移住者を受け入れる側になる地域では、さまざまなアプローチで移住したい人、する人、した人へのサポートが動き出しつつあります。「ここに住んでみたい」フェーズの人に対しての地域とのタッチポイントづくりや、移住後にも応じる相談窓口など、今回は魅力的な地域でのサポートをご紹介します。移住前も後も、心強いみなさんです。
長崎県長崎市|BOOKSライデン
移住前の悩み、移住後の暮らしに伴走する本屋。
長崎市内で新刊書と古書を扱う『BOOKSライデン』では、店主・前田侑也さんが移住希望者や移住者のその後の相談に応じている。「本やカフェがあると、人との出会いが生まれやすくなるので、移住後も孤立しにくいのではと考えました。朝8時からの朝営業や、『資本論』の輪読会、ワインとチョコレートをつまみながらの『読書夜会』、近隣のゲストハウスで鍋を囲む交流会など、本を通しての場づくりをしています。住民と移住希望者、移住者の接点になって、みなさんがまちに溶け込める場になればうれしい」と前田さんは話す。
2021年に出身地の大阪府から長崎県へ移住して『BOOKSライデン』を開業した前田さんは、「『この人たちと暮らしたら楽しそう!』という直感が決め手になりました。移住を考える人や移住してきた人たちから頼られる存在になれたら、自分を応援してくれた地域のみなさんに恩返しができますし」と振り返る。そんな彼は長崎県地域づくり推進課が認定する「ながさき移住コンシェルジュ」の一人としても活躍中だ。
「この後」のおすすめ
あたたかく迎え入れてくれるなじみの店があると、まちに受け入れられている感覚になります。行きつけになりそうなお店を探してみては。
奈良県・天川村|洞川温泉醸造所
約1300年続く宿場町で、ビールがつなぐ出会い。
約1300年前から和漢胃腸薬として伝えられてきた「陀羅尼助」の販売元である『銭谷小角堂』が、『洞川温泉醸造所』を経営している。場所は、奈良県南部に位置する天川村の修験道発祥地・大峯山の登山口だ。大峯山への修行に向かう山伏の減少などを受け、観光地としての活性化を図ることで宿場町を維持しようと開業した。名水「ごろごろ水」を使用し、県内事業者によるOEM製造などを経て、2023年1月に自家醸造をスタートした。
ここへ来店した移住希望者が近隣旅館の住み込み従業員になったり、徒歩1分ほどの場所にあるシェアオフィス利用者が仕事終わりに立ち寄ったりと、住民と観光客が談笑するサロンのような機能を果たしている。
「この後」のおすすめ
この辺りは人見知りの人が多い気がするので、移住をされる前も後も、気長に関係を築くことを意識していただけたらうれしいです。
青森県青森市|蛍火醸造
温泉街のブルワリーを、憩いと交流のハブに。
『蛍火(けいか)醸造』を開業したのは、青森県むつ市に本社を構え、花火大会の企画や打ち上げ花火を行う『丸山銃砲火薬店』だ。コロナ禍で花火大会の中止が続き、経営に打撃を受けたことから、3代目・丸山桂多さんらが花火に代わる新事業を模索する中で、観光客と住民の憩いの場になる小規模ブルワリーに魅力を感じたのだという。場所は、花火大会でなじみがあり、観光地でもある浅虫温泉の温泉街で、2023年6月に開業した。
近隣には、青森市企画部企画調整課の移住体験施設『石木邸』があり、滞在中の移住希望者も多く来店。ブルワリーには地元出身のスタッフもおり、訪れる人と住民をつなぐハブになることを目指している。
「この後」のおすすめ
春夏秋冬の違いがはっきりある地域ですので、季節ごとに足を運んで、冬の寒さや交通の不便さも、生活目線で体感するといいかもしれません。
新潟県三条市|三-Me.(ミー)
相談から体験まで。移住について応える複合交流拠点。
新潟県三条市内の一ノ木戸商店街にある『三-Me.』は、移住体験ができるゲストハウスや複数事業者で空間を共有するシェアテナントからなる複合交流拠点だ。1階が店舗、2階と3階は居住用の建物をリノベーションし、2023年2月にオープンした。運営しているのは『燕三条空き家活用プロジェクト』で、建物オーナーから「地元に活かしたい」と相談を受けたことから始まった。法人の立ち上げメンバーで、三条市の空き家相談員も務める佐藤芳和さんは、「利活用事例があれば、空き家を借りたい人は使い方がイメージしやすくなります。また市内には移住を検討する人が滞在できる宿泊施設が少ないという課題があるため、2階と3階は移住者向け住居に、また2階の一室をゲストハウスに改装しました」と説明する。1階のシェアテナントには、カフェ、古着屋などのほか、三条市から移住コンシェルジュ業務を受託する事業者『きら星』が入居し、支援制度や就職の相談を受け付けている。
地域おこし協力隊着任を機に移住し、『燕三条空き家活用プロジェクト』に参画した平野彩音さんは、3階の移住者向け住居に暮らしながら、2階にあるゲストハウスの管理運営をしている。平野さんは、「滞在中の方と仲よくなって相談に乗ることもあります。1階では買い物だけでなく、自由に使えるテーブルがあるので、パソコン作業もできますし、常に誰かと交流できる環境です」と、移住を検討する人の訪問を歓迎している。
「この後」のおすすめ
同じ商店街にある古民家を活用したカフェレストラン『TREE』。イベントがよく開催されていて、2階にはコワーキングスペースもあります。
福井県・おおい町|SEE SEA PARK
インキュベーション機能で、移住先での仕事を応援。
福井県・おおい町の北部に、2022年7月「みんなでつくる公園」をコンセプトにした商業施設『SEE SEA PARK』がオープンした。場所は、道の駅や若狭湾を周遊する観光船ターミナルを訪れる観光客、そしてスーパーなどに通う住民が集まる「うみんぴあ大飯エリア」の一画で、舞鶴若狭自動車道の小浜西ICから5分のところ。施設内には、シェアオフィスや町内で新しい事業を始めたい方を対象にしたチャレンジショップ、カフェやアウトドアショップに、『おおい町商工会』や『おおい町観光協会』などの公的セクターなどが入っている。施設設立の背景は、町の活力を高めるため、未開発地にインキュベーション機能を備えた施設をつくる計画が持ち上がったことだった。おおい町と、『おおい町商工会』のメンバーが中心となって立ち上げたまちづくり会社『リライトおおい』が協議を重ね、開設にいたった。
利用状況について、事務局の岡里帆子さんは、「『SEE SEA PARK』のチャレンジショップには、沖縄県から移住し、町内での独立を目指して開業された方もいらっしゃいます。また、町内初となるコワーキングスペースを設けたところ、県外から来たフリーランスの方などにもご利用いただいています」と話す。施設内でショッピングや飲食など観光として楽しむことはもちろん、暮らしや仕事に関する相談に対しても施設内で応じることができる。
「この後」のおすすめ
施設内にある『おおい町観光協会』に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。町出身の私でも知らなかった町の情報がたくさん集まっている場所です。
岩手県・洋野町|ひろのの栞
暮らす人の思いと土地の歴史を記録し、伝えるローカルメディア。
岩手県・洋野町で暮らし働く人のインタビュー記事を中心に発信しているWebメディア『ひろのの栞』は、洋野町が「ヒロノジン増加プロジェクト事業」として、2021年3月にスタートさせた。「本を読むように洋野の暮らしと人をもっと知る」をコンセプトに、名称には「栞を挟みたくなる情報を届けること」「旅の栞のようにまちを案内すること」という2つの意味が込められている。
制作・運営は、『fumoto』の大原圭太郎さんが統括を務め、20代の社員2名が取材、執筆、編集を担当する。完成した記事を公開した後、『ひろのの栞』で紹介された方に読者がイベントへの出展を依頼するといった、新しいつながりが生まれているそうだ。
「この後」のおすすめ
岩手県内のイベントに足を運んでみてください。また、洋野町にオープンした関係案内所『スタンド栞』にさまざまなパンフレットがあるので読みに来てください。
福井県|とある暮らし
50名分のインタビューで、まちを知る一冊。
全514ページにわたる書籍『とある暮らし』は、福井県に住む10代から90代の男女50名のインタビュー集だ。著者のmiyonoさんがまちで気になった人に声をかけたり、SNSで呼びかけ、2019年から約2年かけてインタビューを繰り返し、2021年に発刊した。多様な声を集めるため、住んでいる地域に偏りが出ないよう配慮したという。
miyonoさんは進学で上京した後、就職を機に福井県へUターンした。デザイナーとして独立し、自身のブランド『mizōchi』を立ち上げる際、発注を受ける仕事ではないオリジナルアイテムを企画したいと、この書籍を考案。出身地でもある福井県を知りたいと感じたこと、読みたいインタビュー集が見当たらなかったことから制作した。
「この後」のおすすめ
土地と関わりながら音楽活動をする5人のお話をまとめた新刊『ネイティブタンのほとりにて』が、次の一冊になればうれしいです。
京都府京都市|Roomie
住民目線の提案で、ロマンを失わない物件探し。
小原亜紗子さんが開業した不動産屋『Roomie』は、自身が暮らす京都市東山区にある。2019年からフリーランスとして移住相談などをはじめ、2021年12月に店舗を構えて開業。物件を提案する際は、予算や駅からの距離といった条件面を相談者に聞くのは最後にするのがルールだ。「好きなエリアやお店、趣味を聞いてから物件を提案します。私は過去に引っ越しを7回しましたが、親身に寄り添ってくれる不動産屋さんには出会えませんでした。特に移住など遠方から探しに来る方の場合、ネット検索をして、焦って数日で決めることが多い。物件探しには、もっとロマンがあっていいと思うんです」。京都生まれ京都育ちの来歴に加えて、独立前の職歴が今の不動産業に活きている。輸入車ディーラーの営業で府内を回りながら培った地理感覚、医療系の転職支援で蓄積された病院情報、不動産事務の経験、そして、移り住む先の暮らしをつくるコミュニティメディア『京都移住計画』の不動産担当業務などだ。
『Roomie』の2階には、小原さんたちが立ち上げた任意団体『東山区まちじゅう図書館プロジェクト』が展開する私設図書館『ルーミー図書館』がある。近隣住民から寄贈された本を集め、気軽に貸し借りできるよう家や庭先、お店に設置する取り組みだ。小原さんは、「不動産業や地域の活動をしていると、『空き家を貸したいが、表立って募集したくない』といった声も聞きます。うまく配慮しながらマッチングしていきたい」と話す。
「この後」のおすすめ
市民活動センターは、そのまちに暮らす同年代の人の活動や趣味を知ることができる場所。自分の居場所づくりをする入口になります。
福島県南相馬市|みなみそうま移住相談窓口 よりみち
人とまちの関係づくりに取り組む移住相談窓口。
『みなみそうま移住相談窓口 よりみち』(以下、『よりみち』)は、「ともにまちを元気にする定住者を増やす」というミッションのもと、2022年7月に開設された。自治体と連携したまちづくり事業に取り組む『MYSH』合同会社が、南相馬市から運営を受託している。両者は都内で開催されたイベントで出会い、市役所職員の「南相馬の魅力を伝えて、移住促進に力を入れたい」という思いを聞いた『MYSH』のメンバーが、視察に訪れたことから協働がはじまった。移住相談や、1か月間滞在できる「お試しハウス」の提供などだけでなく、まちづくり実践型、飲食店・サービス起業型、大学生インターン型など6種類の体験プログラムを開催していることが特徴的だ。
『よりみち』代表・後藤彩さんは、「南相馬市と相談し、長期的な目線でサポートを行っています。まずは、南相馬はしたいことが実現できそうな場所だと感じてもらい、まちと関わりを持つことによって、将来的に移住にもつながると考えています」と話す。後藤さん自身、新たな産業づくりが盛んで、チャレンジを受け入れるまちの雰囲気に惹かれ、移住した一人だ。「『MYSH』に入社し、移住相談窓口の責任者としてまちづくりの立ち上げに携わってみたい」と移住を決意したという。相談を受けるコンシェルジュの中にも、地元を盛り上げたいとUターンしてきたメンバーがおり、『よりみち』自体も移住者が働きたい場所になっている。
「この後」のおすすめ
宿泊できるコワーキングスペース『小高パイオニアヴィレッジ』です。起業家などが集まっていて、新しい南相馬を感じられる場所です。
台湾、日本|日常非日常
暮らすように旅するツアーで、お試し移住。
「自分の仕事をつくる旅」をテーマにかかげる『日常非日常』は、6泊7日にわたり、移住を検討するまちに滞在するプログラムだ。2024年4月までに台湾で3回、日本で3回開催している。企画をしているのは、インバウンドとアウトバウンドの⽀援を行う台湾の企業『点点』と、台湾最大のシェアハウスを運営する『9floor』だ。このプログラムの発端は、台湾と日本の二拠点生活をしている『点点』代表のキャス・リーさんが、香川県高松市を拠点とするバス会社『琴平バス』の代表から、「台湾人向けの暮らし体験ツアーをしたい」と相談を受けたことだった。リーさんは友人である『9floor』の創立者に相談し、どんなプログラムなら生活のイメージを持ってもらうことができるのか、まずは日本人向けに台湾滞在ツアーを開催してみることに。その経験を経て、台湾の人向けの高松市琴平を訪れるツアーを実現した。
「まち歩きだけでなく、企業訪問や語学講座などを行程に組み込みました。ビジネスマッチングの機会や、すぐ仕事へスイッチできる環境があれば、滞在期間はより長く、滞在回数もより多くできるはず」とリーさんは話す。そのうえで最も大切にしているのは、参加者同士や現地の人との交流だという。「地元の友達に案内してもらうように、リアルなまちを見て、生活を体験できるように心がけています」。これまでに計60人ほどが参加。日本での開催もさらに増やしていく方針だ。
「この後」のおすすめ
マインドをオープンに切り替えること。台湾も日本も慎重な人が多いので、「やってみよう」という気持ちでいると視野が広がります。
text by Aika Kunihiro
記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。