともにJヴィレッジ公式SNSに投稿してもらい、その写真でモザイクアートをデザインし、SNSから発信する。「サポーターの皆様に一体感を感じてもらえるよう、参加型の企画を考えました。たくさん届いたメッセージを読むとJヴィレッジが愛されていることを再認識でき、勇気が湧きます。社内で共有し、Jヴィレッジ全体で皆様の想いに応えたいです」と根本さんはサポーターと心を一つにする。


 お礼状には10年という時の流れを表現するために、2011年生まれの子どもたちがサッカーボールを抱えて笑顔で登場。「Jヴィレッジに、この笑顔が戻ってきました。」というキャッチコピーに続けて、未来へ向けたメッセージが書かれている。「芝生の上で子どもたちがボールを追いかけている姿を見ると前向きな気持ちになれます。未来の福島県を支える子どもたちの笑顔をつくり、明るい話題を提供することで、風評被害を払拭し、交流人口の拡大につなげたいです。その輪が県全体に広がっていくように、Jヴィレッジはこれからも福島県の復興のシンボルとして、その役割を果たしていきます」と根本さんは語った。


「地域の伝統・魅力等発信支援事業」運営メンバーが考える、福島で輝くプロジェクトを応援する意味とは?


「地域の伝統・魅力等発信支援事業」を実施する経済産業省の担当者と、事務局を担う『ジェイアール東日本企画』のスタッフが、本事業の目指すところと発信の大切さについて語り合いました。


 
左上から時計回りに/金澤邦浩さん(ジェイアール東日本企画ソーシャルビジネス開発局)、後藤益実さん(経済産業省大臣官房福島復興推進グループ福島広報戦略・風評被害対応室係員)、前田晋作さん(経済産業省大臣官房福島復興推進グループ福島広報戦略・風評被害対応室室長補佐)、菅野智颯さん(ジェイアール東日本企画ソーシャルビジネス開発局)、引谷幹彦さん(ジェイアール東日本企画ソーシャルビジネス開発局)、津田浩平さん(ジェイアール東日本企画ソーシャルビジネス開発局次長)。

新しい福島県の魅力を、ポジティブに発信!


前田 東日本大震災の発生からまもなく10年になります。被災地の皆様は復興へ向けて懸命な努力を続けておられますが、地域が目指すそれぞれの復興までは道半ば。まだ残る風評被害を払拭し、交流人口の拡大に貢献できればと、経産省は2021年度で4年目を迎える「地域の伝統・魅力等発信支援事業」を実施しています。地域の事業者の自主的な発案で行われる、理想的な形の補助金事業になっていると思います。


後藤 例えば、田村市にある『田村市常葉振興公社』が運営する『こどもの国ムシムシランド』は震災後、来場者数が2017年には8500人ほどに落ち込みましたが、この支援事業を活用しながらユニークな取り組みを自主的に行われた結果、約1万4000人にまでV字回復されました。その理由は、施設長の吉田吉徳さんご自身が楽しんで取り組んでらっしゃるから。「放射線量は大丈夫なので来てください」と発信するより、昆虫と楽しく遊んでいる姿を発信することが来場者に安心感やワクワク感を与えるのでしょう。


引谷 「世界三大奇蟲展」「カブクワ総選挙」「森の中の水族館」と何度も足を運びたくなる企画展を立て続けに開催されました。吉田施設長だけでなく、地元のデザイナーや副市長と一緒に企画を考えられていたのが印象的でした。


津田 私は5年ほど前から福島県の復興に関わっていますが、福島県に行くたびに新しい魅力や動きが生まれていると感じます。ただ、太平洋側の浜通りは多くの住民が避難され、交流人口も少ないため、その魅力や動きが十分に発信されていないようにも思います。知られざる福島の新しい魅力や動きを県内外の皆さんに伝え、知ってもらうためにもこの事業を応援していきたいです。


前田 事業をつくる前に調査を行ったのですが、そのなかで一般の方々に福島県に対する印象を尋ねたところ、否定的な回答よりも「無関心」や「興味がない」といった方が多く、少し意外でした。そこで、福島県も他の46都道府県と同じように新しい魅力や動きがあるという確かな情報を発信することを目的の一つに掲げることにしたのです。


菅野 3年目は21団体が採択されましたが、21通りの個別の魅力を発信してもらえたらうれしいです。とくに、『孫の手トラベル』の「Food Camp!」のような、ポジティブで楽しい活動の情報をもっと広く伝えられるようになればと私たちもサポートしています。


津田 主要駅から離れたスポットに観光客をどうやって送り届けるかという「二次交通」は地方の観光業者にとって大きな課題。『孫の手トラベル』は母体がタクシー会社ですから、その足回りを生かして、自然のなかでおいしい食事をいただくという素敵な場をつくっておられます。


事業者によって異なる、スタートラインに寄り添う。


前田 同じ福島県内でも、地域や団体によって事業の取り組みを実施する背景が異なりますから、復興へ向かうために立つスタートラインの位置も違ってきます。例えるなら、ホップ・ステップ・ジャンプの「ホップ」を始めようとしているところ、もうすぐ「ジャンプ」まで成功しそうなところなど、それぞれの立ち位置に寄り添いながら、目標地点に着地するまで支援していきたいです。


引谷 私たち事務局も「伴走者」として共に走りながら、事業者を後押しするよう取り組んでいます。それから、応募案件の審査は外部有識者による第三者委員会が行っています。審査会は審査員に厳しい意見を浴びせられるイメージがありますが、この事業はそうではなく、ポジティブな意見をもらえますから、共に事業をつくるときも、「審査員の方に指摘されたのでこういうふうに修正したい」と事業者が考え直すこともよくあります。見えない部分ですが大事なポイントです。


後藤 事務局が福島の事業者とコミュニケーションを取られ、それをフィードバックしてくださるので、「顔が見える関係」を築くことができているように感じています。個人的には、この事業で福島に普通の生活が戻ってきていることを伝えられたらと思います。富岡の小・中学校も児童・生徒数はかなり減ってしまってはいますが、再開し、子どもたちの笑い声が校庭に響いていることを発信していきたいです。


金澤 福島に通うなかで、7歳のときに被災され、今、高校生になっている若者が、「被災後、故郷を見ていない」と話された言葉が心に残りました。そんな、故郷を離れて暮らす方々にも、この事業で福島県の新しい魅力や動きを伝え、足を運んでもらえるようにしたいです。ただ、大人は子どもたちに故郷へ戻ってほしくないと考える人も少なくありませんが、そういう方々のお気持ちも、この事業を通して変わるきっかけを与えていけるよう努めたいです。


前田 「PinSプロジェクト」の平山さんは、「いつまでも被災者扱いされたくない」と話されていました。ほかの都道府県と同じ地域のプレーヤーだという心意気を持って活動されていますが、そうした地域での活動を発信し続けることも大事だと思います。私も、「経済産業省 福島復興推進グループ」公式Facebookを担当しているので、発信する大事さとは裏腹に、難しさがあることも承知しているつもりです。その難しさを自分たちの創意工夫で乗り越えたとき、発信するという意味が以前にも増して実感されるのではないでしょうか。「地域の伝統・魅力等発信支援事業」は21年度も行う予定です。海外にアピールしたり、福島県12市町村が連携したりする取り組みを行う事業者にもぜひ応募していただきたいです。期待しています。

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