本調査は、地域・社会との協働による魅力ある高校づくり(以下、高校魅力化)の効果を検証する目的で、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(所在地:東京都港区、代表取締役社長:池田雅一)と共同で実施されました。このたび、3つの調査結果がまとまりました。
本調査の位置付けと意義〜なぜ今、魅力ある高校づくりが必要なのか〜
2019年11月に発表した前回の調査(※1)では、魅力ある高校づくりを全国に先駆けて行ってきた島根県の高校を事例とした調査で、高校魅力化により地域の総人口は5%超増加し、地域消費額は約3億円増加、歳入も約1.5億円増加することが判明しました。
前回からの継続的な調査結果に加えて、2019年以降3年間の経年調査により新たに判明した高校魅力化の教育的効果についてご報告します。
日本の高校教育は現在、大きな転換期を迎えています。2022年4月から高校の学習指導要領の改訂や、「新時代に対応した高等学校教育に関する制度改正」をもとに、「高校教育改革」が本格化します。新しい学習指導要領では、持続可能な社会の創り手となる資質・能力を育むことが求められており、その実現のためには地域・社会と高校が協働し魅力ある教育環境を構築することが重要です。
(※1)前回の調査はこちら https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000010.000035136.html
調査結果の概要
全国の高校統廃合と人口動態との関係性について、高校消滅群、高校存続群に加えて、高校魅力化に取り組んでいる「地域みらい留学校群」との比較もふまえて考察を試みた。
その結果「地域みらい留学」は、高校生の転入だけを誘発するものではなく、魅力的な高校が立地していることによる中学生以下のいる世帯の転出抑制や転入増加といった形で人口動態に影響を及ぼす可能性を示唆した。
図表1 各市町村の15-17歳人口減少率(2000年比:左、2015年比:右)
・今回実施した調査では高校存続群のうち、地方創生の観点から高校の魅力化に取り組んでいる高校(市町村)として「地域みらい留学」参加校を抽出。これを「地域みらい留学校群」として、高校存続群全体との人口動態の比較を行ったところ、地域みらい留学校群では、2015年から2020年にかけての高校生世代減少率が高校存続群全体に比べて緩やかだった。
・15歳未満人口においても、2015年から2020年にかけての減少率は、高校存続群全体よりも地域みらい留学校群において緩和されている傾向がみられた。
<調査1:【政策研究レポート】高校存続・統廃合が市町村に及ぼす影響の一考察② ~市町村の人口動態からみた高校存続・魅力化のインパクト~より
https://www.murc.jp/report/rc/policy_rearch/politics/seiken_220310_1/>
島根県(※2)における「高校魅力化評価システム(※3)」のデータを用い、2019年から2021年までの3年間の結果の推移や、学習活動や学びの土壌(※4)が生徒の資質・能力に及ぼす影響について分析を行った。加えて、特に学びの土壌を豊かにする要因について、体制構築や人材配置といった島根県の教育魅力化の取組との関連分析によって検討を試みた。
(※2)島根県においては、地域社会と学校が協働した「魅力ある高校づくり」を推進しており、地域一丸となった豊かな教育環境づくりに力を入れている。同県は「高校魅力化評価システム」を全県立高校38校に導入し、教育委員会としての施策評価や各校の目標設定、実践の振り返りに継続的に活用している。
(※3)高校魅力化評価システム(※5)とは、高校魅力化が各校の学習環境や生徒の資質・能力にどのような影響をもたらしているかを、定量的に可視化するための評価ツールで、現在全国186校で導入されている。
生徒及び大人(教職員、高校に関わる地域の大人)に対するアンケート調査を実施するもので、調査内容は「①学習活動」「②学習環境」「③能力認識」「④行動実績」「⑤満足度」の5つのパートに分かれている。
(※4)高校魅力化評価システムで指標の一つとしている学習環境とは、生徒の周囲(高校や地域社会)の人との関係性や機会、雰囲気といったことを指し、これらを生徒の成長の土台となる要素(=「学びの土壌」)であるとして重視している。
(※5)高校魅力化評価システムの導入に関してはこちら https://www.murc.jp/sp/2107/miryokuka/
図表2 「高校魅力化評価システム」の質問構成要素
島根県の3年間の結果の推移をみると、「高校魅力化評価システム」の核となる4つの項目(学習活動、学習環境、生徒の能力認識、生徒の行動実績)について、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた項目以外、いずれも堅調に上昇傾向となった。
・インプット指標である「学習活動」や「学びの土壌」が豊かな学校ほど、アウトプット指標である生徒の資質・能力(「生徒の能力認識」及び「生徒の行動実績」)を高めるという関係性がみられた。
・「学習活動」や「学びの土壌」の豊かさが高まるほど、生徒の資質・能力も高まるという分析結果も得られた。
・「学びの土壌」を豊かにするために有効な要素を分析したところ、地域との協働体制(コンソーシアム)を構築している学校や、教員以外のスタッフ(コーディネーター等)を配置している学校では、そうでない学校と比べ、学びの土壌が豊かである(生徒の学びの土壌に対する評価が良い)という結果が得られた。
・地域との協働体制は構築するだけではなく、それを適切に機能させるマネジメント的役割を担うコーディネーターが配置されていることが重要であるとの示唆も得られた。
県外生割合の高い学校の方が、学習環境に対する肯定的回答割合の伸びがみられた。生徒が多様であることが県内生の生徒に良い影響を与えることが示唆された。
エビデンスと対話による教育政策マネジメントに向けて
こうした経年調査を通して、高校魅力化評価システムが都道府県教育委員会や高校においてどのように活用されているか、どのようにエビデンスと対話によるマネジメント(EDPM※6)が行われているか、実際の取組事例についても紹介しています。
(※6)高校魅力化評価システムを用いたエビデンスと対話による政策や取組のマネジメントサイクルをEDPM:Evidence & Dialogue-based Policy Managementと命名。
<調査3:【政策研究レポート】学校での「高校魅力化評価システム」活用事例レポート ~エビデンスと対話による施策・プロジェクトの振り返り(EDPM)に向けて~より https://www.murc.jp/report/rc/policy_rearch/politics/seiken_220310_3/>
調査結果に対する有識者コメント
「2022年4月から魅力ある高校づくりへの制度改正等が実施されるこのタイミングで、今回の高校教育改革の意義とその重要な要素を明らかにしたことは、注目に値する。高校存続・高校魅力化と人口動態の関係については、何もしなければ他の自治体よりも人口減少が進んだであろう厳しい状況の地域で、若者の人口の減り方が緩やかになっている。中学生世代(その世代を持つ家庭)への影響も見られるので、この効果は持続的、発展的であると予測できる。
地域の未来にとって、高校を残すこと、魅力化することは、人口減少に歯止めをかけるための必要条件であると言える。正確に把握可能な定住人口だけでもこれだけのインパクトが見えているので、交流人口、関係人口も考えると実際にはさらに大きな効果があるのだろう。
『高校魅力化評価システム』による分析については、この調査期間の半分以上はコロナ禍であり、学校現場は学びの質を維持するだけでも大変だったはずである。それにもかかわらず、地域社会に開かれた学校づくりが、高校生の成長に直結していることが示されたことは大変意義深い。
その要因として、高校と地域社会の協働体制としてコンソーシアムがあり、連携・協働を推進するコーディネーターが存在すること。そして、地域の関係者が関わることに加え、県外からの多様な生徒の存在の価値が明らかになった。
一様で閉ざされた学校から、多様で開かれた学びのコミュニティへの転換の必要性が示されたといえるだろう。今回のようなデータやエビデンスを土台に、多様な関係者が熟議や対話をしていくことで、学びのコミュニティは育まれていく。今回の貴重な成果が多くの関係者に届き、子どもたちの持続可能な幸せ(ウェルビーイング)のために活かされていくことを願っている。」
持続可能な幸せ(ウェルビーイング)をつくる教育に向けた評価システムを開発
その第一歩として、データと対話をいかしたウェルビーイングな学校づくりについて共に考えるワークショップを、2022年3月20日に「shiawaseシンポジウム2022」内で開催しますので、ぜひご参加ください。
詳細・お申し込み:https://shiawasesymposium.com/2022/workshop/ws048/
また、ここまでの調査研究や各地での実践などから明らかになってきた地域・社会に開かれた魅力ある高校づくりのために必要な要素を「高校魅力化ルーブリック(プロトタイプ版)」として整理しました。
こちらもご参照ください。https://cn-miryokuka.jp/387