くじらキャピタル代表の竹内が日本全国の事業者を訪ね、地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。
【第3回】「湯本は元気」伝えたくて「フラ女将」立ち上げに奔走した人たち 福島県いわき湯本(前編) に引き続き、「面白企画創造集団・トコナツ歩兵団」の渡部祐介さんにお話を伺います。また、後編では新たに福島県いわき市総合政策部 創生推進課の松本雄二郎課長にもご参加頂き、行政から見た福島いわきの未来についてお聞きしました。
あの事故から8年。いわき市は、マイナスをプラスに変えるべく、したたかに未来を見据え、着々と歩みを進めていました。
(筆者注:本記事は、2019年9月20日と10月7日の取材に基づき執筆しています。取材後、いわき市は台風19号による甚大な被害を受け、多くの方々が亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます。)
「海を、取り戻す」
竹内 前回は、いわき湯本の旅館の女将さんたちが立ち上げた「フラ女将」の話でした。渡部さんは、その取り組みをさらに昇華させ、「フラシティ」というコンセプトを掲げ、いわき市全体のシティセールスに取り組まれていますよね。具体的な取り組みの内容や、始まった経緯を教えて頂けますか?
渡部 元々、いわき市としてシティセールスやシティブランディングをやりたい、というお話を頂き、1年半ほど市役所や市民有志の方々と議論を重ねて来ました。
当初は、地域の様々なコンテンツを新たに育てていくやり方と、すでに地域のアイデンティティとして確立しているフラやアロハ、ハワイを取り上げるやり方で議論が二分されていました。最終的には、いわき市の高校生や大学生を始めとする若い人たちの意見が後押しとなり、スパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)から町中に浸透した「フラ」が採用され、いわき市自身も「フラシティ」と名乗ることになりました。
竹内 若い世代からすると、映画「フラガール」でも取り上げられましたし、フラはいわき市みんなのもの、という気持ちがあったのかもしれませんね。
渡部 フラはまだあるんです。ただ、いわきは、海を失ってしまった。「フラ」の根底の一つには「海に戻りたい、海を取り戻したい」という強い想いがあります。
いわきでいうと、震災後、実はスパリゾートハワイアンズは復活しているんです。震災後、「全国きずなキャラバン」というフラガールによる全国ツアーを行ったことも奏功し、観光客が戻ってきました。
一方で海に関しては、まだ復活の途中です。
いわきには素晴らしいビーチがあって、風も太陽もある。今年の夏は7カ所で海開きがあるなど、福島の海水浴場は復活しています。ただそのビーチが十分に活かされていない。そこで、毎年いわき市が主催している「フラガールズ甲子園」というフラの競技大会があるのですが、その大会の優勝チームに2年前、初めていわきのビーチで踊ってもらいました。私も映像で拝見しましたが、これはビーチの復活という点で大きなブレークスルーだったと思います。
竹内 自分もサーフィンをするのですが、福島には北相馬の北泉など、昔から全国的に有名なビーチやサーフスポットが沢山ありますよね。
松本 いわき市は海岸線が60キロもあるんです。かつ入り組んでいて色々な方向を向いているので、一年中どこかしらで必ずいい波が立っていると言われています。
渡部 いわきの海は震災後、残念ながら全部防潮堤で覆われてしまい、陸からはビーチが見えないんです。見えるのは、一面コンクリートの壁。去年、いわき市の「フラシティ」構想を発表した時、その防潮堤にフラや海にちなんだペイントを施していこう、という発表もしました。ホラ吹いて、とも言われましたが、自分としてはどうしてもいわきに海を取り戻したい。防潮堤の先にあるビーチに向かって先陣を切るのは、フラ女将や、フラガールズ甲子園などに参加する高校生だと思っています。
また、これは地元出身ではない私の個人的な思いなのですが、「海」というのは多分に、原発の隠語になるのではないかと考えています。原発という言葉を使わなくても、「海に戻る」という言い方が、原発問題を克服する言葉になる。だからこそ、海に戻る取り組みをどうしても続けたいのです。
ありのままを伝え、したたかにプラスに転じていく
松本 行政としての観点、地元の人間としての観点で申し上げると、福島やいわきに来られる人には、何よりも復興の姿や今の福島の姿を、自分たちの目で見てもらいたいと考えています。
その一環として、タイの子供たち50人を招き、50日間に渡りいわきに滞在してもらう、という事業を3年前から始めました。最初の年はネット上の風評が原因で20人程の直前キャンセルが出てしまったのですが、実際に来てくれた子供達に「今の状況はこう」「検査はこうやって実施している」など洗いざらいお見せしたところ、彼らはSNSを使ってありのままの情報をタイや世界に発信してくれました。
結果、翌年には風評被害もなくなり、それどころか参加者を募ったら30人の枠に2000人の応募が来るほどの人気を博す取り組みに育っています。やはり自分たちの目でありのままの姿を見てもらい、それを発信してもらうのが一番だと感じています。
地元が一番望んでいるのは、これからのことです。これからどうやって稼ぎを作り、地元を盛り上げていくのか。平成28年3月、いわき市の地域創生課は今後5年、20年の政策の方向性を定めた「いわき創生総合戦略」を定めました。
これは、対外的にも公表しているものですが、エ
ネルギー関連でいうと「廃炉・ロボットイノベーションPJ」と称して、廃炉問題をビジネスにしていく考えを掲げています。
老朽化した原発の廃炉というのは、これから世界中で出てくる問題です。この点、廃炉に関する技術やノウハウを持ち、関連する研究施設が企業も集積している福島県・浜通りは、これをビジネスに転換できると考えています。
福島は元々、炭鉱や原発などの「エネルギー」が歴史的な生業でした。この生業を磨き上げ、マイナスをプラスに変え、したたかに新しい産業、新しい稼ぎにしていく。これが、創生総合戦略の考えの一つです。
そういう意味では、来年の東京オリンピックは大きなチャンスと考えています。福島の復興の様子を世界中に発信できるからです。
情報発信の重要性
松本 いわきは、残念ながら昔から情報発信が上手ではないんです。山を掘れば石炭が出るし、海に出れば魚が獲れる。資源に恵まれていたためか自分たちで自己完結してしまい、行政も地元企業も、積極的にPRをしてきませんでした。
それを変えていこう、と始めたのが、渡部さんにもお手伝い頂いている「シティセールス」の試みです。いわきを単に対外的にアピールするだけではなく、実際に稼ぎにつなげることを目的にしています。
竹内 アピールという意味でいうと、今年9月24日から外務省が在韓国日本大使館のホームページで、東京、福島市、いわき市、韓国ソウルの4ヶ所の放射線量の掲載を始めました。
いわき市の空間線量率を見ると、数値的にはソウルの約半分です。(注:2019年10月11日12時00分時点で、いわき市0.061μSv/hに対し、ソウルは0.120μSv/h) 。悪意を持って風評を広める人たちに対しては、敢然とファクトを提示する必要を感じます。
松本 福島の人たちは、もはや空間線量については全く意識せずに暮らしていると言っていいと思います。
ただ、ホームページ(HP)等でもっと福島の情報を打ち出さないといけないのはその通りで、以前も海外の人から「原発や線量の情報を見たいのだが、どこにあるのか?」と聞かれたことがありました。確かに、これらの情報がHPの奥深くに埋まってしまっていて簡単に見つけられないというのは課題だと感じています。
竹内 海に目を転じると、数日前、EU(欧州連合)が岩手、宮城両県産の水産物の輸入規制を年内にも全廃する方向であるというニュースがありました。
松本: 水産物については試験操業を重ねながら徹底して線量検査を行っており、数値的には問題ないのですが、未だに風評被害はなくなりません。また、長く魚を獲っていないと流通が変わってしまったり、廃業する加工業者が出てくるという別の問題も生じるので、復活は簡単ではありません。
竹内 以前の連載でも魚の流通の問題を取り上げたことがありますが、失われてしまった魚の流通網を復活させるために、デジタルは極めて有効だと考えています。たとえ浜でのセリの頻度が低くても、エンドユーザに直接商品を届けることができますし、水産物の情報を安全性含めてきちんと提示できるからです。いわば究極のD2C(Direct to Consumer)モデルが福島の海産物で実現できるかも知れません。
新しい芽が次々と
松本 地元の中小企業がデジタル面で遅れているのは事実ですが、私としては、逆に遅れていることを逆手にとって何か新しいことができないか、優位性に転換できないかと考えています。
いわき市は、広域の都市なので交通の問題もあります。中山間地域のみならず、郊外でも日中の交通手段が限られるなどの課題があるのです。そこで今般、環境省の採択を受け、ソフトバンクと組んでICTクラウドシステムを活用したEVバスの実証運行を始めることにしました。11月に始める小名浜を皮切りに、環境の異なる市内3地域で実証実験を行います。
また、いわきニュータウンには双葉郡から避難されてきた人の仮設住宅がありますが、定住が進み、空きが出てきたので、ここでスマートシティ構想を推進したいとも考えています。
竹内 先進的な取り組みが多く、ワクワクしますね。本日はありがとうございました!