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特集 | ニュー・移住スタイル

「マチスタント」は、移住者の「働くところ」を一緒に探してくれる、まちのアシスタント

雑誌『ソトコト』編集部

雑誌『ソトコト』編集部

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移住のポイントに挙げられるのは、住むところと、働くところ。その働くところを一緒に探してくれるのが群馬県前橋市の「マチスタント」だ。「前橋で何かやりたい」と望む人を、まちなかの空き物件とマッチングします!

目次

まちなかの空き物件と出店希望者をマッチング!

前橋市を見守る赤城山。

群馬県前橋市にはユニークな取り組みがある。「マチスタント」だ。まちのアシスタントという意味の造語で、前橋のまちなかで何かやってみたい人と、その人に必要な空き物件やまちの資源をマッチングする人のこと。今、産業経済部にぎわい商業課に所属する3人の職員が「マチスタント」として活動しているが、そのメインとなるのが田中隆太さんだ。「行政っぽくないソフトな動きをしてほしいと言われて」と笑顔で話す田中さん。「市役所のなかで事務仕事に没頭するより、まちに出て、人と人、人と資源をつなぐよりリアルなまちづくりを実践する役割を担っています」。

前橋市にぎわい商業課「マチスタント」担当・田中隆太さん

2022年4月から「マチスタント」と名称を改め活動している田中さんが最初に取り組んだのは、まちの空き物件探しだった。「まちなかを歩いて、空き家っぽい物件が見つかったら、空き家かどうか、いつ頃から空き家か、持ち主はどなたか、まちづくりをしている市役所職員の立場で、地域の自治会長に尋ね、持ち主に電話をかけて。白地図に色を塗るように一軒一軒調べていきました」。

そうして見つけた空き物件を、「前橋で何かやってみたい!」と考えている人たちとマッチングするのだ。まちの不動産屋と競合してしまいそうだが、「まちなかの物件を積極的に調査する不動産屋さんは少ないことと、マッチングする最後の段階で不動産屋さんを介しますから、不動産屋さんにとっても悪い話ではないはずです」と田中さんは言う。

ただ、「何かやってみたい!」と考える人たちは、どうやって前橋市のことを知るのだろう。「SNSや口コミの影響があるかと思います」と田中さん。「『マチスタント』が案内した前橋に興味を持った若い人たちがSNSに情報を上げ、それを見て気になった人たちが僕を訪ねてくれるという流れがあります。僕がその訪問者にまちを案内して回ると、商店主の方々が声をかけてくださるので、紹介します。訪問者が『前橋でこういうことをやりたいと思って』と話すと、商店主が『だったら、誰々に会うといいよ』と、さらに人を紹介してくれて。訪問者は少しずつまちに入っていって、より前橋に対する関心を深め、本気で移住を考えるようになるケースが多いですね」。

弁天通り商店街にある『Bentena SHOP』。前橋の土産物の販売スペースにホッピースタンドを併設している。
左上『Bentena SHOP』は3人で運営。その一人が右の岡田友大さん。設計士の岡田さんは栃木県からの移住者。右上/前橋市の「太陽の会」の寄付金を活用し、前橋を象徴するレンガを馬場川通りに敷いている。レンガには「前橋レンガ・プロジェクト」に賛同し、支援した人の名前が。左下/前橋中央通り商店街。右下/『Bentena SHOP』の外観。

そう話す田中さんも実は移住者だ。新潟県で生まれ、前橋市内の大学に進学し、東京で就職した。結婚し、子どもが生まれたことを機に妻の出身である前橋市に移住。市役所職員となって9年が経つ。自身も移住者だからこそ、前橋で何かやりたいと考える移住者のまちに対する期待や不安を理解し、適切なサポートを供与することができるのだろう。東京ではもともと内装工事を行う会社で現場監督を務めていたので、DIYはお手のもの。空き物件のリノベーションを手伝うこともあるそうだ。

そんな「マチスタント」の田中さんの手厚いサポートやアドバイスを受けながら、「前橋で何かやりたい!」を実現している6組の「ニュー・移住者」を紹介しよう。

前橋市で活躍する、「ニュー・移住者」の皆さん!

<Lavit 徳光航平さん・瞳さん>

地域おこし協力隊を経て、カレーショップの物件を探し中。

左上/移住前は東京・原宿で洋服を販売していた2人。瞳さんは、「農業に挑戦したい」と話す。右上/東京のイベントでも出店し、人気を得ているカレー。左下/ローカルメディア『前橋まちなか新聞』。「取材すると、素敵な方々とつながりができ、楽しいです」。右下/カレーショップの店名は『Lavit』。


東京で生まれ育った徳光航平さんと瞳さん。自然が好きで、休日には山に登ったり、キャンプを楽しんだり。「いつかは山が見えるところに住みたいね」という念願を叶えて、前橋市へ。移住を機に、航平さんはカレーショップの開店を決意した。ただ、理想の物件が見つからずにいたとき、田中さんが老舗せんべい屋『清香園』の店主・三橋一仁さんと引き合わせると、三橋さんが「地域おこし協力隊という方法もありますよ」とアドバイス。協力隊隊員となり、今は『前橋まちなか新聞』のライターとしてまちの商店を紹介している。いい物件が見つかれば、カレーショップ開店に邁進するそう。

CASA FRESCO 野口泰平さん・沙織さん

田中さんに紹介してもらった物件を、アットホームなスペイン料理店に。

左上/前橋中央通り商店街にある『LAUGH COFFEE』で取材を受ける野口さん夫妻。右上/ショップカード。「『CASA』はスペイン語で家。家のように気軽に立ち寄れる店にしたい」と泰平さん。左下/リノベーション中の物件。右下/スペイン料理の定番、ピンチョモルノのスパイスもつくって販売。

前橋市のまちなかで、『CASA FRESCO』というスペイン料理店の開業を目指す、野口泰平さんと沙織さん。それぞれ東京で料理店、アパレルショップで働いていたが、娘の出産を機に沙織さんの生まれ育った前橋へ、2014年に移住した。沙織さんは、「実家もあり、子育て環境が整っていた前橋を選びました」と話す。泰平さんは、「店舗の物件を自分たちだけで探すのは限界があったので、田中さんに依頼し、紹介してもらいました。大家さんもいい方で、自由にリノベーションしていいとおっしゃってくださったので、俄然やる気が出てきました」と喜ぶ。どんな店が生まれるか、乞うご期待!

アーツ前橋 高橋由佳さん

欧米から帰国後、前橋市に移住。「前橋デザイン」を研究したい!

左上/移住した高橋さん。右上/前橋市在住のアーティストの村田峰紀さんの作品も展示。左下/デパートをコンバージョンした『アーツ前橋』。右下/住民から椅子を借り、エピソード映像とともに展示することで、美術館とまちをつなぐ「窓」を設計した「403architecture [dajiba]」の作品は、高橋さんの企画。

高橋由佳さんは千葉県生まれ。20代はヨーロッパやアメリカでデザイン関係の企業や大学院に籍を置くも、新型コロナの蔓延を機に帰国。縁あって、『アーツ前橋』のアシスタントキュレーターを務めることに。「これまで欧米の都市で暮らしてきましたが、前橋はまちのサイズ感や人との距離感がちょうどよくて過ごしやすいです。じわじわと良さを感じるというか」と話す高橋さん。移住して1年足らずでまちを気に入ったようだ。今後は、「デザインの視点から前橋を捉え、デザイン史のなかでどう位置付けられるか、研究したいです」。高橋さんがひもとく「前橋デザイン」、楽しみだ。

呂色roiro 大野絢子さん

ニューヨークから前橋市へ、温かい雰囲気のなかで出店。

左上/「ぜひ一度、召し上がってみてください」と大野さん。右上/兵庫県神戸市に住む小学生からの親友のパティシエと開発したチーズケーキ。左下/ブランディングやパッケージデザインも大野さんが手がける。右下/シックな店内。チーズケーキはホームページから予約して発送か、店舗で受け取る。

アメリカのニューヨークから前橋市に移住した大野絢子さん。現在は東京で映像やブランディングの仕事に携わりつつ、複業でチーズケーキの店『呂色roiro』を23年10月に前橋市内にオープンした。「夫の転勤で来た前橋。縁もゆかりもない土地でしたが、田中さんがまちの素敵な方々をご紹介くださって、地域に入りやすい土壌をつくってくれました」と笑顔で話す。販売するチーズケーキは独特で、竹炭で黒く覆われたその中にはカマンベールチーズケーキが閉じ込められ、その香りに合う食材、例えば塩麹、リンゴ、桂花烏龍茶など、アロマ分子レベルでAIと文献から導き出したものをペアリングしている。

清香園 三橋一仁さん・里奈さん

東京からUターンして、老舗せんべい屋を人が集う場に。

左上/三橋さん夫妻。商品のパッケージは、カメラマンでもある里奈さんがデザイン。右上/昔は店内でせんべい類を製造していたが、今はさまざまな職人の手を借りてつくっている。左下/店のリノベーションは田中さんも手伝った。右下/100年ほど使われている商品棚の奥にはイベントスペースが。

三橋一仁さんは、1875年創業の老舗せんべい屋の5代目。東京の大手百貨店でバイヤーとして活躍していたが、先代の祖母が体調を崩して店を閉めると聞き、30歳のときにUターン。「祖母の見舞いで帰省したとき、おもしろい活動をしている同世代の人たちに会い、自分も店を継いで仲間になれたら楽しそうだなという気持ちが芽生えました」と、前橋市の地域おこし協力隊隊員となってイベント企画などを担当。祖母から『清香園』を継ぎ、リノベーションした店内にクラフトビールを飲めるスペースを設けたり、DJイベントを開催したりするなど、人が集まる場づくりを進めている。

ルルルなビール 竹内躍人さん

「まちの案内所」のような、クラフトビール店を目指して。

左上/コピーライターでもある竹内さんは、「マチスタント」の名前の考案者。右上/多目的な半屋外スペースの奥に醸造所。左下/店舗は家具店の倉庫をリノベーション。中下/竹内さんがつくった、完成間近のスマッシュIPA。右下/研修した『さかづきBrewing』の「暁の空」。スパイスが効いている。

青森県から高崎市内の大学に進学した竹内躍人さん。『まえばしCITYエフエム』に就職し、前橋市に住むようになった。「10年ほど前の前橋は寂れていたのですが、『アーツ前橋』ができた頃からユニークな人が集まり始めました」。その頃からビールに関心があり、イベントで販売していた。地元の遊園地『るなぱあく』で販売したときに「オリジナルのビールをつくろう」となって委託醸造。さらに、自ら醸造に挑戦しようと全国の醸造所で研修。23年2月に『ルルルなビール』をオープンした。ラジオ局時代に蓄積したまちの情報を提供する「まちの案内所」の役割を果たしたいと話す。

まちなかで住民としゃべることも、一つの大切なまちづくり。

「マチスタント」が誕生した背景には、「前橋市アーバンデザイン」という民間主体のまちづくりを推進するビジョンの策定があると田中さんは言う。「ビジョンの策定に関わりましたが、気晴らしにまちに出て住民の皆さんとしゃべることで、店主の方とこれからの前橋の方向性を共有したり、若い人たちと目線を合わせたりすることができました。そんなシーンこそがまちづくりではないかと実感し、『マチスタント』が生まれたのです」。

活動開始後2年間ほどで、「前橋で店をオープンしたい」と望む人をアテンドした人数は150人以上。うち20人以上が開業しているそうだ。その数字だけを見ても、まちが元気になっていくには十分なものと考えられるが、田中さんは、「必ずしも開業することがゴールではありません。企業に雇用されて仕事を始めた方も大勢おられますし、関係人口として前橋に遊びに来る人も増えていると実感します。それも『マチスタント』の効果ではないでしょうか」と話す。空き物件のマッチングだけではなく、学生のマイプロジェクトや、店を持つためのステップとなるイベント出店など、前橋と関わりを持つためのきっかけを多様な人たちに幅広く提供しようと動いている。

動物? 妖精? 前橋市の主婦がつくった「群馬非公認キャラクター」。

空き物件は、多くの出店希望者によって活用されたため、今は新たな物件を探しているという。田中さんに、まちなかに出店した移住者や、今後出店したいと考えている人たちに期待することを尋ねると、「今のまま個性的でいてほしいです。前橋は大手のファストフード店やコンビニエンスストアが少なく、個人商店が多いまちです。それぞれ独自の商売をされ、それが前橋の魅力になっていると、移住者の僕から見てもそう思います。ますます個性的なまちになっていくとうれしいですね」と話した。

何かやりたいと思っている読者の皆さん、前橋もアリですね!

「マチスタント」・田中隆太さんの、移住にまつわる学びのコンテンツ。

Book:ベルリンうわの空
香山 哲著、イースト・プレス刊
作者がベルリンに移住し、日常生活を描いた漫画。何か大きな活動をするわけでもなく、異文化と接したり、知り合った友達と会話を楽しんだり、まちに貼られている謎のシールの正体を追いかけたり。淡々とした内容の漫画ですが、惹かれます。

Podcast:Good News for Cities
「for Cities」というユニットを組むエクスペリエンスデザイナーの石川由佳子さんと編集者の杉田真理子さんによるPodcast。国内外のさまざまな都市を訪れ、ユニークな切り口で都市をリサーチし、語り合います。まちづくりの発想が閃きます。

Book:マニア流!まちを楽しむ「別視点」入門
合同会社別視点著、学芸出版社刊
日々、何気なく過ごしているまちの風景に「別視点」を持ち込むことで、なんだか滑稽な景色に変わると実感させてくれる本。この本から受け取る新たな視点を持ってさまざまな土地を散策したり、その地での生活を妄想したりすると楽しそう。

photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui

記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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