会社員を続けながら二拠点生活。職場や家族以外で生まれる、新たな出会いと人との関わり方

会社員を続けながら二拠点生活。職場や家族以外で生まれる、新たな出会いと人との関わり方

「今の生活を変えることなく移住したい」――“移住”や“二拠点/多拠点生活”が注目を集めるなかで、そんなふうに考える人も多いのでは? 大手の文具・事務機器メーカーに勤める江藤元彦さんは、会社員を続けながら東京と新潟の二拠点で生活されています。およそ月の半分を新潟で過ごしているという江藤さん。会社の仕事と地方での暮らしを両立させる現在の生活スタイル、そして二拠点生活を続ける理由について伺いました。

江藤さん_プロフィール
江藤元彦さん●1991年生まれ、東京都出身。大手の文具・事務機器メーカーに勤務。2020年1月から2021年6月まで、多拠点サービス「ADDress」習志野邸の家守を務めたあと、現在は「ADDress」燕邸の家守に就任。会社員を続けながら東京と新潟の二拠点生活を続けている。

大学時代の先輩と始めた、新潟暮らし


 江藤さんが東京と新潟の二拠点生活を始めたのは、2020年11月のこと。それまでは、定額で日本各地の拠点に住み放題の多拠点サービス「ADDress」の習志野拠点を管理する“家守”として、千葉県習志野市で暮らしていました。


 新潟へ通い始めたのは、大学時代の先輩がきっかけ。新潟県燕市の銅器メーカーで職人として働く先輩に、「ADDress」の家守を薦めたところから始まったといいます。


江藤さん「大学の先輩が新潟の燕市で働いてて、一人暮らししてたんです。そのとき『ずっとここに住む』みたいな話をしてたのですが、『家賃を払い続けるのもったいなくない?』という話をして。それで『ADDressの家守やれば?』と言ったら、本気で家を探し出して、2〜3か月で見つけて『やる』ってなったんですよ。だから、僕がそそのかした手前、手伝ったほうがいいかなと思って(笑)。それで一緒に立ち上げの準備をすることになったんです」


ADDress燕_室内
見つけた一軒家を購入。「ADDress」の新拠点にすることを決めた。

「会社には迷惑をかけない」を前提に


 しかし、江藤さんには東京での仕事もあります。どのように新潟と関東の生活を両立させていたのでしょうか?


江藤さん「新潟に行き始めたとき、上司に『新潟に住んでもいいですか?』って一応聞いたんです。でも『ダメ』って言われて、『ダメか〜』と(笑)。だから住民票は移さずに、こっちにある状態のまま行き来し始めました。やっぱり会社には迷惑をかけられないし、『明日来い』と言われても行けるようにはしてますね。始発なら朝8:30には会社のデスクに座れるので、始発で出社することもあります」


 燕三条駅から東京駅まで、上越新幹線で約1時間50分。始発なら始業時間に間に合いますが、頻繁にやるにはハードなスケジュールです。コロナ禍でリモートワークが増えたとはいえ、週の半分ほどは出社が必要。そのなかでスケジュールをうまく調整し、まとめて滞在できるようにしているそうです。


テレワーク
習志野の家では、庭で作業できるテレワークスペースを手作りした。

江藤さん「だいたい5〜10日くらいは滞在できそうな日程を選んでました。交通費もかかるし、やっぱり体力的にも持たないんですよ。2泊3日とかだと、現地に着いてわさわさして、1日休んでまたその次の日帰るっていう感じ。それって、生活リズムとしてかなり大変だなとわかったので(笑)。やっぱりウィークデーはそのまま新潟で仕事しながら滞在して、土日休んで帰るぐらいじゃないと厳しいなと感じましたね」


 そうして東京と行き来しながら燕市での立ち上げ準備を進め、2021年3月には「ADDress」の新拠点として利用者の受け入れをスタート。緊急事態宣言が発令されてからは、現地に住む先輩が拠点の管理を、東京で生活する江藤さんは利用者の予約管理など遠隔でできる作業を担当。ふたりで分担しながら家守業務をこなしています。


ADDress燕
「ADDress」燕、準備中の様子。家具や備品の調達、家具の組み立てなど、少しずつ進めていた。

「まじめな理由」と「おもしろそう」半々で家守に


 燕の新拠点立ち上げにあたり、それまで江藤さんが1年半ほど家守を務めていた習志野の拠点は、今年6月に別の人へ引き継ぎました。習志野のころから含めると、江藤さんが家守として「ADDress」に関わるようになって今年で2年目。そもそもなぜ「ADDress」の家守を始めたのでしょうか。


江藤さん「新卒入社後は大阪配属になり、しばらく大阪のシェアハウスに住んでました。その後、転勤で東京に戻ることになって、新規事業を立ち上げる部署に異動になったんです。それで世の中のことを知るために本を読んだり、リサーチを重ねるなかで、“孤独死”や“雇用”の問題を意識するようになって。地方におもしろい仕事をつくることや、都市部なら家族や会社以外で人とのつながりを作ることが必要なんだろうなと思い始めたときに、ちょうどADDressの家守募集を見たんです。まじめな気持ち半分、『おもしろそう』という気持ち半分で応募しました」


ADDress_習志野
習志野では、みんなで使えるテーブルをDIYで製作。家の掃除や備品管理なども家守の仕事だ。

 家守になれば、きっと多くの出会いがある。自分が所属するコミュニティ以外の人と関わり合うことで、もっとリアルな社会の状況が見えてくるかもしれない。そして、利用者が集い、共同生活を送る「ADDress」の拠点は、誰かの“居場所”になるのかもしれない。そんな思いから家守募集に応募。「ADDress」運営者との面談を経て、家守に就任しました。


 実際に、日々メンバーが入れ替わる習志野の家での暮らしを経て、江藤さんは新たな価値観に出会うことができたと振り返ります。


江藤さん「(利用者には)YouTuber的なことをやっている人がいたり、非正規で働いて契約期間が終わったらあえて仕事せずに休んでる人とか、自営業でニッチな仕事をされてるご夫婦だったりとか、本当にいろんな人がいて。僕は会社員しか見てこなかったので、会社員じゃないと苦しいし、なかなか大変だ、みたいな意識がありました。でも、それ以外の生き方も全然あるなって。もちろんその人なりの大変さはあると思うけど、自分の中でだいぶ視野が広がりました」


ADDress習志野_利用者
それぞれ自分のペースで過ごすのが基本だが、時にはみんなで集まってゲームや映画を見ることも。同じ時間を過ごすことで、仲も深まっていく。

大切なのは、日常の小さな関わり合い


 利用者との出会いもあれば、地域の人との出会いもあります。習志野を離れるときには、仲良くなった商店街の方からお別れのプレゼントをもらったり、「近くに来たら寄りなさい」と声をかけてくれる人もいたといいます。現在、家守を務める燕の拠点でも、ご近所とのつながりや、まちでの出会いがあると話してくれました。


江藤さん「家の周りには若い人も少なくて、先輩が家を購入した時点で近所の人たちも喜んでくれてたみたいです。去年の冬、家の雪かきをしていたときは、『若いから手伝います!』と隣近所の雪かきも手伝って自然と仲良くなったり。お隣さんもすごく良くしてくれて、正月に行ったときも『これ新潟の正月の食べ物だから食べて』と、先輩と僕のぶん、ふたつ持ってきてくれて。そうやって、生活のなかで自然に関わって仲良くなれるのが心地いいですよね。すごく恵まれていると思います」


雪かき
雪かきの様子。2020年の冬は大雪だった。

 今では東京と新潟の二拠点生活を基本にしつつ、知り合いから声がかかれば他の地域へ行き、数日滞在することもあるとか。そこでまた新たな出会いが生まれ、連絡を取り合う友人も増えていく。地域に根ざし、各地で挑戦を続ける同世代との出会いから得る刺激も多いといいます。


 そんなふうに、行く先々で出会う人と打ち解け、各地で良い関係を築いていく江藤さん。そこには、無理のない自然なコミュニケーションのかたちがありました。


江藤さん「僕自身、いろんなところへ行って人と話すのが苦にならないタイプ。地方で過ごすときは、お昼は絶対に地元のお店へ食べに行ってます。そこでは特に意識していることでもないんですけど、店員さんに『ごちそうさまでした』って言って帰ったりとか。駅まで行く途中に知ってるお店の人が店先にいたら、とりあえず会釈しとくか、みたいな(笑)。そんな感じで、普段やってることといえば単純に挨拶をするとかかな。あんまり考えずに自然とコミュニケーションを取ってることが多いですね」


伊豆のゲストハウスにて
知り合いのゲストハウスを訪ねて伊豆へ。地元の人やお店を紹介してもらって出かければ、そこでまた新たなつながりが生まれる。

 そうした小さな積み重ねで、いつの間にかお店の人とは「また来てね」と言葉を交わし合う関係に。そして、各地で出会った友人たちとは、たとえばお互いの地域で地震や災害が起きたとき、すぐさま「大丈夫?」とメッセージを送り合うような関係になっていく。互いを思いやり、心配し合える人が増えることで、自分の中の喜怒哀楽も豊かになる。江藤さんが各地での出会いを大切にする理由は、人と関わる豊かさを実感しているからだといいます。


「会社が良くなる以上に、社会が良くなることが大事」


 そして日本各地を訪れ、地方で働き暮らす同世代と出会ったことで、首都圏とのさまざまなギャップを肌で感じるようになったといいます。その経験は、社会をより広い視点で捉えるきっかけになりました。


江藤さん「首都圏で働いていると、やっぱり首都圏分母でしか社会を見られなくて。地方の経済や雇用の問題について本で読んでも、なかなか実感がわかなかった。でも、各地に友達ができたときに、それが数字だけじゃなくて、現地のリアルな感覚が肌で感じられた気がしたんです。そういう社会課題に対して、今の会社の仕事を通じて何ができるのかはずっと考えていて。『会社が良くなることも大事だけど、それ以上に社会が良くなることが大事だよね』というのは、ここ2年で特に思うようになりました」


獣害対策
習志野で家守をしていたときには千葉で獣害対策の活動に参加。地域の課題や活動を知ることで、新たな視点が得られる。

 二拠点生活や地方での経験を通じて多くの地域や人に出会うほど、やりたいことが次々と湧いてくるようになったという江藤さん。今では「地方を元気にしたい」「地方と首都圏をつなぎたい」という思いが強くなったと話してくれました。


江藤さん「各地でいろんな課題を肌で感じて、やりたいことがいっぱい出てきました。やっぱり地方を元気にしないといけないなと思いますね。今は、そこにどう関わっていけるかを模索してます。ただその一方で、地方のことだけやっちゃうと地方と首都圏で分断されたままになってしまうと思っていて。だから、ひとつの地域に移住する方法もあるけど、僕は東京と地方を行き来しながら、それぞれをどうつないでいくかを考えたいです」


両者の目線を持つための、二拠点。


 “首都圏”と“地方”、“会社”と“社会”。どちらか一方の立場に立つのではなく、両方の目線からできることを考えたい。だからこそ、江藤さんは“移住”ではなく“二拠点”を続けています。それぞれの中間に身を置くことで、どちらかに偏った見方ではなく、社会全体としてどう進むべきかを考える。「まだ答えは出ない」と話す江藤さんですが、個人として、会社としてやるべきことに、少しずつ近づいています。


 そんなふうに江藤さんが考えるようになったのも、日本各地でさまざまな人との出会いがあったからこそ。常に自然体で相手と向き合い、良い関係を築く江藤さんの言葉には、二拠点生活の魅力とともに、人と向き合うためのヒントが詰まっていました。


ADDress習志野
伊豆のゲストハウスで出会った友人たちと江藤さん。

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