くじらキャピタル代表の竹内が日本全国の事業者を訪ね、地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。
今回は、前回に引き続き、FC今治(株式会社今治. 夢スポーツ)の経営企画室長の中島啓太(なかじま けいた)様と、しまなみ野外学校エデュケーションプロデューサーの木名瀬裕(きなせ ひろし)様にお話を伺います。
生きるスキルを伝えたい
木名瀬 僕は世田谷生まれ、相模原育ちなのですが、中学生の頃には日本を歩いて横断したり、高校生になったら青い海が見たくて沖縄まで自転車で行ったり、北海道を歩いて1周したりする子供でした。そのうち日本は全部行き尽くしてしまったので、これは外国に行ってみようと思い立ち、イタリアのナポリに行きました。
一応留学のビザはあったんですけど、路上生活をしたり、羊飼いの手伝いで糊口をしのいでいました。サッカーと初めての接点があったのはナポリ時代です。マラドーナとカレカがいたナポリの全盛期で、ナポリがセリエAで優勝して町中大騒ぎだった時です。
竹内 メキシコワールドカップ直後のナポリですね。自分もマラドーナ世代のど真ん中なので、あの頃のナポリは大好きでした。ナポリの海を思わせるライトブルーと白のユニフォーム。
木名瀬 1987年だったと思います。ナポリがお祭り騒ぎになって、町中チームカラーに染められ、それ以来僕の感覚では、サッカー=お祭り。優勝したお陰で町中フリードリンクになったので、おカネはなかったけど生活できたんです。その後、ポルトガルやスペインを回り、20歳前に帰国。北海道で熊猟師に弟子入りして熊を取ったり、それに付随してフィールドを案内したり、カヌーに乗ったりして、なんとなく仕事になり始めた。丁度、世の中でアウトドア・ブームが始まりつつあった時期です。
そんな時に阪神大震災があり、知人からの要請を受け、壊滅した神戸に向かいました。どこでも生きていけるヤツ、ということで声がかかったようです。自分の持っているアウトドアスキルって、普段は特に役に立たないし、普通の人からしたら趣味みたいな感じだと思うのですが、その時は役に立てたんです。それに気付いて、なんとかこれを生業として伝えていきたいな、と。
その後、高知の四万十川でフィールドガイドをしたり、北海道でガイド業をしたり、岡田ともこの頃、ガイド業を通じて知り合いました。ただその時自分はサッカーを観ていなかったので、岡田がどういう人かよく知りませんでしたが。
2011年に今度は東日本大震災がありました。神戸の時みたいに次の日には現場へ走っていくんですけど、また同じ光景に出会うんです。自分は生きるスキルを広められると思ってガイド業をやって、延べ3万人以上はガイドしたと思うのですが、震災後の光景を見たら何も変わっていなかった。生きるスキルを全然伝えきれていなかった。
振り返ってみると、結局自分は大人に対して生きるスキルを教えてきたけれど、これからは新しい世代、次を生きる世代に生きる力を伝えるべきではないか。そう思って子供向けのプログラムを作り始めた頃に、丁度中国から帰国したばかりの岡田と話す機会があったのです。
「実はさ、俺、今治っていうとこに行こうと思うんだけど、これからはサッカーだけじゃないんだよ。手伝ってくれないか?」と酔っ払って言われて、「了解。行きましょう」と答えて、その1週間後にはパンパンパンって。自分が経営していた北海道のガイド業の事務所を若い連中に渡して、じゃあねーっていう流れだったんですよ(笑)。
竹内 すごい展開ですね!中島さん、木名瀬さん両方に共通しているのは、岡田会長の理念への圧倒的共感ですね。
岡田会長の長年の思いで紡がれた、理念
中島 実は岡田は野外教育、環境教育に関しては学生の頃からずっと関心があったようです。彼が大学生の時、ローマクラブ(スイス拠点のシンクタンク)の「成長の限界」という本に出会って衝撃を受け、その頃から人類、地球、自然をどうしていくのか思索するようになり、色々なNGOに参加したり、色々な人に会って話を聞くようになったと聞いています。
よく僕らの前では冗談で言うんです。「俺はサッカーの監督より、野外の方が得意だよ」って。
岡田がFC今治の会長になってまとめたのたが、下記の企業理念やミッションステートメントですが、そのベースには学生の頃から長年抱き続けていた思いがあったのだと思います。
揺るがぬ企業理念があり、それに賛同して集まったみんながミッションステートメントや経営方針を作っていきました。
今治市より指定管理を受託しているここ「しまなみアースランド(今治西部丘陵公園)」や、木名瀬が中心になってやっているしまなみ野外学校も、この理念に沿ってスタートしています。
竹内 受け売りでない理念の深みを感じます。しまなみ野外学校の活動には岡田会長も参加されるのですか?
中島 最近は忙しくてあまり行けていませんが、子供が出発する日の見送りや戻ってくる日の出迎え、最後みんなの前で総括したりというのは毎回やっています。活動期間中は子供たちは海の上なので岡田も僕も当然同行出来ないんですけど、岡田は心配性なのでやたらと木名瀬にLINEを送っていますよ。どうなっているんだ、大丈夫か、みたいな。
竹内 野外活動にトップチームの選手が参加するようなこともあるのでしょうか?
FC今治のトップチームの選手も参加
中島 年1回ですかね、今は。トップチームだけではくユースの選手たちも参加しています。どちらもカヤックではなく、山の方ですが。
木名瀬 72時間火を絶やしてはいけないという課題を課して、山中のトレイルにあるポイント14か所を巡るというプログラムです。チームになってコンパスと地図を持って、道なき道を進んで14のポイントを回り、海辺のキャンプエリアにどのチームが一番早くゴールできるのかを競います。
この時にポイントになるのは、平面の地図を辿って1から2に行って、そこから3に行く方法を考えるのではなく、全体を俯瞰して、1からのスタート時に最初に14を見据えて、全体としてどういうルートで行けばいいのか、その時の時間設定はどうすべきかを考えることなのですが、これをぱっと理解するチームとそうでないチームには圧倒的なスピードの差が出ます。
途中、6ポイント目くらいで「なぜ最初のアクションプラン通りに行かないのか?」と振り返り、掘り下げることが必要になるのですが、修正するのであれば1つずつではなく6から14までまとめて修正することが必要になる。これが最初から分かっているチームは、そうでないチームに比べて1時間以上早くゴールします。
これを見てて思ったのは、サッカーフィールド上でパスを出す時って、AさんからBさんにパス出すのは誰でもできるのかも知れないけど、その先B、C、Dと繋ぐイメージが共有できているのかどうかに似ているのかな、と。お前サッカー知らないのに生意気だと言われそうなので、監督の前では言えませんが(笑)。
竹内 言える範囲でいいんですけど、トップチームの中でも、やっぱりハーフとかボランチの選手は視野が広いとか展開を読むのがうまいとかはあるのですか?
木名瀬 ポジションによる違いはあまりないと思います。個人によりますね。
竹内 その時一番早かった班にいた選手は、例えば誰でしょう?
木名瀬 言っていいの?
中島 全然いいですよ。
木名瀬 駒野友一選手です。
竹内 やはり駒野選手ですか!代表のレジェンドクラスになると違うんですね。
木名瀬 駒野選手は、テーマを出した瞬間にすぐに分析してました。あまり口は達者な方ではないですし、新しいトップチームが初めて集まった次の日のプログラムなのでまだお互いよく知らないこともあったと思いますが、攻略方法をすぐに体得し、他のチームに1時間半ぐらいの差をつけて圧勝していました。
デジタル活用と、FC今治のこれから
竹内 デジタルについては、FC今治ではどう活用されていますか?FC今治のビジネスパートナーには中島さんの古巣であるデロイトさんもいますし、SAPさんもいます。
中島 SAPさんはビジネスパートナーなんでお金は頂いてないんですけど、例えば来場者調査をやって頂いたりしています。
今、トップスポンサーのデロイトさんとやっているのが、「観戦体験改善プロジェクト」というものです。ネット・プロモーター・スコア(NPS)という指標を使っているのですが、これは「お勧めするか」「お勧めしないか」のアンケートを取り、その差分を見てどれだけの推奨者と批判者がいるのかを計測し、観戦体験の改善に役立てます。今年1年かけて自分が担当してきたので、今まで自分たちが肌感覚では分かっていたことが、明確に言語化されつつあります。
例えば、スタジアムに来る人は、試合の勝敗よりも天気の方が観戦満足度との相関性が高い、などです。であれば、チームのTwitterなどで1週間くらい前から「来週日曜は晴れですよ」などと打ち出せる。
また、スタジアム来場者に対して「試合結果」が与える満足度って、国内の別のスポーツでも海外のスポーツでもほぼ同じなんですが、今治の場合、試合以外の要因が満足度にすごく影響していることが分かっています。例えば試合当日にスタジアム周辺には屋台が出るのですが、そのグルメ情報などが気になっていることが分かったので、その情報を打ち出すことも考えています。
竹内 それはめちゃくちゃいいですね!まさかここでNPSという言葉聞くとは思いませんでした。ちなみにNPSの調査票はどうやって取得していますか?ウェブのアンケート?
中島 ウェブのアンケートですね。来場された方に対して、試合の翌日にアンケートをお送りして、お答え頂いて、試合毎に分析のデータを出しています。色々な項目があるので、その中で定量的情報と定性的情報に分けて。
竹内 試合後のコンタクトはメールですか?すみません、職業柄、細かいことを聞いてしまい。
中島 メールで送っています。回収・集計は何段階かあるのですが、試合前にウェブ上で事前登録してもらえたら試合後勝手にアンケートメールが届きますというパターンと、それをされないお客様も当然いるので、入場ゲートを通る際にアンケート用のチラシをお渡して、このQRコードを読み取ってくれたら登録できて明日アンケートメールが届きます、とするパターンがあります。この2つの入口でできるだけ多くの回収をしようとしています。
デロイトさんに限らず、色々な会社さんにアンケートを取ってもらうことがありますが、皆さん口を揃えて言うのは、FC今治はアンケート回収率が圧倒的に高いということです。スポーツの中でも圧倒的に今治は高く、3000人の来場者で500~600件回収する時があります。
また、NPSの数値自体も30とか40といった水準で、「これってどういう意味ですか?」と聞いたら、比較対象として出してきたドイツの高級車メーカーやアメリカの有名携帯端末メーカーの3倍くらいあると。今は、これだけのロイヤルティをいかに活用していくか、来年に向けて計画を練っているところです。
竹内 いずれもすごい数字で、あまり聞いたことのないレベルです。最後に、お二人もしくはFC今治のこれからの夢をお聞かせ下さい。
中島 自分はFC今治を、地元の人が働きたいと思ってくれる会社にしたいと思っています。今は、岡田が来て、僕らみたいな外部から来た人間がいて、もちろん地元出身のスタッフも数名いるんですけど大多数はそうではない中で、5年間必死に頑張ってきた姿を見て、地元の人が応援してくれ始めているという状況です。
ここから先はこの構造だけではダメだと思っています。今治で生まれたらみんながFC今治や「しまなみ野外学校」や「Bari Challenge University」に参加したい、働きたいと思ってもらいたい。応援する人と頑張る人の二項対立というよりは、混じり合っている社会がいいんじゃないかなと僕は思っていて、地元の人が気持ちよくあそこで働きたいと思ってもらえる組織にしていきたいなと思います。
木名瀬 僕もちょっと似ているんですけども、例えば小学生を対象にした8泊9日のプログラムって、告知をするとあっという間に県外の方からの応募で埋まってしまうんです。できるだけ地元・今治市内の子供たちに来て欲しいということで先にその枠をブロックしておくのですが、もっと彼らに参加してもらい、ソトコトさんが提唱する「関係人口」ではありませんが、今治や四国外の人たちと交流してもらいたいと思っています。
竹内 川淵三郎さんがJリーグの「100年構想」という理念を最初に打ち出した時、まさにFC今治のような姿を思い浮かべていたのかもしれませんね。今日はありがとうございました!