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連載 | 写真で見る日本

美しい風景、美しい人々 MOTOKO×神奈川県足柄下郡真鶴町

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写真だからこそ、伝えられることがある。それぞれの写真家にとって、大切に撮り続けている日本のとある地域を、写真と文章で紹介していく連載です。

目次

美しい風景、美しい人々

 わたしは現在、写真でまちを元気にする「ローカルフォト」という活動を全国各地で実施している。

 きっかけは2006年。当時、得意先であった代理店や雑誌社で、立て続けに倒産や吸収合併が起きていた。会社がこれだけ潰れている矢先に、フリーランスの未来などないも同然。「これからは都市じゃなく地方かもしれない」と思い、農業の盛んな滋賀県に通うようになった。

 ほどなくして農林水産省のサイトで農家さんの発信を始めた。意外かもしれないが、実は最初に「発信」を始めたのは、独自の販路開拓を迫られた農家さんやものづくりの人々である。農家さんこそ最初のインフルエンサーだった。2009年のツイッター黎明期、日本の地方ではすでに現在の兆候が生まれていた。

 そして現在、北は北海道、南は九州に至るまで、全国各地に出向き、地域の現状を学ばせていただいている。絵コンテどおりに撮影するしか能のない、世間知らずのわたしが、「人口減少」「空き家」「働き方」といった課題に向き合い、現実に目を背けることなく、どのように撮ればワクワクするか考え続けてきた。ワクワクを生み出すのに、デザインよりも建築よりもアートよりも、写真は最も有効な手段だと思う。

 ローカルフォトで変わったのは、何といっても撮られる人、すなわち被写体である。主役はタレントや著名人などではなく、裏で支える一般の人々。地域に生きる人々のいきいきとした暮らしやいとなみ、舞台となる「まち」を発信して、知ってもらうことがこれからの写真家の仕事だと思っている。「写真を発信することで世界は変わる」。そう信じて活動を続けてきた。

 神奈川県の最南端にある小さな港町、真鶴町もブレイクスルーが起きたまちの一つ。5年前、教鞭を執っている『藝術学舎』の学生さんから噂を聞いて興味を持ち、貴船祭りに行ったのが始まりである。

 駅に降り立つと、辺り一帯そこだけ時間が止まったような不思議な雰囲気であった。特に高台から見下ろした入江を望むまち並みは、今の日本ではなかなか見られない懐かしい景色で、このまちをもっと知りたい、と思った。同時に近隣のまちは、開発によって護岸が固められ、タワーマンションなどが立ち並んでいるのに、なぜ真鶴だけこんな風景が残っているのだろう、と思った。

 ほどなく、ここには「美の基準」いう景観条例があり、バブル期の規制緩和による開発ラッシュが起きた時、人々が一丸となって地域を守ったことを知った。一見なんとなく「残された」ように見える風景は、まちが命がけで「残した」風景であった。

 常々、「美しい風景には、美しい人々が住む」と思っていたが、真鶴はまさにそのとおりだった。

本文画像

 翌年の春、知人の川口瞬くんとそのパートナーである來住友美さんが真鶴に移住をした。それをきっかけにまちが再び回転を始めた。彼らの運営するゲストハウス『泊まれる出版社−真鶴出版』が新たな“場”となって他県からの来訪者が増え、クリエイターを中心に移住者も増えており、この秋には、待望のパン屋さんもオープンする。

 さて、最近改めて原点の写真に戻りたいと思っている(もちろんローカルフォトは継続しながら)。今回は、そんな気持ちで入江の風景と川口さん夫妻を撮影した。フィールドカメラで4時間かけて3カット。即座に撮れるデジカメとの大きな違いは、ゆっくりとした時間の流れや空気をとらえることができること。そしてその“ゆっくりとした”時間こそ、我々が今求めているものだ。上がってきたプリントを見て少し驚いたのは、かつてどうしてもつかめなかった「社会」や「時代」がほんの少し写っていたこと。地域に継続して関わることで世界の解像度が上がったのか、長い時間をかけて形成された物事を見つめる技量が、わずかながら備わってきたようだ。

 なぜ写真を撮りたいと思うのか?  答えは一つ。新しい世界を見たいからだ。そしてわたしにとって真鶴は、今一番新しい。

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