私たちの住む家は、何からできているのか。その家が朽ちたとき、それらは自然にかえる素材なのか、ゴミの山となるのか。
令和元年房総半島台風で被害に遭った私たちの目に映ったものは、建築材料のゴミを乗せたトラックの列と、一時置き場に集められた大量のゴミの山だった……。
この記事では、台風で屋根のトタン板が飛ばされ、本来の茅葺き屋根が姿を現した民家の茅葺き再生を取材し、身近にある材料を使ったゴミを出さない家造りの知恵と、それを支える人々について紹介する。
写真:右が林良樹さん、左が相良育弥さん
目次
缶詰に保管されていた“里山の遺跡”
令和元年房総半島台風で被害に遭った数多くの家の一つが、鴨川市釜沼集落にもある。昔ながらの棚田やみかん畑が広がる、美しい集落に建つ築200年以上の家を管理しているのは、林良樹(はやしよしき)さんだ。この地に一目ぼれして奥さんと2人で移住したのは、1999年。「ゆうぎつか」という屋号のこの家を改修し、地域の人、都会の人、海外の人など数多くの人たちが訪れ、交流できる場所へと成長し続けている。2019年9月、台風がこの集落を通過したあと、林さんが目にしたものは何だったのだろうか。
林さん「台風一過の翌朝、裏山から茅葺き屋根を見たとき、それはまるで缶詰に保管されていた“里山の遺跡”のようでした。先人の知恵と美意識に感動し、直感的に茅葺きを再生しようと決意しました」
1970年代の釜沼集落は、25世帯全てが茅葺きで、2ヘクタールある共有の茅場で家一軒分の茅が収穫できていた。少しのお金を出し合い、食べ物を出し合い、各家で縄を編み、田んぼの作業を終えた11月~12月に収穫した茅を乾かし、1月~2月に職人を呼んで村人がサポートしながら、1週間ほどで屋根の葺き替えを行っていたのだと、長老から聞いた話を林さんが教えてくれた。毎年行っていたため村人も手慣れたもので、セミプロのようなものだったという。
林さん「古民家ゆうぎつかの茅葺き屋根再生を機に、地縁血縁、年齢、職業、ジェンダー、国籍等々、あらゆる壁を超えた“現代の結”をつくりたい」
林さんは、稲刈り後の10月から茅葺き合宿を行い、茅葺き職人指導のもと3年計画でゆうぎつかの屋根葺き替えを終えるという計画を立て、今年2021年から実行に移した。
100の仕事ができる百姓
もともと百姓になりたくて米作りをしていたという相良育弥(さがらいくや)さんは、茅葺き職人であり、職能集団(株)くさかんむりの代表でもある。20代前半のころ、神戸で茅葺きのバイトをしたときに親方に言われた言葉がきっかけで、茅葺きの世界へ入ったという。
茅の葺き替え作業
相良さん「百姓になりたいなら、茅葺きやればええやん。百の技の10ぐらいは茅葺きにもあるでって親方に言われて、住むとこを整えるのも百の技で、米や野菜を作るだけが百姓やないって見え方が変わった」
たしかに、茅を刈って束ねて縛る作業は稲刈りと同じ。葺き替えに使う縄を編む作業や、男結びなど、それらは茅葺きだけに関わらず昔の暮らしに必要な技だったはずだ。
昔から受け継がれてきた知恵
駐車場からゆうぎつかへと歩いて向かった私は、あまりにも静かなことに驚いた。通常の建築現場では、インパクトドライバーや電気丸のこなど電動工具の音が鳴り響いているが、道中全くそういった音は聞こえず、鳥のさえずりが聞こえるのみ。「もしかして日にちを間違えたのでは?」と不安になったが、家の裏手へまわると作業する人たちの声が聞こえてきた。
まず、「めくり」といって古い茅をみんなでめくり取るところからスタート。もともとあった茅を降ろし、茅の下にあった竹のずれを元に戻し、傷んだものは新たな竹と入れ替える作業を行ったそうだ。降ろされた茅と竹の6~7割は、葺き替えに再利用される。
相良さん「適材適所、加工して使います。古い茅は新しいのよりよっぽどいい。強く新しい茅の間に、パッキンみたいに古い茅を入れると、ほどよく水を掴んで雨漏りしにくくなる。余すとこなく捨てずに使います」
再利用できない茅は肥料へ、竹は燃料へと次の役割がある。「茅葺きの家は、夏は涼しくて快適。電気を使わなくても暮らせる家で、先をいっている」と相良さんは言う。
壁を見れば竹小舞(たけこまい)に土壁。どちらも里山にある資源なので、ウッドショックやガソリンの値上がりにも全く影響されず、停電中でも作業ができてしまう。そして、このまま家が朽ちてしまっても、自然にかえる素材なのでゴミも出ない。
2週間の合宿で延べ200人以上、0歳児から60歳代までが参加
生後5カ月の子どもを連れて神奈川から参加した女性は、「おじさん(参加者)が子どもを見てくれています。みんなが役割分担して作業をして、一つの村みたいであったかくていいな」と話し、赤ちゃんの泣き声が聞こえるとミルクをあげに、家のなかへと戻って行った。
デンマークから参加した建築を学んでいる女性は、「デンマークにも茅葺きがあります。海藻の茅葺きも。相良さんと茅のことを話すのはおもしろい。デンマークに帰ったら、デンマークの職人に会いたいです。こういうワークショップをやりたい」と話した。
相良さん「茅葺きのやり方は、大きくみたら世界中そんなに変わらない。オランダでは、ヨシやアシとか水辺の草を使っている」
オランダの茅葺きの家は、日本のように古い家が残っている数よりも新築の方が多いというから驚きだ。相良さん曰く、日本の茅葺き職人は200人足らずで、オランダの茅葺き職人は1200人だという。それだけ茅葺きのよさを認識していて、評価が高いのではないだろうか。
茅の再生を通して循環型の暮らしの再生へ
林さん「この茅葺きの再生は、暮らし方、社会の見直し、社会や人間の再生に当たる活動なのです。この茅の再生をきっかけに、みんなで循環型の暮らしの再生を考えたい」
茅葺きを再生しようと林さんが口にしたとき、「無理だよ、無謀だよ、できるわけないよ」と人々に言われたそうです。「あきらめるのではなく、できない理由を探すのではなく、できる理由を探した」と言う林さんが行動に移した1年目の茅合宿が、無事に終わった。
来年は9月から茅合宿を行う予定で、さらに8月にはデンマーク茅葺きツアーも企画しているそうだ。日程や詳細は、林さんが代表理事を務める「(一社)小さな地球」のwebページで案内していくという。釜沼集落にある“小さな地球”には、里山の時間と空間を共有できるコミュニティがある。私たちの暮らしに、本当に必要なものは何なのか。一度足を止めて、一緒に考える機会をつくってみてはどうだろう。
(一社)小さな地球:https://small-earth.org/
(株)くさかんむり:https://kusa-kanmuri.jp/
写真:林良樹、小さな地球Media、鍋田ゆかり
文:鍋田ゆかり
取材協力:林良樹、相良育弥